第五話 恋のライバル
「くふふっ♪」
―――
「…尊いな。」
呟きは耳に入らず、
ちょっとしたサプライズを素直に喜ぶ姿は、とても純粋で可愛らしく映るのに、中身は開けてみなければわからぬもの。
高校二、三年の間、
当然、
与えられるより求められる実感を
本日のデートは驚くほど健全に完遂された。
それはそれは無邪気に、到底二十歳とは思えぬはしゃぎようで動き回られては、あまりの可愛らしさに邪気が削がれてしまう。
それらしい雰囲気に持ち込むこともできなければ、寧ろその姿を見れなくなることの方が勿体無くて邪魔もできず…
帰りの車内、そして帰宅してからも、口数多く始終上機嫌な
―――くっ……可愛過ぎて、色々とどうでも良くなってくるっ。
土産を全てリビングのテーブルに広げ、再び声を漏らして笑う
「は?…なに撮ってんだよ。消せよ。」
「フフっ♪僕ね、欲しいものは欲しいって、ちゃんと行動で示すことに決めたんだ。
「はっ。ほんと物好きな奴。いっぺん眼科行ってこい。」
事実、
しかし本人はやはり無自覚。
「まぁ、いっそ自覚してくれない方が楽しめる部分も多いけど。自衛は覚えて欲しいものだね。」
「さてと。僕は車を返しに行って来るよ。ついでに夕飯の買い物もするけど、なにか食べたいものはある?」
「別に。プリンあるし。」
「またそういう…。プリンは主食じゃありません。ご飯もちゃんと食べなきゃダメだって言ってるでしょう?」
気持ちが不安定になると、すぐに甘味で紛らわそうとする
頭を撫でれば、心地良さげに息を吐く。
「それとも、買い物は一緒に行く?実際に食材を見れば、食べたいものも思いつくんじゃないかな。どちらにせよ車は返さないといけないから、その後スーパーで待ち合わせってことでどうだろう?」
「あ…まとが、そうしたいなら。別にいいけど。」
呼び方を変えたばかりで慣れず、『あんた』と呼びそうになっては途中で切り替え、ぎこちない。
ただ、買い物に誘ったのは正解だったらしく、機嫌を直したのが見てわかる。
「じゃあ三十分後にスーパーね。途中で知らない人に声を掛けられても、相手にしないで逃げるんだよ?」
「ガキじゃねぇし!やっぱバカにしてんだろっ。…ムカつく。」
「バカになんてするわけないでしょ?心配してるだけ。じゃ、また後でね。戸締りも忘れないように。」
「オムライス、ハンバーグ、カレー…。んー、食べたいものって言われても料理わかんねぇし。ラーメン…食いたい気するけど、作れたりすんのかな。いや、あれはカップ麺じゃなきゃ無理だろ。…無理、か?うー、わかんねぇ。」
プラネタリウムを堪能してからの興奮がくすぶり、待ち合わせのスーパーへ向かい歩きながらも独り言が止まらない。
スーパーまでは徒歩十五分の道のり。早めに家を出てゆっくりと中程まで歩いたところで、前を行く背中にぶつかった。
「わぷっ!す、すみません!」
夕飯を考えるのに夢中で殆ど前を見ていなかった
「あぁ、いや。こちらこそ急に立ち止まってすまない。知った声が聞こえたものだから思わず…。これから買い物かい?」
同じく聞き覚えのある声と口調に、前髪の隙間から覗けば見知った姿。
銀縁眼鏡でスーツベストをスマートに着こなす高身長、高級そうな革靴を履き、片手には大きめの革鞄。いかにも仕事が出来る風貌のその男は、
ぶつかってハネた前髪を指先で軽く払われ、肩を竦める。
「クスッ、髪が乱れていたから直しただけだよ。」
「…すみません、その…ちょっとびっくりして。
「あぁ。いつも食事を用意してくれているお手伝いさんが一週間ほど休みたいと言うのでね、暇を出したんだ。彼女の居ない間は外食で済まそうかとも思ったが、せっかくだし料理でもしてみようかと。一緒に歩いても構わないかい?」
こくりと頷く
同じ場所に向かうのに断る理由が無く頷きはしたものの、そう親しくもない相手が横に居ては独り言を続けるわけにもいかない。
居心地悪くしている様子に
「へ?」
「どうぞ。甘いものは緊張を解してくれるよ♪」
「あ、ありがとぅ…ございます。」
まさに緊張で甘味を欲していた
一瞬目が合えば、フフッと満足げに笑う
「どういたしまして♪」
窺うように覗かれ、
「やっぱ、なんとなく似てますね。
顔の作りは本当によく似ていて、声も口調さえ真似てしまえば
人と目が合うのを避けて過ごす
「そうかい?まぁ確かに、昔から兄弟のようだと言われることは多かったかな。しかし、どうも私は彼に嫌われているようでね。まったく何が気に入らないのか…」
―――そういや、前に
ふと、
いくら嫌う相手と言えど互いに大人だ、公衆の面前で喧嘩などはしないはず。が、顔を合わせて不快感を露わにする
それを何故か不安に感じ、
「あの!俺。スーパーで
「おや。最近よく近所で見掛けると思ったら、そうか。きみの所に……。それは、あまり良くないな。」
微かに声のトーンが下がったように感じて、口元に視線を向け表情を窺う。
「厚かましいお願いなんだが、今日きみのお宅にお邪魔させてはもらえないだろうか?…いや、
正直、面倒だから関わりたくない気持ちが半分、もう半分を邪魔されたくないという思いが占め困惑した。
けれど、一方に恋愛感情がありながらも未だ友達の関係でいて、何を邪魔されたくないと言うのか…
「えっと…。
「ふむ、なるほど…。そうだね♪気を遣わせてすまない。すまないついでに、一先ず話し合いの約束を取り付けるから、少しの間だけ緩衝材の役目を担って欲しいのだけど。」
「えっと…、まぁ。それくらいなら。」
了承はしたものの、やはり
―――なんか、やだな…
「こんなところでボーっとして、どうしたの。スーパーで待ち合わせって言ったでしょう?」
不意に、
穏やかに繕ったそれは、紛れも無く
「あっ。え、
緩衝材として働く余地など無い。
骨が軋むほど強く握られ、
「顔を合わせるなりそれか…。
「っ……。チッ」
無視するつもりの相手に言われ舌打ちすると、
あからさまな嫌悪も
「
「さぁ?何を話そうとも、
「必要なら私が守るから、興味本位で近付くのはやめろと言っただけだ。おまえの娯楽に他人を巻き込むな。」
―――あれ…?これもう、喧嘩してる…よな。
「その娯楽にも踏み込めない臆病者のくせに。」
「私はいつだって本気だからね、遊びで無いからこそ臆病になるし、当然それを自覚もしている。だが、私が誰をどう想っているかなど今は関係無いだろう。」
「自分は関係無くて、僕の感情には口出しするわけだ。」
―――俺が初めから
「感情か…。これまでを思い返して、少しは気が咎めたりしたのか?それで、人並みに反省したから、また同じ事を繰り返しても構わないと?」
「はぁ…。そうやって責めるふりして、ただ単に僕が
「感情論で言ってるんじゃ無い。自分本位で無責任なおまえの行いそのものが問題だと―――」
外という意識だけはあるのか、表面上は冷静に言い合っているように見えて、その実互いの険悪さは増していく。
―――もしかして、喧嘩になってんのって俺のせいなのか?俺が家で大人しくしてれば、二人が会ってもこんな揉めなかったんじゃ…
ついさっきまで、デートの名残で浮かれてばかりいたのに。
全身が冷える感覚とは真逆に、頬や首筋を伝う汗。しっかりと呼吸しているはずなのに、全く酸素を取り込めている気がしない。
たまらず目の前の服を掴もうとするも思い通りにいかず、指先が背中に触れただけで崩れ落ちた。
「…まと、気持…ち、わるぃ…」
顔面蒼白。手足が震え、力が入らない。
座り込み浅く小刻みな呼吸で肩を上下させる
「大丈夫、落ち着いて。息を吸うより、吐くことを意識するんだ。思いきり吐いたら、ゆっくりと吸う。吐いて……吸って……そう、ゆっくり。」
背中を
「慌てなくていい。もう少し落ち着いてから、自宅に運んで休ませよう。車を手配しておけ。それから何か飲み物を。」
「っ…。わかった。」
己の役立たずぶりに苛立ち、握る拳が震える。けれど、幾ら悔しがったところで本職に敵うはずも無い。
幾分マシになったとは言え、続く息苦しさから逃れようと何度も溜め息を吐く
「
「気にしなくていい。まだ辛いだろう?ゆっくり休みなさい。」
「…っふぅ…。…ホント、すみません。」
心配顔で頬に触れる
仰向けの
ほどなく可愛らしい寝息へと変わり、
「…ねぇ、
そんな
先刻までのように言い返すことも無く頷いた。
「私たちが言い争うのを見て、相当なストレスだったのだろう。悪いことをした…。症状は一時的なものだから、普通に食事もとれるはずだ。食材は適当に買い揃えてこよう。」
「あ、トマトを多めに。
「あぁ。だが一対一では、また互いを批判だけして終わりそうだ。
考えてみれば、こんな風に想い人を気遣うのも、加虐心より慈しむ気持ちが勝るのも二十六年間生きてきて初めてのこと。
であれば、本意では無いにせよ過去色恋を軽視していた分、今回こそは本気だからと言ったところで
ましてや
―――遊びと思われたままなのも癪だし。僕の想いには到底敵わないんだと思い知らせて、潔く身を引いてもらわないと……
誠実だが奥手な
「あぁもう。早く僕を好きになってよ……」
肩口に擦り付き、いつになく弱気に呟く。
「ん…ぅ。ぁまと…」
「っ!?……このタイミングでその寝言は反則でしょ。はぁぁ…」
寝返りを打って身体を丸め、寝言で名を呼ぶ
捨て犬の居場所 桜楽 @yorozun
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