IF 夢の続き

「てめえ!それ返せよっ!」


「さっさと離せ!」


 怒号と共に蹲る私の身体を、何度も踏みつける男達。理由は明白で私が彼らの食料を盗み取ったのが原因。


 空腹で限界が近く、ゴミ漁りも大した意味が無い。誰かから上手く盗むというのが私が出した解だった。


「死ね!」


 私は途方に暮れていた。

 盗むのは正しかった。問題はそれがバレてしまった事。


 男達の踏みつけは踏まれた瞬間に身体を動かす事で出来るだけいなしている。でもそれも時間の問題。


 このままだといつかは死んでしまう。食料を返してもそれは同じ。


「もう良い!殺しちまえ!」


 埒が明かないと感じたのか、一人の男が大きく足を上げた。私は身体を強張らせて目を閉じる。


「――あがっ!?」


 暗闇の中で聞いたのは男の悲鳴だった。覚悟していた痛みは無い。


 その後も悲鳴は続き、遂にはその場に居た全員の倒れ込む音を聞いた。


 私は目を開く。目の前には倒れた男の懐を漁る男の子が居た。その手には木の棒が握られている。


「……これだけあれば三日は持つか」


 汚れた茶色の毛と鋭い目線。男の子は男達から奪った食料を手にそう呟いた。そうして、未だに蹲る私を一度も見る事無く男の子は立ち上がろうとする。


「……まって」


「?」


 いつの間にか手が伸びていた。怪訝そうな顔で男の子は初めてその目で私を見た。


 私の中の何かが言っていた。気づけば私の世話をしてくれた女の人――恐らく母親が何も言わずにいなくなって、私は一人で暮らしてきた。


 でも、これからはこの男の子に付いて行くべきだと。そうすれば生き残れると。


「いっしょに、ついてく」


 今でも忘れない。私の人生の最適解。





 ☆





 男の子の名前はオーウィン。ちょっと長かったから、私はオー君と呼ぶ事にした。


「狙うヤツは俺が決め――るっ!」


「……」


 お互いに木の棒を持って構える私達。オー君の攻撃を最小限の動きで避ける。


「ここで生き残る為には誰かから奪うしかない。でも、誰からでも奪っていい訳じゃない」


 追撃をいなして反撃。それに対してオー君は私の懐に潜り込み、棒を持つ手首を直接掴む事で攻撃を止めた。


「一人に対して集団で奪ったり、身体が動かせないヤツを狙ったり。俺達が奪うのはそういうヤツ――!」


 捕まれた手首を掴み返して投げ飛ばす。オー君は背中から地面に倒れて、小さく息を吐いた。


「なんで」


「ああ?」


「なんで選ばなくちゃいけないの」


 貧民区では誰かから奪うというのは常套手段だった。誰もが奪い奪われ、奪い返せない弱者はさっさと死んでいく。


 それはオー君も変わらなかった。でも、オー君はどんな人から奪うのか、という点に何故かこだわっていた。


「英雄って知ってるか」


 オー君は笑った。


「すげえヤツの事だ。こんなゴミ捨て場で生きてるようなヤツじゃない。俺はそれになりたい」


 始めて出会った時からオー君はそうだった。ずっと変わらない大きな夢。


「ほんとは誰かから盗むのも止めたいんだけどな。でもここで生きるならそれはちょっと無理がある。で、英雄は弱い者イジメはしないし、そういうのを見たら止めに入るんだ。――なら、弱い者イジメをしてるヤツから奪えば良い。完璧だろ」


 今だからこそ分かる。オー君は英雄になりたいと言いながらも、誰かから物を奪う事を一部では肯定していた。


 そして、私を助けはしても私自身には一切の興味を持っていなかったあの瞬間は、オー君が弱者を助ける事に興味はあっても、助けた弱者には興味が無いという事を示している。


 功績を打ち立て、慈悲をバラ撒き、多くの歓声を受け自然と誰かから呼ばれ始めるのが英雄という称号。

 でもオー君は呼ばれたい、ではなくと言った。オー君は自分の中の英雄像を遂行する事を重視していた。


 大きくて歪な夢を持った男の子。私が付いて行こうとしたのはそういう人だった。


「よっと。……お前強いな」


 オー君は立ち上がり、笑った。

 剣戟の真似事だという棒の振り合い。初めてやったのにも関わらず、私はどうすれば相手の攻撃を受けずに自分の攻撃を通せるのかが何となく分かっていた。


「お前が相手になってくれるなら、俺も強くなれそうだ。……まずは貧民区ここで身体をデカくして強くなる。そうしたら外に出て、冒険者になる」


「冒険者」


「腕っぷしがあればどこまでも行ける職業だ。俺でもな。そしてそれを踏み台に、俺は英雄になる」


 オー君の目は輝いていた。貧民区で見かけるのは大抵、全てを諦めた暗い目か、死ぬ前に浅い欲望を満たそうとする薄汚れた目だった。オー君と出会う前の私は前者。


 オー君は眩しかった。何でこの男の子に付いて行きたいと思ったのか、この時の私は何となく理解した。


「私もなる」


「……そうか。じゃ、まずはここから脱出するまで頑張るか」


「ん」


 そうして、私達は二人になった。





 ☆





 オー君は賢くて強かった。そして何よりも生きようとする執念が強かった。


 弱者からは奪わないという信念を貫き通す為に無茶をした。私はそれを支えようとした。


「なあ、わざわざ俺に付き合う必要は無いんだぞ。お前は俺が居なくても十分生き残れるだろ」


 たまに、オー君はそんなふうな事を私に言った。

 オー君のこだわりが原因で空腹を満たせなかったり、死にかけた事は何度もあった。それを気にしていたのだろう。


 オー君と離れるという選択肢は無かった。オー君の眩しさを側で目の当たりにしている時だけが、私が生の実感を得られる唯一の光景だった。


「お、らあっ!」


「ん」


「……何で今のが避けれるんだよ」


「へへ」


 剣戟の真似事は何回もやった。勝敗も曖昧な遊びのような訓練。


「楽しい」


 私はその時間が大好きだった。誰かと遊んだ事なんて一度も無かったから。


「余裕だ――なっ!」


 棒を振るオー君。受け流す私。

 とあるゴミ捨て場の横の広場、そこが私達の遊び場だった。





 ☆





 ずっと二人だった。


 少ない食料を分け合って、風が強い日は抱き合って寝た。空腹も寒さも二人で乗り越えた。奪って助けて生き残り続けた。


 そうして、腕の中で感じるオー君の身体には硬さが混じるようになって、私との身長に明確な差が出来始めた頃。先導するオー君の手を握り私は一度も振り向くこと無く貧民区を後にした。





 ☆




「フロイデ、行くぞ。まずは奥の五匹から仕留める」


「分かった」


 冒険者としての私達の活動は順調だった。貧民区での生活の中で得た経験は大きく、その上どうやら私達には天性の才能があるようだった。


 微細なマナの操作による無駄の無い身体強化を得意とするオー君、相手の行動に対する最適解が即座に思い浮かぶ私。


 モンスターとの戦闘にもすぐに慣れた。ギルドからの評価は瞬く間に上がり、それに応じて報酬も大きくなっていく。


「おいおい、お前らだけで倒す気かよ。俺らも居るんだが」


「そうね、私達の分も残して貰わないと」


「全くだ。――行くぞっ!」


 マーク、ベル、ノーマン。同時期に私達と冒険者になった彼らとは、共に行動する事が何度かあった。


 肩を並べられる同業者と名声、それとお金。正直に言えば私はこの時点である意味で満足感を感じていた。ゴミ捨て場で育った身にしては十分な生活だと。


 でも、オー君はそうじゃなかった。私と初めて出会った時から全く変わらないギラついた目。オー君の夢はその程度で萎びる事は無かった。


 だとすれば、私はそれに付いて行く。私の中の満足感なんて知ったことでは無かった。それが私の生き方。


 ――フェリエラあの女が全てを台無しにするまでは、それで良かった筈だったのに。





 ☆





「もう諦めよう」


「……」


 走っては転ぶ。モンスターを想定した動きがガタつく。オー君が負った足の傷、その後遺症は致命的だった。


「その足で戦闘は無理だよ。慣れれば雑魚は相手に出来るとは思う。でも、とてもじゃないけどそれ以上は――」


「フロイデ」


「っ……もうオー君の名前は十分知れ渡った!ここで退いておけばオー君は怪我の前は凄い冒険者だったって皆の記憶にも残るかもしれない!これ以上は惨めを晒すだけだ!」


「なあ」


「お金なんて私が幾らでも稼げるよ!前みたいな暮らしには絶対に戻らない!もうそれで良いじゃないか!」


 足の後遺症は機能不全だけじゃない、マナの操作にも若干の影響を及ぼしている。オー君がマナの操作が得意だとしても、それに慣れるのにも一苦労だ。


 もう戦わせるべきじゃないと、私の中では解が出ていた。


 でも。


「お前がわざわざ俺に付き合う必要は無い」


 オー君は何も諦めちゃいなかった。出会った頃から何も変わらないあの目で、何度も繰り返してきた文言を私にぶつける。


 多分、それはオー君の優しさなのだろう。自分に付いてきても碌な事にならない、関わるなという警告。


「……今更だよ。オー君がどうしても諦めないのなら、私は付いて行くだけ」


「そうか。……そうだな」


 本当は止めたかった。負傷とその後遺症によって、明確に感じ始めてしまった。


 大きすぎる夢を諦めなかった末の結末――オー君の死という未来を。


「俺に付き合うというのなら、お前には先で待っていて欲しい。俺に構わずに行けるだけ行け。いつか追いついてみせる」


「うん、待ってる」


 見えてしまった可能性。最悪の結果が待っているかもしれなくても、私にはオー君を止める事が出来なかった。


 ただただ眩しいオー君の姿が大好きだったから。

 一緒に夢を追う私でないと、オー君は私を見てくれなかったから。






 ☆





 オー君はひたすらに解決策を探した。後遺症を治す方法、現状の足でも出来る戦闘法。ずっと足掻いていた。それに対し、私はオー君の言葉を信じてただ前へと進んだ。


 一緒に居る時間が減った。クエストは一人で受ける事が普通になった。長期的な内容が多くなって、家に帰る事も少なくなった。


 クエストの合間に時間を作って久々にギルドへと帰って来た時、そこで見つけたオー君の背中は前よりも小さくなったように見えた。


 問題は全く解決していない。ベッドの中、オー君の胸の中で聞いたその言葉には申し訳ないという気持ちが詰まっていた。


 私はこのまま、オー君が夢を諦める未来を夢想した。冒険者を辞めて私と一緒に何でもない日常の中で余生を過ごす。


 何故か、少し泣いてしまった。






 ☆




 緊急性の高い情報を届ける為に私が再び長期のクエストから帰還した時、信じられないモノを見た。


 その女はオー君から夢を受け継いだという。オー君が私達の家を寝床として提供し、自分の事を疎かにしてでも戦う為の指導をした女。


 確かに、その女の才能は傍目から見ても別格だった。何の進展も無い日々の中、熱量を失っていったオー君が夢を諦める口実にしたというのは納得が出来た。


 ただ、私が帰って来た時にはその女の前からオー君は姿を消していた。私は悟った。オー君は諦めきれなかったのだと。だから。


「でも、君じゃ足りなかったみたいだ」


 その女を煽った。その圧倒的な才能で私を超える程の存在になれば、今度こそ本当にオー君は夢を諦めてくれるかもしれない。その考えが過った。


 オー君の夢を肯定するのか?否定するのか?何度揺れても答えが出ない。最適解なんてどこにも無い。何も選べない私は、いつの間にかただ祈っていた。


 私じゃない別の誰か。あの女でも、こうなった原因そのものであるあの女でも良い。誰かオー君を捕まえて。


 夢を諦めたオー君でも良い。生きてさえいれば私の側に居なくても良い。捕まえられるのなら早く。

 そう思っていた。







 ☆






「え?」


 フリューゲルはその光景を丘の上から見ていた。後方の安全地帯で控えている筈のオーウィンが自分達と反対の左側、その遥か前方で戦闘を繰り広げている。


 獣のような荒々しい動きでモンスター達を屠り、即座に別のモンスターへと牙を向ける。モンスター達の総数を考えれば自殺行為としか思えない行動。


 今までは見えていたオーウィンの姿が、大群に飲み込まれるようにして消えた。


「あ、あ……」


 フリューゲルは甘く見ていた。オーウィンが持つ自身の夢への執着を。


 ギルドが定めた配置、戦いの流れを意図的に無視し、多大な功績を得る為にオーウィンは動いた。


『片足が満足に動かない状態で未だにモンスターと戦ってるんだよ?夢は諦めた、なんて口では言ってるけど実際は少しも諦めきれてない。そこそこの名誉と暮らしていくには十分なお金があってもね。そういう変人なの』


 フロイデのその言葉の意味を、フリューゲルは真の意味で理解していなかった。


「――はっ!やりやがったっ!」


 フリューゲルと共に行動していたマークが、痛快そうな声を上げた。オーウィンの行動をある程度は予期していたかのように。


「バカだよアイツ!あの大群に一人で突っ込むか普通!?」


「……マーク、貴方――」


「何かやらかそうとは思ってたけどなぁ。ははっ、一人で全部倒すつもりかよオーウィン」


 ベルが何かを問おうとするが、マークは呆れの混じった笑いを止めようとしない。


 マークを背に、ベルは呆然とするフリューゲルの方へと向いた。


「ごめんなさい、フリューゲルちゃん。……私達、オーウィンが今までどこに居たのか知ってた」


「……」


「オーウィンがこのクエストに参加しようとしてたって事はフリューゲルちゃんも気づいてたでしょ?オーウィンはフリューゲルちゃんに自分の居場所がバレたら無理にでも参加を止めに来る、そう思って私に口止めをしてたの。このクエストでは少し無茶をするからって」


 ベルの言葉はフリューゲルの耳に届いてはいた。だが、フリューゲルの意識はもう目の前のあの場所へと向かっている。


 ベルもはそれを承知した上で言葉を続ける。


「でもここまでやるとは思ってなかった。……だから、行って。ここは私達で何とかする。オーウィンが死ぬ前に――」


「行くんじゃねえ」


 ベルがフリューゲルの肩に手を乗せて背中を押そうとしたその瞬間、マークは背中の大剣を地面に突き立て、フリューゲルを睨んだ。


「この数日間で何度か戦ってるのを見せてもらったがなあ、お前は強すぎる。お前があの場所で戦いだしたら、後ろの連中は全員そっちを向くだろうぜ」


「……っ」


 オーウィンの訓練に付き合う日々の中で、マークはオーウィンが目指すモノを理解していた。


 そしてそれは、フリューゲルも同じ。


『俺はもう一度お前達と肩を並べたい。今回の緊急クエストで、過去の俺を取り戻す。その為に協力してほしい』


 協力者として……そして戦友として、マークはフリューゲルの前に立つ。


「アイツと肩を並べるとしたら俺だ。俺が行く。だからお前はここで――」


 マークの言葉が途切れた。目を見開かせたその表情に、フリューゲルは釣られるようにして振り返る。


「え――っ!」


 振り向いた先、想定外の出来事による気の緩みから防御を怠っていた腹に拳が突き刺さる。


「ぁ……あな、たは……」


「ごめんね」


 意識を失い倒れる最中、フリューゲルが見たのは何の表情も浮かべていない女の顔だった。


「フロイデ、お前……」


「ありがとう、マーク。オー君を理解してくれて。……でも、あの場所に行くのは私だよ」


「――そうか……そうだよな」


 それ以上の会話は無かった。マークを横切りフロイデは目的地へと向かう。


「待って!」


 倒れ伏したフリューゲルに駆け寄りながら、ベルはフロイデの背を睨みつける。


「彼を連れて帰る為に行くのよね!?あんな無茶、貴女が居てもいつまでも続けられる訳が無い!だから――」


「ここで止めたらオー君は死んじゃう」


 フロイデは小さくそう呟いた。その目に迷いは一片も無い。


「あの場所は、私達の遊び場だよ」






 ☆




 分かっていた。


「……ぐっ!」


 この戦い方は、体力を大きく消耗する。


「ああっ!」


 常に全身の運動と研ぎ澄まされた感覚を求められ、休まる事は無い。


「……はっ……はっ」


 そしてここは死地だ。


 俺の周囲には数えるのが馬鹿馬鹿しい程のモンスターの死体が転がっている。


 何度も浴び、俺の物も混じった血の臭いにはもう慣れた。最初に使っていた剣は折れ、残るは一本。


 無謀だという事は、十分に分かっていた。


「クソっ……」


 死体に刺さった剣が抜けない。力を入れ、ようやく抜けたその瞬間、俺は巨大な翼が目の前に現れたのを見た。葉でも吹き飛ばすかのような仕草をしながら。


「……っ!」


 超常種。そう理解した瞬間、俺は凄まじい風によって吹き飛ばされた。


「……はっ」


 宙を舞う中、俺はやけに遅くなった視界の中で笑っていた。


 モンスター共は前線で好き勝手に暴れる俺が気に食わないのか、後ろの冒険者共には目もくれずに俺に押し寄せている。この浮遊が終わった後も、それは続くだろう。


 それで良い。お前達も、俺以外は見なくても。


「う……がっ……」


 木々の中に吹き飛ばされのか、枝葉で俺は揉まれていた。身体中に小さな傷がいくつも出来上がった後、俺は地面へと転げ落ちた。


「助か、った」


 受け身が取れる気がしなかった。木々の中に落ちていなければ危うかっただろう。


 手元にはまだ、寸前で引き抜いていた剣が握られていた。


「まだ、まだ」


 恐らく、この場所は平原の中で小さく孤立するように出来ている。枝葉の影響で日が届きにくい。


 嫌な場所だった。


「……っ」


 身体が動かない。マナを振り絞ろうとしても、手足が言う事を聞かない。視界がぼやける。


 違う。ここじゃない。終わってしまうのであれば、せめて日の届く場所で。


 そうやって足掻く俺の目に、そいつは映った。


「は」


 その巨体を通らせる為に、発達した腕で木々をなぎ倒し、鼻を鳴らして俺を探すその姿。


 胸や身体、至る所の毛が絡まり合うように固まり、鋼鉄の鎧のようにその身を護る。


 アーマードベア。その鋭い目が、俺を捉えた。


「気に食わなかったんだよ……お前が……」


 湧き出すマナのままに、剣を握る腕に力を込める。


「お前程度に逃げようとした俺も……」


 背中、腰、足。腕に続くように、全身に力が伝わっていく。


 アーマードベアは大きく吠え、俺に向かって走りだした。俺は持たれかかっていた背後の木を支えに使いながら立ち上がり剣を構える。


 迫る巨体を前に、頭に浮かんだのはアイツの顔だった。


「っああああああ!」






 ☆





「!」


 フロイデは見ていた。オーウィンが木々の中へと吹き飛ばされ、それを追うべく一匹のモンスターが木々の中へと侵入しようとする様子を。


「どけっ!」


 道中で襲い掛かるモンスターの攻撃を避け、切り捨て、踏み台にし、フロイデは凄まじい速度で進んでいく。


「……っ」


 しかし、モンスターは既に侵入していた。フロイデの脳裏に最悪の結末が過る。


「――遅いぞ、フロイデ!」


 フロイデが自らも木々の中へと入ろうとしたその瞬間、オーウィンは木々の中から弾かれたように現れた。フロイデの頭上を跳び越し着地したその全身はモンスターの血と土埃で汚れている。


「オー君!」


「行くぞ。俺達で狩り尽くすんだ」


「うん……うん!」


 汚れきった肉体、精悍な立ち振る舞い。堂々と目の前を歩くオーウィンのその姿に、フロイデは込み上げるものを抑えられずにいた。


 自分が付いて行こうと感じ、信じ、愛した男のその在り方は今までで最も輝いて見えた。


「……くっ」


「っオー君――あ」


 突如よろめいたオーウィンの肩をフロイデは慌てて支える。疲労によるものか。そう考えたフロイデの目には、その答えがはっきりと映っていた。


「そ、それ……」


 多量の血はモンスターだけのものではない。戦いの中で負った傷によるオーウィン自身のものもある。


 アーマードベア、そして追撃に向かったモンスター達をオーウィンは確かに斬り伏せた。


 しかし、その代償は大きかった。


「頼む」


「――」


「俺は今……生きてるんだ」


 輝いている。だからこそフロイデは――。


「うん」


 その解を選んだ。





 ☆




 その日の光景は多くの者の目に映った。


「そっちに行ったぞ!」


 命令と配置……そして自分の命すらも無視して先走り、押し寄せるモンスター達全てを標的に戦った無謀な男。


「飛んでるのは私が!トドメは任せたよ!」


 それに追随し戦った英雄と呼ばれていた筈の女。


「はは」


「あはは」


 しばらく続いたその光景を、後方で待機していた冒険者達はただ見ていた。


 楽し気に……戦いそのものを望んでいたとしか見えないその様子はまるで二人の幼い子供が遊んでいるようだったと、後のある冒険者は語った。






 ☆





 ——うん、うん。大丈夫、聞こえてるよ。


 ……今更だよ、謝らなくても良いって。私が付いて行きたかっただけなんだから。


 ほら、見える?これ全部私達で倒したんだよ。……うん、皆見てたよ。忘れないよ、絶対。


 ……オー君、私は正しかったと思ってるよ。あの日あの場所で、オー君に手を伸ばしたのは間違いじゃなかったって。


 ……眠い?……大丈夫、私もすぐに行くから。離さないよ。



 ――おやすみなさい、私の英雄。









—―――――—―――――—―――――


これにて本作は完結となります。ここまで目を通していただけた方やレビューや感想といった様々な反応をしていただけた方に感謝を。

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俺がお前を英雄にする~あの最弱の女冒険者が実は最強だという事に気がついているのは俺だけらしい~ ジョク・カノサ @jokukanosa

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