第二話 婚約披露宴後の子爵家
ヴァルト様とシンシアの婚約披露宴から一夜あえて、私の生活がゆっくりと変わっていきました。
使用人たちの態度がどこかよそよそしく感じたのです。
側仕えのメイド『マリアンヌ』によれば、#お継母様__おかあさま__#からの指示だそうで、使用人たちも戸惑っているそうです。
お父様はこのことには触れるご様子はありませんでした。
朝食の際にお父様から、一度もお声をかけていただけることはなく、終始シンシアへの誉め言葉だけでした。
#お継母様__おかあさま__#はそれを満足げに頷いて嬉々として喜んでいました。
お兄様は…
もうすでに諦めたようで、感情を表にすら出していらっしゃいません。
リュウイは妹のシンシアが私を押しのけて婚約したことについて不満はあるようでしたが、発言をすることは許されておらず、ただ沈黙を貫くのでした。
ついこの間まで楽しく過ごしていたこのガーランド子爵家…
それがこうまで変わってしまったことを、少し寂しく思えます。
もう、このガーランド家は#お継母様__おかあさま__#の物になってしまったのかもしれません。
意を決した私はマリアンヌを伴い調理場へ向かいました。
「『セリア』。セシアはいますか?」
調理場へやってきた私は、料理長のセシアを呼び出しました。
すると、きれいなブロンドヘアを後ろで束ねた、背の高い女性が一人姿を現したのです。
「お嬢様、いかがなさいましたか?このようなところへいらっしゃるなど、初めてではございませんか?」
私の登場に驚いたようで、目をぱちくりさせていた。
何故私がここに来たかというと、どうせ自由にするのだったら、この家から出てしまえばいいのではないか?と考えたからです。
そのためには炊事洗濯などの身の回りのことを、私自身で出来るようにならなければいけないのです。
その第一歩として、料理を習おうと思いました。
「セリア。私に料理を教えてください。難しいのでなくていいのです。できれば庶民が買える範囲の食材で作れる料理が希望です。できますでしょうか?」
「お嬢様が料理を?!いったいいかがなさったのです?突然で何が何やら…」
そこまで驚くことはないでしょうに…
私だってやる時はやるんですからね?
「おそらく聞いているかとは思いますが、私の婚約は昨晩を持って破棄されました。これから先を考えたとき、料理の一つや二つできなくてはいけないと考えたのです。」
ウソは言っていないはずです。
ここを出ていくことは内密に進めていくつもりですから。
「かしこまりました。では食材の準備もありますので明日からでもよろしいでしょうか?」
「構いません。手間をかけさせます。」
「滅相もございません。では明日のこの時間に調理場にいらしてください。」
セリアとの調理実習の約束を取り付けたので、次はお裁縫ですね。
誰に聞くのが一番いいでしょうか?
「マリアンヌ、お裁縫は得意ですか?」
「一応は出来ますが、あくまで応急処置程度です。一からとお考えでしたらメイド長の『ステファン』さんが適任と思います。」
「確かに完璧超人のステファンならできそうね。今どこにいるかわかりますか?」
「おそらく、今は新人研修中かと思います。」
それじゃあ、邪魔してはいけないわね。
少し時間をおいて尋ねましょう。
「マリアンヌ。あとでステファンに時間の確認をしてください。少し時間を多めに。」
「かしこまりました。」
あとは…
乗馬?はすでに習っていますし…
ピアノ…も習いました。
そう言えば武器は女性には不要と習っていませんでしたね。
では、衛士長の『クリストファー』に聞いてみるのが早いかもしれませんね。
「マリアンヌ、次は衛士長のクリストファーに会いに行きます。彼は寮でしょうか?」
「おそらく詰所の執務室かと思います。」
「それでは行ってみましょう。」
マリアンヌを伴って詰所へ赴くと、詰所に併設された訓練所で衛士たちが汗を流していました。
よく考えてみると、私は彼らの努力をあまり良く知りません。
当たり前すぎて考えもしませんでした。
「皆さまご苦労様です。いつもありがとうございます。」
私は彼らの努力に感謝の意を現したのですが…
皆さん恐縮してしまって、修練どころではなくなってしまったようでした。
「リリアーナ様。まいりましょう。」
「そうですね。では皆様ごきげんよう。」
訓練所の隣に建つ石造りの建物。
ここが衛士詰所です。
飾りっ気もなく武骨な造りが、彼らの気概を物語っているのかもしれませんね。
コンコンコン
「クリストファー様。マリアンヌでございます。お嬢様がお見えです。」
「待ってください!!今片付けますので!!」
ガタガタドカドカ
バタン!!
「申し訳ありません。お待たせいたしました。」
出迎えてくれたのは、50歳過ぎた体格の良い男性でした。
彼がクリストファー。
この屋敷の衛士を取りまとめる隊長です。
「忙しいところごめんなさい。クリストファーに折り入って頼みがあってまいりました。」
「お嬢様からの頼みであるならば、可能な限りお答えいたします。」
「ありがとうございます。では私に剣術を教えてくださいませんか?この先私に必要になることなので。どうでしょうか?」
「お嬢様が剣術をですか?!いやぁ~まいったなぁ~。あぁ、すみません。この件は私の一存では決めることができません。お屋形様に判断を仰がねばなりませんので、返答はお待ちいただけますでしょうか。」
やはりそうなりますね。
ガーランド家は文官の家系です。
お隣のリーンハルト家は武官の家系ですから、おそらく問題なく稽古ができましたでしょうに…
どうやってお父様を説得したらよいのでしょうね。
「わかりました。では、許可が下り次第お願いしますね?」
「かしこまりました。」
これで、少しは前に進めたでしょうか。
あとはここを出る理由ですわね…
何かいい理由はないでしょうか。
私がどうしたものかと思考を巡らせていると、マリアンヌからある答えが返ってきました。
「リリアーナ様。おそらくリリアーナ様はこの屋敷に居場所がなくなる可能性が高いと推測いたします。奥様の事を考えると、間違いないかと思います。」
「つまり、マリアンヌは#お継母様__おかあさま__#が私を追い出しにかかると思っているの?」
「はい、間違いないかと。」
おそらくマリアンヌの考えた将来が近い将来訪れることでしょう。
それまでに、力を付けなくては。
自分一人でも生きていける強さを。
自室へ戻るため屋敷を移動していると、後ろから不意に声をかけられました。
「リリアーナ姉さま。この度の事はどういうことですか!!いったい何があったというのですか!!」
興奮気味に近づいてきたのは弟のリュウイです。
「リュウイ。何もなかったのです。あったのはシンシアがヴァルト様と婚約したという事実のみです。ほかに何があるというのですか?」
「姉さま!!悔しくはないのですか!?こんな仕打ちはあんまりです!!いったい姉さまに何の非があるというのですか!!」
「ありがとうリュウイ。あなたは私の為に怒ってくれているのですね。私はそれだけで十分です。」
「姉さま!!」
こんなに怒ってくれる弟を持って私は幸せ者です。
だからこそ、リュウイはこのままでいなくてはいけないのです。
「リュウイ。このお話はもう済んだことなのです。お父様と#お継母様__おかあさま__#が了承していることです。今から何かしても覆ることはありません。ですからリュウイ。もう終わりにしましょう。あなたが気に病むことではありませんよ?」
「しかし!!」
私は無理やりこの話を切り上げました。
リュウイまで巻き込むことはできませんから。
急ぐようにして自室に戻った私は、マリアンヌと今後の予定を確認しました。
おそらく数日中には何かアクションを起こしてくるでしょう。
ですので、その前にできることをしておく必要があるのです。
婚約破棄された子爵令嬢は自由を満喫します。 華音 楓 @kaznvais
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