畜生の末路

ごんべえ

罪と罰の拮抗は本当に保たれているか?

 黄昏時を告げる時報を聞きながら北川忍きたがわしのぶは途方に暮れていた。

 目隠しをされて身動きが取れない状態にされている。

 常人ならば発狂しかねない状況に置かれながら、しかし、内心は妙に落ち着いていた。

(とうとう、来るべき時が来たか)

 そんなことをぼんやりと考える。

 北川忍は死刑囚だ。

 二年前の早朝。

 当時県立大学の学生だった彼は何の前触れもなく、両親を包丁で刺殺した後、シャワーを浴びていつものように登校。

 朝の講義中に結果として十名を刺傷させ、内の五名は重症、三名は死亡した。

 当然、現行犯逮捕。

 この事件は世間を大きく賑わせた。

 異常。

 この一言で終わらせたいほどに常軌を逸していた。

 まず、刺殺した人物に私怨を抱いていたか、と問われれば一切そんなことはなく家族間の関係性は良好で大学の特定の誰かとも良くもなければ悪くもない世間話をする程度の関係性はもっていた。

 それにもかかわらず、いきなりの何の脈絡のない犯行。

 お昼のワイドショーで盛り上がるには恰好のネタではあるが、すぐにどこも取り上げなくなった。

 ひと昔ならいざ知らず、今の世間の主張はこうだった。

 事件の被害者は確かに同情するし可哀そうだとも思うが、加害者のキチガイ染みた心理など知りたくもない。

 そうして、世間からは臭いモノには蓋と言わんばかりに見向きもされず、迎えた地方裁判所の判決は勿論、死刑。

 北川は控訴はせずに現在に至る、という訳だ。

 それからというもの、拘置所の一室にて何もせずぼう、と過ごす日々を送っていた。

 だから、いつの間にこんな状況に置かれてしまったのか見当もつかない。

 

「やあ、はじめまして。北川忍くん」


 そんな、声掛けと共に突然開かれる視界。

 いつもの拘置所の一部屋に見知らぬ男が一人。

 髪はぼさぼさ、無精ひげは首周りを覆いつくし、なんともワイルドな印象。

 服装は白のTシャツにジーパンという無難な出で立ち。

 彼と北川を隔てているのは一つのテーブルでそこには、大皿に盛られたホイコーローが湯気を立てている。

 意味の分からない状況に自らの状況をようやく確認すると溜息を一つ漏らした。

 拘束着を着せられている。

 沈黙が支配する。

 それを最初に破いたのは北川だった。

「……あんた、誰?」

 その問いに男は、サイトウ、とだけ答え、

「今日は君にご馳走を持ってきたんだ」

 聞いてもいないことを弁明する。

 あっそ、とそっけなく返し、

「これで、食えると思ってるの?」

「食えるでしょ。犬や猫は手なんか使わないで食ってる」

 はあ、と今度は特大の溜息。

「あんたさ、俺をおちょくりにきたんだろ」

「その向きは確かにあるが、まあ、いいや。それを脱がしてあげよう」

 そういうとサイトウは北川の拘束着をなれた手つきで脱がした後、箸を差し出した。

 どうも、と受け取りホイコーローに手を伸ばそうとする北川をサイトウは静止する。

「なんだよ、持ってきたのはあんただろ」

「そうだよ。そして、このホイコーローの所有権はこの僕にある」

「あんたさ、本当に何しに来たんだよ」

「ひとつ、質問に答えて欲しいんだ。どうして、人を殺した」

 その問いに間髪入れず北川は、

「どうして、人を殺してはいけないんだ?」

 と問い返す。

 はは、サイトウは笑い、

「ねえ、自分で答えの出ている問いを人にしてそいつを測ろうとするのは勝手だが僕にはその手は通用しないよ。そして、重要なことをもう一つ。質問に質問で返すな」

 今度は北川が、へえ、と言い、

「いいから答えろよ。勝手に来たのはそっちなんだからさ。駄目だからダメなんてトートロジーは無しな」

 サイトウは肩をすくめて、

「殺していけない、なんてそんなことはないよ。殺していいんだ」

 そういうと、食っていいよ、と許可を出す。

 早速、ホイコーローに手を伸ばす北川。

「ああ、食いながらでいいから聞いて欲しいんだ。この話には続きがある。

 確かに世界中のどこの国でも人を殺したら法律で罰せられる。ちょうど、今の君のようにね。

 だけどね、そいつは理由にはならないんだよ。

 これは、社会で人が人として生きていくために必要な手続きに過ぎない。

 そもそも、人を殺してはいけない理由はこの世の中には何一つとしてないんだよ。

 だから、死刑という刑罰も当然に通用する。

 さて、ここに一つの写真がある。ここに映った男に見覚えは?」

 見覚えがあるだとかそれ以前の話だった。

 反社会勢力の一、二を争う勢力の一つ――

「極東連合の総長の林田だろ、そいつ」

「そう、ご名答。いま日本で一、二を争うクズこと林田くんだ。

 彼が関わった強盗、強姦、殺人は数多くあるとされているけれど、一度も捕まった試しがない。不公平だよね、君はちゃんと捕まったのにこいつは捕まらないなんてさ。

 まあ、それは措いといて、これを見て欲しいんだ」

 そういうとスマートフォンの画面を北川に向ける。

 そこに映っていたのは、どこかの厨房らしき場所。

 上空から撮ったようで、アングルが監視カメラの視点だった。

 その厨房にて作業しているのは、間違いなく北川と対峙している男、サイトウだ。

 そして、様々な食材に紛れて横たわっている男が一人。

 体はある程度切り分けられていて、その顔には見覚えが――

「おええええええ!」

 突如として今まで食っていたホイコーローを様々な吐瀉物として吐き出す北川。

「おいおい、察しがいいのはいいことだが、食い物を粗末にするなよ。もったいないお化けがでるぞ。いや、出るのは――」

 林田の幽霊か、と冷たくサイトウは言い放つとそのホイコーローを口に入れた。

「ふざけるなよ! この異常者! キチガイ野郎! なんて、物を食わせやがる!」

 ふう、と溜息を一つサイトウは吐く。

 今度はサイトウがホイコーローを食いながら話を続ける。

「散々な言われようだな。僕は生きていくためにクズを殺して食った。それに対して君は殺したいから殺した。どちらが異常者かは火を見るより明らかだと思うんだけどね」

 狂ってる、と自らが狂ったように繰り返す北川はさらに信じられない光景を目撃する。

 サイトウの額に角が生えた。

 口をパクパクとさせ、絶句する北川に、

「ああ、いつもは隠しているんだけどね。食事中はこうなってしまう」

 言い訳しつつさらに続ける。

「妖怪って知ってる?

 知らないわけないだろうから知ってることを前提に話をするけど、僕たちの先祖って江戸の中期くらいまでは割とポピュラーな存在だったんだよね。

 人間を狩って食ったり逆に返り討ちに遭ったりしてたんだ。

 だけどさ、昔の人って聡明だから気がついたんだ。

 ある程度社会が発達すると君みたいな劣性のクソみたいな奴がでてくる。

 だから、人間に交じって暮らしてそういう奴を狙って食ったほうが絶対に効率がいいってね。

 その結果がまさにビンゴってな訳」

 そこで、サイトウは一枚の書類を広げる。

「これ、君の執行許可書。ちなみに明日の昼ご飯になる予定だからよろしく」

 勢いよく北川は鉄扉に殺到し、

「おい、こんなの聞いてないぞ! こんなことが許されるとでも思っているのか! 日本は法治国家だぞ! 頼むから、こんな化け物に食わせるんじゃなくて、お前らの手で俺を殺し――」

 そこで、北川の意識は途絶えその生涯に幕を閉じた。


☆ ☆ ☆


「これで、肉が不味くなったらどうしてくれるんですか?」

 サイトウは持ってきていた旅行鞄に北川の遺体を詰め込んで拘置所の正面玄関から堂々と出ていた。

 片手にスマートフォン。

 相手側は報酬はいつもの口座にというと通話を切ってしまう。

 はあ、と再び溜息。

 殺された故人の遺族からの依頼でやったが、やはり気分のいいモノではない。

 獲物は気が付かないうちにサクッと殺ってしまうのが一番美味い。

 今から、同胞に飯をふるまう段取りを考えながら家路を急いだ。

 

 

 

 

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