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 その日は朝から曇っていた。


 今回のクライアントは不動産屋だ。新築したアパートの写真撮影を依頼してきた。やはり建物は青空が背景の方が映える。しかし、今は梅雨時。与えられた期間で晴れた日は一度もなかった。でも、もう〆切ギリギリだ。今日撮るしかない。雨が降ってないだけマシ、ってものだろう。花を撮るならいいコンディションなんだけどな……


 私は仕事用のニコンDfにAFニッコール28ミリF2.8Dを付けて現場に向かった。風が強い。空を見上げると、低い雲が作る灰色の濃淡が、すさまじい速さで動いている。


 カメラを構えた、その時。


「!」


 私は息を飲んだ。


 ファインダーの中で被写体のアパートが、めまぐるしく表情を変えているのだ。


 雲が動いているので、日差しの当たり方もその厚さに応じて変化する。それがまるでアパートを動かしているような……走っている!? 建物が?


 坂田さんから聞いたきりずっと忘れていた土門 拳の言葉が、私の脳裏に蘇った。


 "仏像は走っている"


 そうか……その言葉は、こういう意味だったのかも……


 何かヒントを掴んだ気がする。私は夢中で次々にシャッターを切っていった。


 イマイチなコンディションのはずだった空模様が、最高のシャッターチャンスを連れてきてくれた。

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