壱「落ちた日」 後篇

『僕は本当に死んでしまったのだろうか。』


 分からない、死んだ感覚というのはこんなにかけ離れていないものなのか。


 なぜだか痛みは感じられなかった。今までと何ら変わらないような体の重み、大きさ、温かさ。何一つとして違いはない。




 そこで、両眼が開くことに気づいた。


 ここはどこなのか。意識が朦朧とするなか、そっと目を開けた。前が思うように見えなかった。だが、落ちた場所のはずだ。


 ―――死んでない……。のか??


 寝起きのようなものなのか、五感もあまり働いていないようだ。音がよく聞き取れないうえ、視力もいつもより衰えている。




 5分ほど経つと目の前がはっきり見えてきた。瞬間、ようやく理解した。僕は死んでいない、学校の屋上から飛び降りたにもかかわらず。




 不思議なことだ。僕の脳はすとんと現状を受け入れてしまった。思わず死を意識してしまうほどの恐怖を過去に植え付けられていたからか、この時は明らかな非日常の始まりというのに違和感がさほどなかった。


 だが、問題は僕の周りの人々の反応だ。化け物の子供を見るような目つきで人々は僕を見る。当たり前だ。理性とは反して「そんな目で見るな」と人を憎んでしまうこの心を誰かに殺してほしい。




 考えろ。石頭なわけでもないが、打ち所が非常に良かったのだろうか。それとも何らかのクッションが落下の衝撃を抑えたのか。それとも…。




 いや。確かに僕の肉体は崩壊していた。その音が鮮明に聴こえていた。そもそもそんな偶然、あるわけがない。うちの学校は6階建てだ。傷が少しでもあるのならまだしも、20m弱の高さで頭から落ちたっていうのに痛み一つすらない。




 そうだ、痛みがなかったと言っても僕は血まみれのはずだ!


 そう思い立って僕は自分の服や落ちた地面を見渡した。しかし、そこには血の跡どころか肉の一片すら落ちていない。


「…、どうして…?」


 だいたい、なぜ僕は衝撃の音を拾うことができたのだろうか。しかも、自分の血や肉を探している自分がいる。なんなんだ、僕はどうしたというんだ。




「ようやく異変に気付いたのかな」


 声のする方を見渡すと、雑多な服装の人のなかに先ほど僕を助けようとしていた男がいた。彼も僕がけろっとしていることにきっと怯えているのだろうと、そう思っていた。




 だが、彼だけは他のどんな人とも違った。


 恐怖。疑念。嫌忌。その顔はどれとも違う。僕への哀れみのような、でも好奇心のあるようにも見えた。


 そうして、彼は僕に近づいてきた。どうやらこの事態を一言で表せる一言があるらしい。それはフィクションのような仮想世界でしか存在しなかっただろう。



その男は軽々と口にしたうえ、ある提案を持ちかけてきた。


「君は、不死の身体を持っているようだ。私に保護させてもらえないだろうか?」




 ある日、僕は死ねないことを知った。

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