第10話 闇の底

 エマとカンタレラの別れから三日。

 憲兵隊によって連れ去られたエマは薄暗い地下に囚われていた。無数の裂傷、痛々しい打撲痕、焼け爛れた皮膚。手足の指は全て潰され、歯は乱雑に引き抜かれ、エルフ特有の長い耳は無惨にも引き裂かれている。

 余りにも惨たらしい、見るに堪えない姿である。


 場所はモンテスリオ侯爵の屋敷、その地下深くに隠された秘密の拷問部屋である。薄汚れた石造りの壁、重く冷やか空気、そして立ち込める血と錆の匂い。そこは闇の底と呼ぶに相応しい陰惨な空間である。


「……」


「なんだ、また意識を失ったのか?」


「そろそろ壊れちまいそうだな」


「ったく、もう少し愉しませろよ」


「はははっ、全く嬲り足りねえぜ」


 下卑た軽口を叩きあう二人の男。血に濡れた革製の前掛け、顔を覆う鉄製のマスク、そして腰に巻かれた使い古しの一本鞭と、その風体は異様というより他はない。


「おい、目を覚ましやがれ!」


「は……ぁ……」


 消え入りそうな呻き声は、エマの体力が限界に近い事を示している。しかし男達は容赦なくエマの肢体を鞭で打つ。


「おらぁ!」


「あ……あぅ……」


「勝手に! 気ぃ失ってんじゃねえよ!」


「ぁ……」


「ぶははっ、もう碌に叫びもしねえ」


 激しく鞭で打たれるもエマは殆ど反応を見せない。繰り返される凄惨な拷問により、いよいよエマの命は尽き果てようとしていた。とそこへ──。


「首尾はどうだ?」


「「ジョルジュ憲兵長!」」


「ふんっ、汚い部屋ね……」


「「フランソワーズ様!?」」


 拷問部屋を訪れる、憲兵長ジョルジュと侯爵夫人フランソワーズ。

 ジョルジュは粘っこく目を輝かせ、無惨なエマの姿を凝視している。対照的にフランソワーズはエマに一瞥もくれない、まるで眼中に無いといった様子だ。


「今にも命尽きようかというエルフの少女、唆るじゃないか……っ」


「そんなことよりジョルジュ、この男達は誰?」


「憲兵隊から選り抜いた拷問官です」


「そう……ところで魔女ラ・ヴォワザンは捕らえたのかしら?」


「いえ残念ながら、依然として魔女は行方不明でございます」


「使えないわね、早く魔女を捕らえて口封じしなさいよ!」


「はっ、申し訳ござません」


 ヒステリックに声を荒げるフランソワーズ、甲高い怒声は石造りの拷問部屋に良く響く。


「ふぅ……ルイズの様子はどうなの?」


「別の拷問部屋で私自ら拷問にかけております。初めの頃は泣き喚いておりましたが、今や碌に反応を見せなくなりました。このまま拷問をかけ続ければ間もなく……」


「良い調子ね、最後は私の手で壊してやろうかしら?」


「そう仰るかと思いまして、フランソワーズ様にお使い頂く為の拷問具を用意しております。最凶最悪と名高い拷問具でございます、必ずやお気に召していただけるかと」


「クククッ、気が利くじゃないの」


 悪魔の如き醜悪なフランソワーズの笑みに、二人の拷問官は思わず震え上がる。


「夫には幽閉しているだけだと伝えているわ、そもそも夫には拷問部屋の存在を知らせていない。くれぐれも夫に気付かれない様、細心の注意を払うのよ」


「畏まりました」


「さて、哀れなルイズの様子でも見に行こうかしら」


 フランソワーズは上機嫌に笑いながら拷問部屋を去る。後を追うジョルジュは去り際に、拷問官の男達を睨み付ける。


「なかなか愉しんでいる様じゃないか、しかしお前達のやり方は生温い。手足の一本でも切り落としてやれ、生きたまま動物に貪らせろ、後はそうだな……毒でも飲ませたらどうだ?」


「おおっ、やはりジョルジュ様は恐ろしい」


「もっと工夫を凝らして愉しめ」


「「畏まりました」」


 ジョルジュとフランソワーズは立ち去り、拷問部屋ではエマへの拷問が再開される。


「ジョルジュ様に言われた通り、手足の一本でも切り落としてみようか」


「右腕、左腕、右脚、左脚、どれを切り落とす?」


「そうだな……左脚にしよう」


「よし、アレを用意するぞ」


 それは血に塗れ錆付いた鋸だった。エマの左太股へと迫る、人の背丈程もある巨大な鋸。


「あっ……あぅ……」


 乱れた刃は皮膚を裂き、肉を挽切り、そして骨へと到達する。

 ゴリゴリと響き渡る鋸と骨の擦れ合う音。数分間にも渡る鋸引きの末、遂にエマの左脚は太股から切り落とされてしまう。


「ははっ、今の感触は最高だったな!」


「堪らねえなぁ、やはりジョルジュ様のお考えになる拷問は一味違う」


「あの人ほど心から拷問を愉しむ人間はいなからな」


「よし、右脚も切り落としてみるか」


「……」


 右太股へと食い込む鋸、終わらない地獄の拷問。途切れかけた意識の中、僅かに残った聴覚でエマは確かに聞いた。


「エマー……」


 闇の底に響き渡る、聞き慣れた猛毒の声。

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こどくのカンタレラ ゆにこーん @bell_phe

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