終章

未来

   私には忘れられない人がいる。けれど、その人が誰かはわからない。

 

 「な、何があったの」と怪訝に呟いたのは私、仙崎カンナです。家の事情もあって学校近くで一人暮らしをしている私は、深夜に轟音を聞いて驚きました。窓を開けて外を覗くと、学校周辺に複雑怪奇な結果を張られていることに気付きました。おそらく、魔力や霊視ができない民間人への最低限の配慮なんでしょう。私のように微弱ながらも魔力を持ち、精度の低い霊視が可能な異能者には、それなりのストレスです。


 禍々しい魔力が消えたのは察知した私は、深夜の学校に赴きました。そこには半壊と言うよりは、倒壊、もしくは崩壊した校舎。グラウンドには、大穴がいくつもあって、どこかの惑星みたいになっています。先ほどまで、私には想像もつかない力と力のぶつかり合いがあったのかも知れません。 


「カンナじゃないか。どうしたんだ」


 魔法の先生であるアリス・ドス・アブラメリンが、凶器のような胸囲を強調して、私に声をかけました。


「どうしたじゃありませんよ。何があったらこんなことになるんですか? 戦争でもあったんですか?」


「察しがいいな。その通りだ。今さっき凶悪な怪異を祓ったところだ」


 僅かにアブラメリン先生の魔力残滓を感じます。先生が自ら前線に立って魔法を行使したのは本当なのでしょう。そこから推測できるのは、本当に戦争のような激しい戦いが起こっていたことです。アブラメリン先生は、世界でも選りすぐりの魔術師であり、先生が自ら前線で戦うことは世界の危機でもなければ実現することはありません。それほど強力で、危険な怪異だったことは容易に想像することができます。


「先生が本気で魔法を使うなんて、どれほどの強さだったんですか?」


「変幻自在の魔力でありながら、底無しだった。私の最大出力の爆炎魔法を持ってしても、あいつの無尽蔵の魔力を打ち負かすことはできない」


「そしたら、どうやって祓ったんですか?」


「自決に追い込んだ」


 形容しがたい。アブラメリン先生はそんな表情でした。


「それは、どう言うことですか?」と私が聞くと先生は神妙な面持ちで話し出しました。


「あいつの持つ万能の魔力を使い弱点を夢想させたんだ。虚構と真実を織り交ぜた情報をあいつに伝聞させてから、孤独な環境に突き出せば、あとは簡単だ。あいつは自分の意思で、自身の弱点となる人物を夢想する。あとは、一つに戻るように強要させればいい」


「全くよくわかりませんね」


 素直に感想を述べました。なんだか意図的に大事な部分を省いて、説明されたような気がました。しかし、不自然なお願いをされたこともあるので、私も一枚噛んでいることは確実でしょう。


 まずは夏前のことです。久しぶりにあったアブラメリン先生に、いきなりにも深夜の学校に向かってくれと言われました。理由はもちろん怪異殺しです。魔力の大半を失ったことで、魔女見習いの資格すら失った私にですよ。むしりお前でなければならない。と奇妙なことを言われて渋々承諾しましたが、やはり納得はいかないものです。


 アブラメリン先生の指示の元、とある教室で着替えをするように言われた私は、かつて支給された魔女スーツに着替えていました。すると、扉が開いたのです。先生なら良かったのですが、着替えを大胆に除いた犯人は影でした。真っ暗で存在そのものが怪しい影は、私を認めると同時に停止しました。生まれたままの姿であった私は全身全霊の力で、怪異と戦い呆気なく倒してしまいます。必死だったので曖昧ですが、プロレス技を決めたと思います。遅れて登場したアブラメリン先生は「もう終わったのか。帰ってもいいぞ」と私に帰宅を促しました。なんだか素っ気なくて寂しい、なんて思いながらも、帰宅したことは今でも鮮明に覚えています。


 この辺で、私とアブラメリン先生の関係性を少しお話しさせてもらいます。師匠と弟子の間柄です。説明する必要もないでしょうけど、私が弟子で、主に魔法について教わりました。しかしながら、私は既に破門されています。理由としては、私の魔力が枯れたことが原因だったりしますが、これを話すと長い話になるので今回は省きます。


「この学校はどうするんですか? 一晩で修復できるとは思えませんが」


「それなら大丈夫だ。世界最高の術者が二人もいるんだ。どうにでもなる」


「権力を振りかざしたんですね。怖い」


 アブラメリン先生は恐喝をして、強引に事を運ぼうとする悪癖があります。今回の後始末も他人にやらせて、自分は威風堂々ふんぞりかえって、何もしないのでしょう。先生本人に問いただせば、「監督や監視官は世には必要なんだ」とか人間には共産主義は不可能だとか、非理屈を言うので参ります。


「今回は、ジャン・クロード・ロマンと結託したから、私は何もしていない」


「ロマンがいるんですか?」


 私は帰宅する決心を強めました。ジャン・クロード・ロマン。私は彼女が苦手です。できれば会いたくない。仲は悪くはないのですが、こう言う魔術的な場では特に会いたくない。


「先生。私はこの辺で失礼させていただきます」


「あら。もう帰るの?」と背後に聞き慣れた声。耳鳴りがしたような気がしました。


「こんばんは、安原さん。お元気そうで」


「なんで他人行儀なの?」

 

「あの……私に手伝えそうなことはなさそうなので、帰ろうかと思いまして」


「ダメよ」と安原さんは私の背中に手を回してホールドする。


「離してくれませんか」


 私の願いを聞き入れる気がない安原さんは、より一層強く腕に力を入れた。もはやベアハッグなのではないかと、疑心に思ってしまいます。この人は私を殺そうとしている。間違いありません。


「ところで仙崎さんは、どうしてこんなところにいるの?」


「あなた達が深夜に暴れるからですよ」


「それはごめんなさい。けどね。これは全てあなたのためなのよ」


「私のため? またそんな虚言を吐いて。昔からそうですよね。私に嘘を吐いて、思うように操るばかりです」


 私は安原さんが苦手です。私がアブラメリン先生に師事していた頃に知り合ったのですが、初対面から「好き」を連呼して弄ばれることがしばしば。魔力の扱いや技術は、世界的に有名のようですが、人格者かと言われると否定せざるを得ません。半年前には私と瓜二つの人形を制作して、そばに置いていた事実を知ったときは戦慄しました。問いただすと「それは、もう使わないからいいよ」だそうです。


 わざわざ私の人形を制作して何に使ったと言うのか。私には皆目見当がつきません。もしかしたら、凶悪な犯罪や、ここでは表現できないうかがわしいことに使用したのかも知れません。いくら自分の欲を満たすためとは言え、私の人形を扱うことは流石に引きます。友達はやめたい。そもそも安原さんは私を友達とは思っていない可能性はかなり高いですが。


「あなたは何度説明しても信用してくれないけど、あの人形だって、あなたのためなのよ」


「私のためって?」


「あなたの過去にまつわることよ」


「過去ですか。何度説明されても私は覚えてないんですよ」


「それは知ってるわ」


「なら、その話を引き合いに出すのやめて欲しいです。フェアではありませんよ」


「そうね。けどね。あなたはいつか過去と向き合わなければならない時が来ると思う。過去を振り返り全ての事実を受け入れる覚悟ができた時、私は力を貸すからね」


 安原さんも、アブラメリン先生も、私の忘れられた過去の話をする。私は魔力を得た経緯でもあるらしい過去の話です。なんでも、とある男子高校生によって私は本来の世界線に戻ってこれたみたいな。世界線とは?なんてことを聞いても、理解はできないので、聞くことはやめました。どうにも現実的な思考から離れられない私には、イメージも難しい話でした。しかし、今の私がいるのは忘却した男子高校生のおかげであることは、記憶になくとも心が覚えています。感情が昂るのです。名前も知らないあの人。シルエットはしか思い出せないあの人。想像の世界かも知れないあの人。心が切り刻まれた思いをいつか言語できる日が、願わくは再開できる日が来ると嬉しく思います。きっと私は、再会できても誰かわかりません。ですが、恋するように心が昂ると思います。そう、信じています。




 休日を挟んで、登校すると学校は元に戻っていました。懸念材料が増えて夜も眠れなかった休日が、馬鹿みたいです。とは言え、何事もなく平和な日常が送れることは素晴らしいことだと思います。魔法やら怪異やらそんな非日常に放り投げられた時、私はパニックのあまり過呼吸に陥ったことは、一生涯味わいたくないこの世の終わりでした。


「仙崎さん、おはよう」


「おはよう」


 教室でクラスメイトに挨拶をします。基本的に私からは挨拶をしません。私は受動的を貫いています。魔法をコントロールできなかった頃の名残もありますが、私はクラスに馴染みきれていません。なんだか歯痒い感じがしますが、必要以上にクラスメイトと仲良くなれない呪いを受けているそうです。自覚はありませんが、これでも良くなったみたいです。


 お昼はいつも安原さんと食べてます。使われない教室を独自に改良した安原さん専用の教室です。そこまでして城を作りたがる安原さんを尊敬していた時期もありますが、今は全くの無感情です。ゴキブリに見慣れて平気に殺せるくらい無関心とも言えると思います。


 安原さんの教室は長テーブルが一つに椅子が4つしかありません。あとは私物のパソコンや本が沢山あって、書斎みたいになっています。その中で不快なものがあるなら、シロと呼ばれる人形でしょう。動いている所は数えるくらいしか見たことがありません。まあ、人形が動くって不自然な話ではありますが。


「今日は弁当じゃないんだ」


「うん、寝過ごして」


 普段は弁当を用意しているんですが、今日はコンビニで買ったサンドイッチだけです。少し高くつきますが、野菜を食べたい気分だったので速決でした。


「あらあら」なんて言ってる安原のお昼がいつも豪勢です。良いところのお嬢様みたいで、いつも専属の料理人に調理して貰っているんです。ローストビーフ弁当や、鰻弁当、刺身。一口貰うことはしばしばあるのですが、どれも食べたことがない美味でした。これほど奥行きがあり、深い味が毎日のように食せる安原さんが、羨ましいものです。「一人で食べていても、美味しくないわ」と安原さんは言います。これには激しく同意です。私も一人暮らしなので、孤独が料理の質を下げることを知っています


「そう言えば、もうすぐ卒業ね」

  

 鰻と牛肉と色とりどりの弁当を食べ終わった安原さんが、改まって言いました。どうしたのだろう、と私は思いました。


「安原さんは進路をどうするんですか?」


「海外に戻る予定よ」


「そう言えば、ヨーロッパに本家があるんですよね」


「そうね、これでも当主だから、長い期間空けるわけにはいかないのよ」


「大変ですね。表の世界でも裏の世界でも、それなりの責任が伴う立場なんて私には想像もできない」


「そんなことはないよ。私は人形師だからね。仕事を分担させるのは得意なのよ。カードは多いから、どんな状況でも最適な人材は手元にあるし、最高の布陣はいつでも呼び出せる。隙はないわ」


「そこまで言えるのはすごいですね」


「仙崎さんはどうするの?」


「私は就職する予定です。進学するつもりなかったので勉強はしてきませんでしたし」


「そしたら卒業したら会えないわね」


 安原さんは私の手に触れてきます。この仕草に、どんな意図があるのでしょう。少し怖いです。


「大丈夫ですよ。私はこの街にずっといるので、いつでも会いにきてください」


「あら。そんな嬉しいことを言ったら本気にするよ」


 安原さんは大袈裟に言って、微笑みました。


「本気ってなんですか? 誤解を招く言い方は良いかげんやめてください」


「誤解ではないよ」


 私は嘆息しました。



 その日は一人で帰りました。すっかり暗くなった帰路を、凍えながら歩いていく。明日は雪が降るそうなので、一段と寒く感じました。今日は何を食べよう。そうだ鍋にしよう。こんな寒い冬の日には、鍋に限る。簡単に調理できるし、片付けも楽に終わります。帰りにスーパーに寄って材料を調達しよう。なんなら安原さんを家に招いて、一緒に鍋を食べるのも悪くないでしょう。きっと喜んでくれると思います。もう卒業だと思えば思い出作りにも悪くないと思いますし。


 肌を貫く冬の風。マフラーの位置を変えながら、私は帰路を歩く。頭の中は食べること、残された学生生活をどう過ごすのかで、いっぱいだった。

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彼女の未来に僕はいない 名無与喜 @ryomtga

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