ある日、僕は死ねないことを知った。

@0comma

壱「落ちた日」 前篇

 『もう死にたい』


そんな風に思うようになったのはいつからだろうか。どうしてこんなことになったんだろうか。


屋上から動かないまま僕は。出口いでぐちはそんなことを考えて空を仰ぐ。




 今日の空はまるで子供が描くようなほどの快晴だった。雲一つない、平和ボケした日本そのものを象徴したようなそんな景色だった。遥か下の地上では、蟻のようにせっせかと歩く人が何人もいた。




 思えば転校する前もした後も、同じような人たちの景色だった。都会だからかな。僕は都会の人間が少し嫌いだ。何かあったらすぐに序列を作って上下関係を定めようとする。僕は下だ。それも、どん底。




 ―――あ、だ!


 ―――自分の名前もない子が、私たちに話しかけないでよ。


 ―――消えろ、お前の存在が害悪なんだよ!




 こんなはずじゃなかった。学校だったら、みんなと同じように道を歩むことができるって信じてた。




 けれど、現実は残酷だ。ここ、「中学校」は巷でも少し話題になっている不良校だ。まるで校名にそぐわないものだと酷く実感する。


 自分にだけは負けたくなかったため、不登校には絶対になりたくはなかったから学校には来ていた。一向に途絶えることのない罵詈雑言ばりぞうごんの雨に、暴力で顔じゅうにできた傷のあと。そんな日々が続いても、僕はいつも笑っていた。気持ち悪いとクラスメイトに『ドMの出口』と名付けられた。




 愛称があると嬉しいだなんてポジティブなことを言って場を和ませないと、心が持たないんだ。ふとした瞬間に心が破裂してしまう。


 次第にそのいじめはだんだんとエスカレートしてきた。学校じゅうに僕のうわさが広がり、敵が増えたから。そろそろ身体面も精神面も限界が来ていた2年の春にちょうど追い打ちをされた。




 あとは、想像のとおりだ。ちなみに一番ひどかったのは、学校の近くの山に呼び出されたときだな…。ナイフを堂々と目の前に出して、集団で脅されたこともあった。そんなことさえあったのに、誰一人助けてはくれなかった。笑ってこっちをみる人だっていた。警察に通報しても子供の戯言だと、まるで相手にされなかった。




 そうしていくうちに、だんだんと生きる希望を失い生きている意味がつかめなくなった。家に帰っても閑散とした中、何度泣いたか。何度叫んだか。どうしたって今の状況が変わることがないことは分かっていた。


 外の世界はどんなだろうか?




 もしも、今みたいな狭いハコの中での生活の壁をぶっ壊して自由な鳥になれるんだったら、ただ一回でいいからなってみたいなと考えたこともある。




 だから決意をしたのだ。僕は自由がほしい。天国に行くのか魂となって無を彷徨うのか、何が起きるかはわからないけれど、試してみたいとずっと感じていた。死んだ後の景色ってものはどれだけスッキリしているか、死んだらこんなことを考えていたことさえ忘れてしまうのか。知りたいことはいくつでもある。




 ―――これ以上ここにいてもつまらない。もう終わらせよう。


 背中を崖に向けて飛んだ。足が地から離れていく感覚が感じられた。宙に浮いている状態を楽しみながら、頭が逆さになるように体を半回転させた。その一瞬が心の底から嬉しくて狂うように笑った。


 嫌な思い出が多すぎて、走馬灯のようなものはあまり記憶に残ってなかった気がする。不思議と落ちる勇気はあった。見返したかったのであろう。




「ざまあみろゴミども!ハハハハハハハハ!!」


 正直今思うと、この頃の僕は頭のネジが緩んでいたのだと思う。だけど、その程度では済まないほどの痛みを毎日毎日感じ続けていた。よく耐えた方だと自分を評価している。




 その瞬間だった。周りの人が悲鳴を上げ、怖気づいて僕を見るなか、一人の男が僕に向かって走り出してきた。その男は、普通のサラリーマンと同じように黒のスーツを着ていて、如何にも誠実そうにみえた。僕の真下に潜り込んでキャッチしようとしていたらしい。だが、




 グチャ




 と人の肉がつぶれる音がした。今まで、漫画やアニメでしか見聞きしたことがなかった分、よりリアルに聞こえた。それと同時に一瞬、血液の流れが止まったように感じられた。結果、あの男は間にあわず僕は倒れこんでいた。




 にもかかわらず、実感がなかった。ここが俗にいうあの世なのか確認が取れないまま倒れ込んでいた。


 ―――死んだ……。のか?

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