婚約破棄された子爵令嬢は自由を満喫します。

華音 楓

第一話 婚約発表は妹でした。

「君ととは幸せになれそうにない。私は彼女と結婚する!!」


 私『リリアーナ』は突然、婚約破棄を突き付けられました。

 理由は真の相手を見つけたから…


 その相手は私の実の妹『シンシア』だったのです。


 二つ年下のシンシアとは血の繋がりはお父様だけです。

 私のお母様は、一つ下の弟『リュウイ』を産んだあと、病に倒れそのまま息を引き取りました。

 その後、子爵家の後妻の座に納まったのが#お継母様__おかあさま__#の『シルビア』です。

 その後すぐに子を授かり、生まれたのが妹のシンシアなのです。


 シンシアと私はさほど仲が悪かったわけではありませんでした。

 普段から、私と勉学を共に行い、切磋琢磨してきた関係です。


 この『ガーランド』子爵家は兄『ライラック』が後を継ぎ、弟のリュウイが補佐をして盛り立てていくことでしょう。


 私はその足掛かりとして、隣接する男爵家『リーンハルト』への輿入れが決まっていました。

 相手の名は『ヴァルト』様。

 リーンハルト家次期当主です。

 私には不満はなく、ヴァルト様もお優しくしてくださいます。

 ですので、まさかここでその話が覆るとは思いませんでした。


「リリアーナ姉さま、ごめんなさい!!でも私…私はもう我慢なりません!!ヴァルト様をお慕いしております!!そうではないお姉さまが嫁がれるのには納得できません!!ですので私が…シンシアがヴァルト様をお守りいたします!!」

「そういうことだリリーナ。私を心から愛してくれるのはこのシンシアだ。私は真の愛というものを知ってしまったのだ。すまないがここは私とシンシアの婚約披露会場だ。今すぐ立ち去ってはくれまいか。これが君にかける最後のやさしさだよ。」


 なんということでしょう。

 私の披露宴の席が一転して嘲笑の場となってしまったのです。

 むしろ、披露宴会場でこのようなことが行われること自体異例すぎます。


 お父様と#お継母様__おかあさま__#に目を向けると、すでに私を見ておりませんでした。

 その視線の先にはヴァルト様とシンシアの仲睦まじい姿しかなかったのです。


 そしてそこで悟りました。

 これはすでに決まっていたことなんだと。

 おそらく私だけ知らなかったのでしょう。

 会場に来た来賓も皆シンシアとの婚約披露であることを知って来ている。

 むしろ、このドタバタ劇を一つの余興としか思っていなかったのでしょう。


 私は会場に向け、お辞儀をしてその場を去りました。

 その後どうやって用意された部屋へ戻ったかは分かりません。

 気が付いたらすでに夜は更けていたからです。


 別段悲しかったわけではないのです。

 ただ、むなしかったのです。


 もともと、ヴァルト様をお慕いしていたわけではありません。

 俗にいう政略結婚の内の一つだと考えていました。

 私も子爵家令嬢。それが当たり前だ思っています。

 おそらくシンシアもそうでしょう。

 そのように教育を受けてきましたから。


 でもまさか…あの心優しいシンシアがこのようなことを行うとは…

 おそらく、#お継母様__おかあさま__#へ相談したのでしょう。

 お父様は#お継母様__おかあさま__#に頭が上がらない様子。

 #お継母様__おかあさま__#から頼まれたら嫌とは言わないでしょう。


 そして唐突に理解できました。

 私が17歳での婚約披露宴となった意味を。

 おそらくもう何年も前から決まっていたことなのでしょう。

 私が17歳ということは、シンシアが15歳になったということ…

 つまりはそういうことだったのです。

 あえて、私が15歳の時にするはずだった婚約披露宴を急所延期したのです…


 何故か無性に虚しくなりました。

 悲しくはない

 でも虚しい…

 私のこの17年は何だったのでしょうか…

 おそらく私の貰い手はいないでしょう。

 ただでさえ17歳という年齢。

 しかも、婚約破棄された令嬢。

 そんなレッテルを張られた女性を誰が貰い受けるというのでしょうか…


コンコンコン


「リリアーナ。私だ、入ってもいいかい?」


 この声はライラックお兄様…。

 でもなぜこんな夜更けに?


「開いておりますのでお入りください。」


 ドアを開けて入ってきたのは間違いなくライラックお兄様でした。

 私の5つ上のお兄様。

 いつも私を気にかけてくださいます。


「リリアーナ、すまない…。私が力ないばかりにこのようなことになってしまった。」


 そう言うとお兄様は深々と頭を下げられたのです。


「お兄様!!何故お兄様が頭を下げられるのです?お兄様はいつも私を気遣ってくださいます。頭を下げお礼を述べるのは私の方です。」

「違うんだリリアーナ、良く聞いてほしい。今回の計画はもう3年近く前から進められていた。私が知ったのは2か月くらい前の事だった。あの#女狐__シルビア__#と執事長の『ドレイトス』の会話を目撃したことが始まりだった。」


 予想通り、3年前からの計画だったのですね…

 それについては予想通り過ぎて何の感情も湧いてきませんでした。


「その内容は、リリアーナの婚約破棄を余興にしてシンシアの婚約披露宴を盛り上げようというものだった。ただ、それだけで終わればよかったんだけど…。」


 お兄様の顔がみるみる鬼の形相に変わっていくではありませんか。


「お兄様?!いかがなさいましたか?!お兄様!!」

「す、すまない。思い出しただけで腸が煮えくり返る思いだ。二人は出来ていたんだ。さすがに看過できなかったので、父上に伝えたんだけど…父上は信用しなかった。むしろ、私が叱責されてしまったよ。」


 お兄様の表情が鬼の形相から、落胆の色へと変わっていきました。

 おそらくお父様への信頼を失ってしまわれたのですね…

 それにしてもおかしいです。

 お父様は不貞など許すはずもありません。

 それほどまでにお父様は秩序を重んじる方なのです。

 ですからお兄様の落胆が手に取る様にわかってしまいました。


 今回の件はとても違和感があります。

 婚約破棄の件

 二人の不貞行為

 お父様の態度

 明らかに異常です。


 まさか…仕組まれている?

 そう考えるのが妥当なのかもしれません。

 ですがそれを調べる手立ても何もありません。

 ただの私の思い付き。

 何もできるはずはありません。


「そこでリリアーナ。君に質問だ。リリアーナはこれからどうしたい?どう生きたいんだい?」


 お兄様の質問の意図が分かりません。

 いきなりやりたいことといわれても、私は今までそんなことを考えたことがありませんでした。

 良い令嬢、良い婚約者、良い妻、良い母親。

 そうなる様に教育を施されてきたのです。

 それ以外など考えたことがありません。


「わかりません。私は今までそのようなことを考えたことがありませんでした…」

「いきなりで悪かった。これからについてゆっくり考えるといい。」


 そう言うと、ライラック兄さまは私の頭をなでて立ち上がりました。

 そのまま部屋を出ようとしたとき、足を止めてこちらを振り向きながらまた頭を下げられました。


「リリアーナ、本当にすまない。最後に一つだけ…。君は自由にしていいんだ。それを私が全力で守ろう。おそらくこの子爵家はまもなく終わりを迎える。あの#女狐__シルビア__#によってね。おやすみ…」


 お兄様?!大事なところを中途半端にしないでくださいませ!!

 気になってしまうではないですか。


 お兄様はこの違和感を危惧していらっしゃるご様子。

 私程度が気が付くのです、お兄様が気が付かないはずはございません。


 そのお兄様が私に自由にしろというのはおそらくそういうことなのでしょう。

 #お継母様__おかあさま__#による暗殺…

 #お継母様__おかあさま__#はおそらくリーンハルト家の手の者なのかもしれません。

 執事長は間者。


 ここガーランド子爵領は農業が盛んな土地です。

 麦や季節の野菜の採取量がこの国でもトップを誇ります。

 隣接するリーンハルト男爵領はうって変わって鉱山地帯。

 金の採掘量が多く、国としても重要拠点の一つと考えられています。

 お互いがお互い持ち合わせて無いものを持っていることで、交流が盛んになりました。

 ガーランド領からは食料が供給され、リーンハルト領からは金属や鍛冶といったものが供給される。

 まさに持ちつ持たれつの良好な関係です。


 ですが、数年前にリーンハルト男爵領で突如ご当主の交代劇があったのです。

 先代のご当主様…オルトン様とお父様はご学友でとても仲がよろしかったそうです。

 何度か当家にも遊びにいらしたことがあります。

 とても温和な方で、お優しい方でした。

 しかし、そのオルトン様が急遽病死をされたのです。

 女性しかお子様がいらっしゃらず、オルトン様の弟君の『カール』様が後を継がれたようでした。


 その後からです…

 ガーランド家とリーンハルト家の間で揉め事が起こり始めたのは。

 食料の無理な値引き交渉から始まり、金属の極端な値上げ。

 しまいには領土についての難癖まで発展してしまいました。


 一触即発となる前に、王国より物言いが付き一応の決着を見ました。

 そこで友好の証として私が輿入れをすることとなったのです。


 あちらからはオルトン様のお子様の『ミラ』さんが弟のリュウイに嫁ぐことが決定しております。

 これをもって両家の絆となるはずだったのです。


 ただ、この話は別に私でなくてもよかったのかもしれません。

 こちらから妻をめとればいいのですから。

 そう考えると、なんだかばかばかしく思えてきました。


 そう、お兄様曰く、私は自由なのです。

 新しい生活をどう生きるか…

 これから考えていきましょう。

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