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「……え!」


 衝撃だった。あんなに素晴らしい写真を撮れる人が、写真をやめている……?


「やっぱりこういう商売ってぇのは、波があるんだろうな。アイツも最初は新鋭の若手フォトグラファーとしてもてはやされていたが、だんだん世間が望む写真が撮れなくなっていった。才能が枯渇した、ってことなのかもしれん。自分が皆の期待に応えられなくなったことに苦しんだアイツは、ノイローゼ気味になっちまったようだ。それで、写真が心底嫌いになったらしい。カメラを持つのも嫌になっちまったんだと」


「そんな……それじゃ、今は何をやって……」


「今はフリーランスでコンピュータに向かってCGを作ってる。もともとコンピュータも好きだったらしいからな。どうしても被写体に左右される写真よりも、一から自分で好きな映像が作れるCGの方が、自分の性に合ってる、って気づいたらしい。そこそこ有名なゲームやアニメの作品にもクレジットされてたりするぞ」


「へぇ……」


「なあ、映見ちゃん。早々とチャンスを掴んだとしてもな、そんなふうに終わるパターンも割と多いんだ。タレントとか歌手とか見ても、そんなヤツ結構いるだろ? だけどな、逆に人生の終わり頃になって才能が開花する例もあるんだ。君はラルティーグを知ってるか? ジャック=アンリ・ラルティーグ」


「いえ」


 とたんに坂田さんが渋い顔になる。


「ったく、勉強不足だなあ。二十世紀のフランスを代表する写真家だぞ?」


「すみません……」


「まあいいや。ラルティーグはな、子供の頃に写真に触れて以来、それに魅せられてずっと写真を撮り続けた。だけどな……最初に写真展を開いてデビューしたとき、何歳だったと思う?」


「三十歳くらいですか?」


「六十九歳だよ」


「えええっ!」


 思わず大声を上げてしまった。それ、私のおじいちゃんと同じ年齢としじゃない……


「大器晩成とはよく言うが、晩成過ぎるよな。とにかく、それまでずっとラルティーグは全く芽が出なかったのさ。それでも彼は写真を撮り続けた。まさに、継続は力なり、だな。続けていれば、いつかこんな風にブレイクすることもあるんだ。でも、やめちまったらそこでおしまいだ。ブレイクするチャンスはなくなる。だけどな……」


 そこで坂田さんは、ちらりと私に視線を流す。


「本当に嫌になっちまったのなら、無理して続けることもないんだ。アイツみたいにやめちまってもいい。人生、いろんな道があるさ。映見ちゃんは写真が嫌いか? 撮るのが嫌になったか?」


「いえ、そんなことはありません」


 私が即答すると、坂田さんの顔が満足そうにほころぶ。


「だろうな。だったら、続ければいい。いつか芽が出るチャンスもあるだろうさ。でも、それを掴むためには、ただ漫然と続けるんじゃなくて、少しずつでもいいから自分を成長させていかないとな。成長するためのヒントは、前に言ったかもしれないが、写真だけじゃなくていろんな経験をする中で得られる。覚えてるか?」


「ええ、覚えてます」


「いい子だ。実は、俺だって未だにデビューの夢を諦めちゃいないんだぜ。ラルティーグのデビュー当時に比べれば、俺だってまだまだケツの青いヒヨッコだ。幸いにして、そんな風に夢を追っかけてても食えなくなる心配はない。仕事があるからな。それも写真を撮るっていう、夢に直結した仕事だ。これは僥倖ぎょうこうってもんだろう。君だってそうじゃないか?」


「そうですね」


 今日一日の中で、ようやく私は心から笑えたような気がする。それを見て、坂田さんも優しい笑顔になる。


「ま、日々の仕事は食い扶持と割り切ってこなすことだな。あ、でもな、どっちにしても写真を撮ることには違いないんだ。案外、日々の仕事の中にも成長のヒントは転がっていたりするんだぜ。常にアンテナを心に張っておくことだな」


「はい! ありがとうございます!」


 私は大きく頭を下げた。


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