圧倒的婚活!先輩はアラサーだった!

「……証拠は?」

 長い沈黙の後、先輩はようやくそのひとことを口にした。

 それが火蓋だった。

「そこまでいうなら、なにかアタシが仕組んだという証拠はあるんだろうね?」

 自分の置かれた立場を悟ってか、先輩は無理矢理感情を押し殺したように、不貞腐れた態度になる。

 その姿はまさにいたずらがバレた子供のようであったが、これでもれっきとした大人である。

 だからこちらも、ぐうの音が出なくなるまで先輩に証拠を突きつけてやるだけだ。

「今まさに、証拠というか、証明され続けている真っ最中ですよ」

「どういう意味だよ」

「こんなに長々と時間を過ごしているのに、なんで『夏の吹雪団』とやらはこの車を襲ってこないんでしょうかね?」

 あのスピードで追いかけてきて、追いつかれそうになったから先輩の車は事故を起こしたのだ。

 なのにあちらさんはその後、車を後ろに停めたきりこのワゴンに駆け寄ってくる様子もない。随分と暢気な秘密結社ではないか。

「考えてみれば、そもそもまず最初のビル爆発がおかしいんですよ。どうして、俺の身柄を確保したがっているのにあんな爆発を起こしてしまうのか。そしてあの時はあそこまで強硬手段に出たのに、車ではただ追いかけてくるだけだったのか。これは明らかに矛盾していますよね」

 俺がそう弁論を振るうたびに、先輩の顔はどんどん歪んでいくし、それでも敵は襲ってこない。

 つまりはそういうことなのだ。

 再び長い沈黙になったとき、先輩に対する最後通告が扉を叩いた。

 窓に数回のノックの後、ゆっくりと後部座席のドアが開かれる。

「ふむ……」

 だがそこに現れたのは、テロリストや秘密結社の工作員などではなく、穏やかな顔の老紳士であった。

「……どうやら、お嬢様の負けのようでございますね」

 その言葉で俺の記憶の中から彼のことが思い出される。

 大学時代、何度か構内で見かけた、冬川先輩の家の使用人の老人だ。

 先輩の家が超が付くほどの金持ちだというのは知っていたが、これは俺の想像をさらに上回るレベルかも知れないという予感がよぎる。

「あーあ、瀬田が出て来たらもうなにもかもおしまいだな。そうだよ、この一連の逃亡劇は、全部アタシが仕組んだことだよ。爆発も偽動画だしな」

 開き直ったように、先輩はそのまま武器の上に横になった。

「どうしてそんなことを……」

「もう無料キャンペーンの三回は終わっているんだ。その質問は高くつくぞ?」

「この期に及んでまだ金取るんですか!?」

 いい加減負けを認めたらいいのに。

 先輩はふくれっ面で俺の抗議をガン無視する。

「まあ、いいでしょう。いくらでも払いますよ。それで、先輩の目的はなんだったんですか」 

「……後輩の危機にさっそうと現れる先輩ってやつをやりたかったんだよ」

「は?」

 無茶苦茶な理屈である。

 そんな気まぐれのせいで、俺は昼休みの途中でよくわからないままドライブをすることになったのだ。

 というか、あの会社の爆発がフェイクなら、昼休みに戻らないままどっか行った不良社員ということになってないか? 社用スマホは俺の車に置いてきたままだし。

「ところで君、今日がなんの日か覚えてるか?」

「は?」

 海の日、ではない。

「もし当てられたら質問料をまけといてやるよ、はい制限時間は30秒、スタート」

 勝手にそう言って、先輩は一人でカウントを始める。

 だが、別にそんな制限時間は必要ない。

「先輩の誕生日、ですよね」

「いや、聞いたのはアタシだけど、なんでそんなにすんなり出てくるんだ!?」

「そりゃあ、印象に残っていましたから」

 ちょうど期末試験の真っ最中で、後輩に必修一般教養のノートを誕生日プレゼントとしてねだってきたのがあまりにも記憶に残りすぎている。

 ましてやそのノートで単位を取れて卒業できたと言われたらなおさらだ。

「じゃあ話が早いな。アタシの年齢もわかるよな?」

「三十ですね」

 答えると同時にポカリと頭に拳が飛んできた。

「理不尽だ」

「もう少しいい方ってものがあるだろ! ああ、そうだよ、三十歳だよ。三十路だよ。それで、約束を果たしてもらいに来たわけだ。このイベントは、そのためのサプライズだな」

「約束?」

 そちらはまったく記憶にない。なにがあったか???

「三十歳まで相手が見つからなかったら、俺が貰ってあげますよと言ったじゃないか。まさか君、忘れたというのか!!?」

「えっ……。あー……」

 言われて思い出した。たしか一番最初のゼミの飲み会のときだ。

 年上に見えないみたいな話になった際、流れでそういうことを言った気がする。

「いや、大学生にもなってそんな話を真に受ける人いますか!?」

「いたんだよ、ここにな。だからアタシはこの日をずっと待っていたんだぞ! もちろん、君に特定の相手がいないのも調査済みだ」

 先輩は卒業後、家業を継ぐために実家に戻り、そのまま音信不通になっていたのだ。なので俺自身、あの大学時代はある種の夢のような時間として、もう完全な過去にしていたのだが……。

「つまりだ。アタシはここで君にプロポーズをするわけだ。秋本春彦! アタシと、その、結婚してくれないか!」

 叫ぶようにそんなプロポーズの言葉を口にして、先輩は大きく頭を下げた。

 横で使用人の人も一緒に頭を下げる。

 えーっと……。

「ちょっと、考えさせてください」

 この先輩のことが好きか嫌いかで言えば、まあ好きだ。

 それは大学時代から変わらない。そういった関係になって行うようなことは一切なかったが、あの日々は本当に毎日が楽しかった。

 だが、家族にするとなると話が違ってくる。

 今日の一連の流れから考えてもこの人と家族になるのは、俺の人生が波乱万丈の無限回数券ゲット確定である。

「君は、この期に及んでそんなことを……! といいたいところだが、その返事はもちろん想定済みだとも」

 そして、冬川三冬は悪い笑みを浮かべた。

 俺はその笑みが、ロクでもない考えのときに浮かぶものだと知っている。懐かしい、最悪な笑みだ。

「君はとりあえず、この高速道路のど真中から帰る手段を見つけなければいけないよな」

 逃げ場なしということか。

「まあ、そうでしょうね。わかりましたよ。とりあえずもう少しドライブでもしましょうか。久々の再会なんだから、もっとちゃんと話をしましょうよ」

 プロポーズ、受けるにしても断るにしても、先輩と話をしたいというのは変わらないわけだし。

「ああ、そうだな。あと君の会社、アタシが買収しておいたからな。明日から行かなくて大丈夫だぞ」

「は?」

「『夏の吹雪団』はデタラメだが、君が動かしていた数字は侮れないものだったらな。あの会社は頂きたいと思っていたわけだ」

「マジですか」

 げっ、一気にこの人についていこうという気になってしまった。

「会社の方にもアタシから話は通してあるし、まあ心配するな。さあ、夏休みを満喫して、愛とか育もうじゃないか!」

 そう言って先輩は俺をハイエースから引きずり出し、瀬田氏の乗ってきた車へと乗せ換える。

「それじゃあ、最高の夏休みに、レッツゴー!」

「最狂、の間違いだと思いますけどね」

 そして俺と冬川先輩は、夏に向かって走り出す。


 夏休みが、始まってしまった。

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ロリ先輩が夏休みをくれると言ってから俺の人生が滅茶苦茶になってしまった シャル青井 @aotetsu

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