第3話 本命チョコのお返しが大仏だったので(女子トラウマ注意)

3月の冷たい風が頬に刺さる。

手元のスマホがブルブルと震えて、心臓がドキリと音を立てた。

「今どこ」

スタンプもなければ、疑問符もない単調な一言に、こんなに胸が高鳴るのはどうしてなのだろう。

「改札でたとこのファ○マの前にいるよ」

私はもう一度スマホの電源を落として空を見上げた。

2月とそう変わらない冬空がただ広がっている。



2月12日深夜2時

私は片思い中の伏見くんとラインをしていた。

一見無愛想だけど、話してみるとよく喋る人。

真面目かと思えば実際は重度のゲームオタクで、筋肉質な身体をしてるから部活は運動部だと思っていたのけど実は吹奏楽部で息を支えるために腹筋を鍛えてるんだとか。

話すようになったきっかけは


修学旅行で奈良へ行った日の夜。友人たちと恋バナをしていて、ババ抜きで負けた人が好きな男子にラインすることになり、案の定私が負けたので、すでに気になっていたが全く話したことのない伏見くんに勇気を出してラインをしたのだ。

それから、授業中に犬の絵を描いて渡したら、わざわざ飼犬の柴犬の写真を送ってくれたり、かと思えば全然返信をくれなかったり。

学校では全く話さない癖に、ラインになると可愛いスタンプをいっぱい使ったりする。

正直、ギャップが激しすぎて毎回心臓が破裂しそうだ。こんなに人に振り回されたこと、あったかな。


その夜も、私と伏見くんは好きなYouTuberの話だとかくだらない雑談を延々とベットの中で続けていた。

深夜テンションのせいだった。

恋に浮かれて「The イタイ女」みたいな言葉をスルッと送信してしまった。


「そういえばもうすぐアレの日だね。チョコ欲しい?」

送ってしまってから恥ずかしくなってすぐに送信取り消しをしようと思ったが、こういうときに限って伏見くんは既読が早い。

どうにもできないまま、5分が経過した。

「既読つけるくらいなら、すぐ返信しろよぉ。」

今、一体何してるんですか、何考えてるんですか。

一緒に寝ている等身大のクマの抱き枕を窒息するほど抱きしめながら悶絶すること、更に5分。

「貰えるもんなら欲しいですね。」

ようやく帰ってきた返信に頬が緩んだ。

伏見くんは本当に焦らしプレイが好きらしい。

「…仕返ししようかな。」

私はオッケースタンプを送ろうとしていた手をとめて、既読だけつけてスマホを閉じた。

なんだかいい夢が見られそうだった。




3月14日

もう一度スマホが振動した。

「ごめん、ちょっと待ってて」

また下痢かな。

変なことを想像するなと言われるかもしれないが、これがどっこい。あの日、本当にあったコワイ話なのだ。





2月14日 聖バレンタインデー 当日。

前日に伏見くんとなかのいい竹中に頼んで一緒に買いに行ってもらった、明らかに本命だとわかるチョコの紙袋を握りめて、私はコンビニの前に立っていた。

少しでも可愛いと思って欲しかったから、一度家に帰って普段は着ない短めのスカートと、新しく買ってもらったパステルカラーのコートを着て、お気に入りのブーツを履いた。

約束の時間が迫っている。

私の心臓は爆発寸前だった。

「どこにいるの?」

震える手で送信すると、すぐに既読がついた。

「ちょっと待ってね。」


約束の時間から15分ほど経過したが、伏見くんは現れなかった。

すごく悲しい気持ちになった。

昨日の夜、きっと伏見くんも私のチョコを楽しみにしてくれてるんだろうな、なんて浮かれていた自分がひどく惨めに思えた。

「もう帰ろうかな。」

そう諦めかけていた時。


「秋山!」

伏見くんが私の名前を呼んだ。

ラインの中では何度も呼ばれてたけど、現実になるとこんなにも破壊力のあるものなんだね。

さっきまで悲しい思いをしていたのもどこかへ忘れてまた浮かれる自分に、「バカだなぁ」なんて思った。

「遅くなってごめん。待たせたよな。」

走ってきたのか伏見くんは息を切らせていた。

「あの…これチョコ、よかったら貰って。」

紙袋を差し出した手が、少しだけ伏見くんの指に触れた。

「ありがとう」伏見くんは照れくさそうに笑ってチョコを受け取ってくれた。

私と伏見くんは実際に合って話したことはほぼ無いに等しかったから、それ以上うまく喋れそうにもなかった。だから沈黙が怖くて、ことを聞いてしまったんだ。

「走ってきてくれたみたいだけど、何かあったの?」

私の質問に、伏見くんはバツが悪そうに頭の後ろに手を回して答えた。

「あー、腹痛くて。トイレ混んでた。」

ムードもクソもねぇな。あ、糞だけに。

と、一人で特大のブーメランを飛ばしながら、恋に浮かれてたのが現実に引き戻って行くのがわかった。

「え、あ…そうなんだ。」

引きつる私をそっちのけで伏見くんは、「それじゃ、チョコありがとう。」と言って改札の向こうに消えて行った。





果たしてまた同じことが起きるのだろうか。

私は気分的には苦笑しつつ、それでもこのホワイトデーに男の子が来るのを待つというロマンチックな展開に引っ張られて、またおセンチなムードに入っていた。

2/14のラインの履歴を振り返る。

「チョコありがとう。秋山サイコー(^^)v」

伏見くんからのその一言だけで、事件のことなんか忘れることができた。

「私って思ったより少女漫画思考なのかな、」

なんてブツブツ言いいながら、画面をスクロールしていると、昨日の夜の会話が出てきた。

「明日、放課後コンビニの前でよろしく。楽しみにしといてᕙ( • • )ᕗ」

最後のラインが来てかれこれ10分ほどたつが、全然気にならない。

ゆっくりとスマホを握りしめた。

その時、不意に肩を叩かれ後ろを振り向いた。

思ったより間隔が近く、一歩後ろに引いた足が点字ブロックに引っかかって私はそのまま後ろに倒れた。

かのように思えたが、なんと痛くない。

目を開くと、いわゆる少女漫画の女の子のように、伏見くんの筋肉の上に血管の浮いた筋のある腕の中に自分が抱かれているのがわかった。

「うわ、ごめん、重いよね。」

「いや、全然、こっちこそ驚かせてごめん。」

恥ずかしくなって慌てて離れたけど、お互いに挙動不審でなんだか可笑しくて、顔を見合わせて大笑いした。

「手出してくれる?」

優しく笑った伏見くんの方に、手を伸ばした。

「これどうぞ。」

手のひらに丁寧にラッピングされた正方形の小さめの箱がのせられていた。

「ありがとうございマス。」

「じゃあ。」

いたずらっぽく見上げると、伏見くんはパッと後ろを向いてまた走っていってしまった。




その場で中身を開ける訳にもいかず、家に帰るまで私はぼーっと箱の中身を考えていた。

小さめの、正方形で、割と軽い。黒のシックなラッピングが少し高級感を出していた。

…もしかしてアクセサリー類とかかな?

「ホワイトデーにしては重いけど、本命チョコのお返しだし、あり得るかも…?」

その場合、私は伏見くんからそこそこ好かれてるって思ってもいいのかな。

世界がものすごくキラキラして見えて、早く飛んで帰って箱を開けたい気もしたし、ずっと大切にしまって置きたい気もした。


自室に入り万全の状態で小さな箱を取り出す。

丁寧にラッピングのシールを剥がす。

少しずつ、中身が見えてくる。

そこにあったのは。


大仏の顔だった。

表情筋が固まるのが自分でもわかった。

黒く艶のある箱の表面に描かれた金色の大仏、その蓋を持ち上げると、中は代わりらしいチョコレートの小さな粒がたくさん詰まっていて、そこに埋められる形で大仏の顔の形をしたチョコレートが出てきた。

「はは…面白ろ。」

私はべそをかきながらはこの後ろを見た。

賞味期限2/14

「私も修学旅行ったんだけど。」

百歩譲って3000円の本命チョコのお返しが大仏チョコなのは良しとしよう。


楽しみにしといてって言ったじゃん。

修学旅行のお土産のあまりを使い回すなよ。

賞味期限切れのチョコを渡すなよ。


好きなのに、大好きなのに、どこか伏見くんに幻滅してしまっている私がいる。

現金なやつだと思うかもしれない。

伏見くんはそこまで考えていなかったのかもしれない。

でもそうじゃなくて、伏見くんにとって私は、それくらいのやつなのかなって思うと、5倍増しで辛かった。


潤んだ目でスマホを開いた。

「ありがとう。伏見くんサイコー^^)v」

なんて遅れるわけがなかった。

私がおかしいのかな?


チョコを口に突っ込むと、箱の底から今の自分に当てはまるようで、「あれ?やっぱちがうか」という感じのありがたいお言葉が印字されているのが出てきた。


「人は『こういう人間だ』と自分で考えるとその通りになります。それと異なったものになることはありません。」





〜それから〜

翌日、竹中に不意に呼び出された。

「私なにかしたかな?」と思いつつ、ついでに昨日の報告もしておこうと彼のクラスに向かった。


「これ、ホワイトデー過ぎたけどどーぞ。」

竹中が私の手を掴んで、小さな紙袋を乗せる。

キラリと光る高級チョコ「リンツ」のシールが見えた。

「うそ、私竹中に何もあげてないよ?」

「ブラックサンダー、くれたじゃん。」

太陽みたいに眩しい笑顔で竹中が笑った。

「あれ30円しかしないんですけど。」

「いいの。俺が嬉しかったから。」

なんじゃこのイケメンは。


プレゼントって値段で判断するものじゃないけど、プレゼントの質と相手への気持ちってもしかしなくても比例するんじゃないかって気がついた、16歳のバレンタインデー。

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