第四話 無自覚な本音

 春来はるきに合わせて作った軽めの朝食を食べ片付けまで済ませると、リビングのソファーに当然の如く二人密着して座る。

 背凭れよりも完全に天人あまとに凭れ、首筋への軽いキスを擽ったそうにしながらスマホを弄る春来はるきたが、これでまだ付き合っていないと言うのだから、おかしな話だ。

 いつもの様に頭を撫で始めたところで、静かな室内にインターホンが鳴り響いた。


「誰だよ、こんな朝っぱらからぁ……って。あー、太智たいちか。次は日曜に来るつってたんだっけ。」


 天人あまとを剥がし勢いよく立ち上がると、インターホンで相手を確認すること無く直接出迎えに向かう。


「ちょっ、ダメだよ春来はるきくん。ちゃんと確認しないと!」


 心配で直ぐに後を追えば、追い付くより先に玄関ドアを開ける音。

 迎えられ入って来たのは、向かいの家の次男で春来はるきの幼馴染み、阿賀津あがつ 太智たいちだった。

 春来はるきとは真逆にスッキリ短くカットした黒髪、手の焼ける幼馴染を放っておけないという真っ直ぐな性格は顔にも表れ、正義という言葉がとてもよく似合う好青年の出来栄えだ。


「お、今日は随分調子良さそうだなぁ。朝飯も食ったのか?めっちゃ良い匂いする♪」


 上がりかまちを隔て、春来はるきの胸元に鼻を寄せ服に残る匂いを嗅ぐ。

 いつに無く健康的な朝を迎えた様子に、太智たいちは満足げだ。


「ん。ハムエッグトースト?食った。てか、それ…」


 太智たいちが片手にぶら下げる袋からチラリ中身が見え、春来はるきの目が輝く。


「んあぁ、向葵あおいさんがプリン持ってけって。ほら。」


 両手を差し出して急かし、その袋を受け取った。


向葵あおいさんのプリン!後で直接メッセージはするけど、ありがとうって伝えといて。」


「了解。つぅか、暇ならウチ来いよな。兄貴は忙しくてあんま様子見に来れないだろ?しばらく会えてなくて寂しがってたぞ。」


「んー、そうだなー」


「めっちゃ空返事だな。ったく…」


 袋の中身を覗き、嬉しそうに笑う顔が眩しい。こんなもの、きっと誰もが見惚れてしまう。

 が、天人あまとにとって、この幼馴染の太智たいちこそが、自分の気持ちを確信するに至った嫉妬の対象。春来はるきの笑顔を正面から浴びてはドヤ顔を自分へ向けているように思え、心中穏やかではいられない。

 とは言えあくまで愛想の良い顔は崩さずに、春来はるきの腰を引き寄せた。


「ぅわっ!ちょっ、もぉ…何すんだよ!はなせ変態っ。」


 腕から逃れようと身を捩る春来はるき

 そんな様子を太智たいちはキョトンとした顔で見つめ、人懐っこく笑う。


「えっと、大比良おおひらさんで良かったっスよね?向葵あおいさんとは友達って聞いてたけど、春来はるきとも仲良かったんスね♪」


 ―――こいつ、呼び捨てで…っ。


 身近に居て過ごした年数に差がある分、互いの呼び方一つにしても距離感が違って当然なのだが。未だ、さん付けでも呼んでもらえない天人あまとには羨ましいやら、恨めしいやら。

 スキンシップを見せ付けては、大人気無く張り合う。


「あぁ、昨夜は泊まらせてもらってね。うまく寝付けないようだったから、添い寝してあげたんだよ。ね?春来はるきくん。」


「いやまぁ、…そうだけどさ。てか邪魔だから。とりあえず離れてコレ持ってろよ。」


 ズシリと重い袋を受け取れば完全に蚊帳の外。

 楽しそうな春来はるきの邪魔をして嫌われては適わない。玄関で暫し話しこむ二人を、ただじっとりと見ていた。



 さて向葵あおいとは、阿賀津あがつ家長男の奥さんを名乗る男性。天人あまと春来はるきのストーカーに勤しんでいた頃、親身になって話を聴き情報を流してくれた天人あまとの恩人である。


 黒髪で純和風な顔立ち、しっかりと男性の体格でありながら、いつもフリル付きのエプロンを着け可愛らしい雰囲気を纏っていて、同性婚を隠すことも無く当たり前に地域行事に参加する。

 そんな堂々とした性質故、ゲイである春来はるきからは全幅の信頼を得ていて、親よりも春来はるきのことを知っていると言っても過言では無い存在なのだ。


 元来世話焼きの向葵あおいは、弟のように可愛がってきた春来はるきの幸せを願う一心で、天人あまとへの協力を快諾。

 しかしそこに至るまで、天人あまとの経歴、人間性、春来はるきに対する思いを確かめる面談が幾度となく繰り返されたわけだが。

 向葵あおいに隠し事は通用しない。まさに取っかえ引っ変えの恋愛遍歴が知れた時には、一途に思うことの大切さ、愛とは何たるかを延々と熱く説かれ、流石の天人あまとも心が折れそうになるほどであった。


 何でも正直に話してしまう太智たいちには、ただの友達という関係で通すことになっている。

 春来はるきが本当に死んでしまうのではないかというくらいに落ち込んでいた頃、その理由を恋人に捨てられたからだと知るや否や、相手を探し出し殴りに行く勢いで激怒していた太智たいちだから、現段階で天人あまとの思惑を知れば妨げとなるのは必至だろう。



 あの人が居なくなってからの数週間、飲まず食わず眠らずで倒れることの多かった春来はるきを案じて合鍵を預かり、週三度は必ず阿賀津あがつ家の誰かしらが午前中に様子を見に来ている。

 大半は向葵あおいが家事の合間にこなすことながら、太智たいちが来る日にかち合うとは天人あまとも運が無い。

 二人が話しを終えるまでひたすらモヤモヤを抱えて待ち、太智たいちが帰ると同時、耐えきれずに背中から抱き締めた。


「…?どうしたんだよ。具合でも悪いのか?」


「いや、いたって元気だよ。ただちょっとだけ、寂しくて…」


「なんだそれ。変なヤツ。…なぁ、それよりプリン食わね?めちゃくちゃ美味いんだ、向葵あおいさん特製のプリン♪てか、友達なら食ったこと…」


「ないよ。向葵あおいさんと友達になったのは、わりと最近のことだから。」


 腕の中で身体を反転させ、いつもとは立場逆転で頭を撫でる。

 天人あまとは少し驚いて、肩口に擦り付いた。


 ―――あれ?逃げられると思ったんだけど…。許してくれるんだ。


「プリン、どうしても食べるのなら三つまでね。」


「えぇ〜。せっかくこんなにあんのに…。いいだろ十個くらい。ケチ。」


 勝手に食べてしまえばいいものを、天人あまとの言葉に従う気でいるあたりは実に可愛らしい。十個食べるつもりでいた点については、ちょっと可愛いとは言い難いが。

 しかしそんなことより、寂しいと言ったのを受け甘やかしてくれているらしい状況に、天人あまとはうっとりと目を細めた。




 プリンを袋から出しつつ二段重ねで冷蔵庫に並べてみれば、その数計三十個。

 向葵あおい天人あまとがこの家に通っているのも知っているから多めに用意したのだろうが、二人分にしたって多過ぎだ。

 やたらと甘味を欲する春来はるきのためカロリーなどを計算し作られた向葵あおい手製のスイーツは、市販品を多量に摂取するから見れば安心とは言え、最低でも三日のうちにこれだけ食べるというのは流石に考えものである。

 春来はるきが正常な食生活を取り戻せるか否かも、今は天人あまとにかかっている。

 スプーン片手にテーブルで待ち構える春来はるきの前にプリン三個を並べ、向かいの椅子に浅く座り頬杖を突いた。


「食べたら出掛けようか。良く晴れてるみたいだし、時間もたっぷりある。デートしなきゃ勿体無いでしょ?」


「デートじゃねぇし。てか良いのかよ、風邪つって休んでんのに。出掛けた先で知ってる奴に会ったらマズいんじゃねぇの?」


 早速一つ目のプリンを食べつつ春来はるきが言う。


「んー、確かに。なら車を借りて、少し遠くまでドライブなんてどう?で…そうだな、ずっと車の中じゃつまんないから、科学館あたりでのんびりしようか。」


「科学館?まぁ、嫌いじゃ無いけど。なんでまた…」


「プラネタリウムがあるらしいよ?」


 相変わらず長い前髪で表情はよく見えないものの、身体があからさまに反応した。

 春来はるきはプラネタリウムが大好き。向葵あおいからの情報だ。

 中一の頃、阿賀津あがつ家と行った家族旅行で、春来はるきはプラネタリウムを初体験した。鼻血を出すほど興奮し、それから暫くは星の話しに夢中だったと言う。

 六、七年も前のことだから、今は然程さほどだろうと思っていた天人あまとだったが、どうやらプリンを食べるより高揚しているのが見てわかる。

 二個目までを食べ終え、三個目のプリンは冷蔵庫に戻し振り返ると、天人あまとがまだ見たことの無い笑顔で飛び付いた。


「おっ!…っと。びっくりした。そんな急に飛びついたら危ないでしょ?」


 危ないのは寧ろ天人あまとの下半身の方ながら、春来はるきはそのことに気付いてはいない様子。


「すぐ出掛ける支度してくる!」


 バタバタと足音を立て自室目指し階段を駆け上がって行けば、天人あまとは大きく息を吐きテーブルに突っ伏した。


「一発抜いたくらいじゃもたないな…。はぁぁ〜…」




「ずっと山道だけど大丈夫?酔ってない?」


 一時間程車を走らせたところで、休憩に寄った道の駅。春来はるきはソフトクリーム片手にベンチに座る。


「ぜんぜん。それより、まだ遠いの?あとどれくらい?」


「んー。だいたい一時間くらいかな。」


「そか。」


 始終上機嫌な姿は癒し効果も絶大ながら、運転中も天人あまとの股間をちょいちょい直撃し精神的な疲労は蓄積していくばかり。

 キスを受け入れてもらえたのは、あくまでタイミングが良かっただけで。調子に乗って余計な真似をし拒絶されれば、現状の関係を取り戻すのすら困難になる。

 四六時中見ていたい春来はるきの姿を視界から外すと、空を見上げ大きく溜め息を吐いた。


「なぁ。あんたしょっちゅうおっ勃ててるけど、大丈夫か?」


「…え?……えっ?」


 聞き間違いを疑い、脳内でその問い掛けを繰り返して二度見する。

 動揺する天人あまとに対し、春来はるきは表情、声の調子共に普段と何ら変わらない。


「なんかいつも隠してるし、別にいいかなって思ってたけど。外に居る時までそれだとさぁ…。欲求不満なら抜いてやろうか?」


 正直なしもの反応を気付かれていた事よりも、春来はるきの申し出の意図が理解できず、眉間にシワを寄せ口元を片手で覆う。

 しかし春来はるきは至って冷静。ソフトクリームでベタつく指を舐め、コーンの包み紙をクシャクシャと丸めた。


「あ…ご、ゴミ、捨ててくるよ。」


「ん。ありがと。」


 天人あまとの手汗が止まらない。ゴミ箱を見つめ、向葵あおいが発した情報を懸命に回想する。

 これまで春来はるき向葵あおいに話したことに嘘が無いのなら、春来はるきは未だ童貞で処女。恥ずかしげも無く、他人の下半身を処理してやろうという発言に至るのは不自然だ。


 ―――そもそも向葵あおいさん相手に嘘を吐いたって、怖いくらい察しの良い人だから直ぐにバレるだろうし。セックスの経験が無いのは本当だとして。友達とカキっこでもしてたってことなのか…


 高校は男子校へ通っていただけに、その考えが最も有力ではある。ちょっとした遊びの延長。春来はるきが当たり前の日常と受け入れていたのなら、わざわざ報告することも無いだろう。


「いつまでゴミ箱見てんだよ。んな精神統一しなきゃ鎮まんないんなら、抜いてやるつってんだろ。運転ミスって事故られても困るし。」


「いや…うん。こう人が多いと、トイレでってわけにもいかないでしょ。せっかくのチャンスを不意にするのは惜しいけど…」


「あっちの端に駐め直して、車でやりゃいいだろ。」


 建物から遠く離れた側、駐車場の空いたスペースを指差す。


「てか、それ。恥ずかしくねぇの?普通に通報されんぞ。」


 少し怒ったように言うと、天人あまとの主張激しい下半身を隠すべく、脱いだ上着を投げ渡した。すかさず手を引き、車へ向かい歩き出す。


「あの…春来はるきくん。暫く待てば落ち着くから。」


「やだよ。いつまで待てば鎮まんのかわかんないし、どうせまた勃たすんだろ?」


「そりゃあ僕は春来はるきくんが好きだから、一緒に居れば反応するのも当たり前で…。というか、今ココを触られたら、いくら何でも僕の理性が…ね?」


「俺の何に興奮してんのか知らねぇけど。一発で足んなきゃ二発でも三発でも、さっさと抜いて出発しようつってんの!」


 早く目的地へと向かいたい気持ちが勝り、もはや春来はるきに待つという選択肢は無い。

 春来はるきの促すがまま周囲に他の車が無い位置にまで移動すると、やりにくいから後部座席に移れとの指示。言いなりに座りズボンと下着を下ろせば、触れてもらえる期待に完勃ちしたそれが脈打つ。

 余計なことをしたら二度と口を聞かないからと強く言われ、うっかり手出ししないよう後ろに回した両手首を左右でしっかりと掴んだ。


「はー、でっか。いけっかな…」


 反り勃つ巨根に動じるでも無く間近で確かめれば、心做しか嬉しそうに呟く息が先端に掛かる。背筋を軽い快感が走り、吐息を漏らす天人あまと

 春来はるきは根元部分を緩く握ると、何の躊躇いも無く先端を口に含み、そのまま頭を上下し始めた。


「え⁉︎ちょっ、と…春来はるきくんっ⁉︎」


 手で扱かれるとばかり思っていたのに、まさかのフェラ。しかもまだ三分の一程しか含んではいないのに、絶妙な唇と舌の動きに加えての吸引で一気に追い上げられ喉を鳴らす。


「っん、く…ん、っちゅ……ぢゅっ、ふ…」


 徐々に深く、喉に届くまで咥え込み呻きながらも春来はるきは続ける。


 ―――は?上手すぎないか⁉︎


 口に含みきれない部分は添えた手で刺激され、いやらしく濡れた音と声に耳からも責め立てられ…

 開始僅か三分、天人あまとは耐えきれず口内に放ってしまった。


「んっく、ん…ごくっ。ぢゅ……ごくん。…ふぅ。もう一発ってとこかな。」


 平然と飲み込み、幾分興奮しているのか息を乱しながら、恍惚とした表情で口の端を舐める。まだ萎え切れない目の前のそれを指先で撫で上げ、今度は横から啄むように唇を這わせ始めた。


「ねぇ、ちょっと、聞きたいこと…が、あるんだ…けど。…んっ」


「は、ぁむ…ん?後でな…」


 決して早漏などでは無く、寧ろ耐久力には自信の有った天人あまとだが、春来はるきの抜きテクに為す術も無い。二度目は流石に三分でとはいかないながらも、ついばみ舌を這わせる顔を見せられては煽り効果も絶大。

 春来はるきはカリを指の輪でキツく締め付けながら扱き、先端に当てた掌をカウパーで滑らせ更に追い上げた。


「ふぅ…っはぁ、我慢…してないで、さっさとイけよ…」


 ももに頬を擦り付け、見せつけるように歯を立てる口元が強気に笑う。

 いつまでも見ていたい光景ながら、あまり粘っては春来はるきの機嫌を損ね兼ねない。その上、続ける程に天人あまとが抱く加虐心かぎゃくしんは膨らむばかり。たとえ枯渇するまで抜かれても、その衝動が鎮まることは無い。


 ―――このくらいにしとかないと、逆に自制が効かなくなりそうだな。


春来はるきくん…も、そろそろ…」


「ん。どぉぞ……んむ…っ」


 天人あまとの予告を受けて今一度深く咥え込む。

 激しく吸い上げ音を立てれば、喉を熱いものが満たした。


「んっく、ごくっ…ん。………ちゅっ…っはぁ〜」


 咥えたままで飲み下し、吸いながらゆっくりと唇を離せば、息を吐きつつ快感に身を震わす。

 今触れるのも、きっと余計なことに当たるのだろう。天人あまとは服を整え、余韻に浸る春来はるきを後部座席に残し早々に運転席へと戻った。


 しかし、どうにも理解できない。

 キス一つ強請るのも躊躇い赤面していた春来はるきが、進んでフェラをした挙句この表情。かなりの回数やり込んでいるのでもなければ、あのテクニックにだって説明がつかぬというもの。

 暫くして春来はるきが助手席に戻ってきたところで車を出し、途中遮られた質問を再開する。


「随分と慣れてるみたいだけど、春来はるきくんはそういう遊びはしないって言ってたよね?なのにあんなに積極的に……。いったいどういうことなのかな。」


「あー……。まぁ、あんたのもしゃぶっちゃったし。今更か。一応ホントのことは話すけど、向葵あおいさんとかには言うなよ。…今更だから。」


「わかった。誰にも言わないよ。」


 春来はるきの全てを独占したいと考えている天人あまとが、自分だけが知った情報を他所よそで漏らすはずも無い。もし何かしらの対処が必要であれば、天人あまと自らが動くまでのこと。

 信号待ちでハンドルに凭れ、微笑みを向ける。


「高二の頃、イジメられてたっていうか。クラスの陽キャにいきなり屋上連れてかれて、無理矢理しゃぶらされてさ。最初は力づくだったから怖かったし、恥ずかしいってのもあったんだけど。なんか…それ自体には全然抵抗無くて。言う通りにしてれば特にそれ以上要求されることも無いし、とりあえず黙って続けてたんだ。したら、いつの間にかクチコミ?裏で広まってたみたいで……。三年に上がってからは、ほぼ毎日誰かしらの咥えてた気がする。」


 ―――本当にイジメかどうか、事実関係は怪しいところだけど。春来はるきくんが満更でも無い様子なのが問題だな。


「イジメられてるんだって、誰かに相談はしなかったの?」


「咥えたのが喉に当たんのも、まっずいので口の中いっぱいにされんのもゾクゾクするってか。正直…気持ち良くて。相手がどんな奴かなんて下半身だけ見てりゃ気にならないから、別にいいかなって思ってたんだよな…。そんなんで被害者ぶんのもおかしくね?」


 なんだかんだ、ギブアンドテイクが成立してしまっている告白に天人あまとは頭を抱えた。

 そして強まっていく、嫌な予感。杞憂であればいいと願いながら、恐る恐る尋ねる。


「ねぇ、春来はるきくん。今話してくれたのって、高校二、三年の間だけのこと……だよね?」


「俺の連絡先知ってる奴なんて殆どいないから、卒業してからはあんま無いかなぁ。」


「その言い方だと、今も…?」


 途端に曇る天人あまとの声。


「ん、あぁ。たまに。こないだはコンビニでバイトしてた後輩が声掛けてきて―――」


 続く山道の途中、開けたスペースに停車しハンドルに顔を伏せた。


 ―――こないだ?僕が家に行くようになってからも、誰かのを咥えてた日があった……と。


「っ⁉︎ぅぐ…ぅ。な、に……」


 左腕を首に強く押し付けられ、春来はるきが呻く。咄嗟に爪を立て抵抗するも、力では全く敵わない。

 天人あまとはベルトを外すと、耳に唇を寄せ縁を舐め上げた。


「そんなにしゃぶりたいなら、好きなだけ僕のをくれてやるから。…キスも、フェラも、他の奴とはしないって…約束してくれないかな。」


「…ぇう、っ…」


 静かな口調に反し、拒むことは決して許さないと言わんばかりの圧を感じる。更に強く首を押されては声も出せず、抵抗する指にも力が入らない。

 春来はるきは涙目になって必死に頷いた。


「絶対だよ?約束を破ったら、僕もう…キミに優しくはできないからね……」


「…ヒュッ……げはっ、ごほっ!ごほっ、こほっ!……っは…はぁ、はぁ…」


 解放した途端、咳き込み荒く呼吸する春来はるきを前に、一気に血の気が引き我に返る天人あまと。様子を窺いつつ、指の甲でそっと頬を撫でる。

 一瞬怯え肩を竦ませるも直ぐに緊張は解け、撫でる指に擦り付いた。


春来はるきくん……?」


 己の衝動的な行動にしまったと後悔しかけた天人あまとだったが、春来はるきのどこか嬉しそうな様子に首を傾げる。

 被虐性欲のけがあるのは早々に承知していて、真逆の性癖を自覚する天人あまとはそれも含め好意を一層強めたわけだが、だからといって春来はるきがただ単純に苦痛を悦ぶとは思えない。


「ごめんね。苦しかったろう?」


「…へーき。びっくりはしたけど、なんだろ……すげぇ落ち着く。」


 落ち着くなどと、たった今酷い事をした相手に持てる感情では無い。

 が、傷付けないよう、嫌われないようにと優しく尽くし、好意をわかりやすく言葉で告げても殆ど報われぬ日々を思い返して、天人あまとは気付く。


 ―――逆…か。春来はるきくんは何かを与えて欲しいんじゃなくて、求められたがってるんだ。だから、僕が自分の欲を丸出しにして強引に振舞っても、こんな嬉しそうに…


「はぁ~……我慢する必要なんて無かったのに。すごく遠回りさせられた気分だよ。」


「何の話…?てか、ほんとに俺の好きな時にあんたのしゃぶっていいの?」


 ケロッとした顔で聞かれ頭を抱える。


「あぁ、そうだね。約束したからね。それより春来はるきくん、一つだけどうしても聞いて欲しいお願いがあるんだけど。」


「ん?難しいことじゃないなら。きく。」


「僕のこと、あんたじゃなくて、名前で呼んではもらえないかな?……って。あぁ、つい、いつもの癖で…」


 これまで春来はるき優先の言い回しをしていたのが癖付き、本来の自分に戻す方が少しばかり意識を要してしまう。

 仕切り直して軽いキスをし下唇を甘噛みすると、前髪を避けて額を押さえ付け、動揺で揺らぐ瞳を見つめた。


天人あまとって呼んで?呼んでくれないんだったらもう、春来はるきくんの言葉には応えない。」


「わか…った、から。離して…」


 間近からの視線に耐え切れず、瞼を強く閉じたまま答える。


「ほら、試しに一度呼んでみてよ。」


「や……離したら、呼ぶから。も、見んなって…」


「だめ。ちゃんと僕の目を見て呼んで。言う通りにするまでは、ずっとこのままだからね。」


 涙を滲ませ小さく震える姿があまりに可愛く、天人あまとはクスリと笑う。

 力では絶対に敵わない相手に暫し無駄な抵抗を続け、ようやく諦めた春来はるきは薄く目を開いた。

 少しずつ視線を上げ、意を決して見つめ合う。


「ひくっ……あ、あま…と。もっ、もういいだろ!呼んだ!ちゃんと目ぇ見て呼んだ!」


 直ぐに目を閉じ、ジタバタと藻掻く。


「はいはい。よくできました♪」


 両手を広げ解放をアピールすると、満足気に笑って缶コーヒーを飲み、再び車を発進させた。


 名前で呼ぶように求められ、ただそれに応えただけ。そんな些細なやり取りでも、必要とされた感覚に春来はるきはうっとりと目を細める。

 一切無自覚で、自分自身が何に対し嬉しいと感じているのかすらわからないながら、天人あまとの横顔を見れば妙にテンションが上がり、ニヤついてしまう顔を両手で覆った。


「なんか、あん…。天人あまとと居るの、楽しい。」


 春来はるきの中では、今の気持ちに一番近い言葉を選んだつもりなのだろうが、天人あまとからすればその表現はあまりにたどたどしく、思わず笑ってしまう。


「それは良かった。僕も春来はるきくんと過ごせて幸せだよ♪と、それより。首の方、ほんとに大丈夫?」


「んー?ん〜…ちょっと痛いけど。なんてか…」


 首に触れ、ついさっきのことを思い出しては、ほんのりと頬を赤らめる。

 その様子を一瞬横目で確認し、一際大きな溜め息を吐いた。


「まさか。フェラで喉まで咥えた時みたいに、苦しくて気持ちよかったなぁ…とか、考えてる?」


 沈黙が肯定を意味している。

 本音を言えば、天人あまとの熱烈な独占欲を受け高揚していたわけなのだが、その本音を本人が理解していないのでは、ただ苦痛に快感を覚えたと答える他無い。


「今日帰ったら、そのあたりも含め色々と確認させてもらうから。」


 感情に対する鈍感さや、性的な部分での認識のズレを放置すれば、天人あまと逆上の種ともなりかねない。

 天人あまともそれをわかった上で、攻略の方針を改めようと心に決めたのだった。

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