第二章第三話 吐く息が雲をなし静かに地面に降り注いでいた
雪は静かに降り続いていた。
音のない白い大地を、カナタは素足のまま走っていた。
カナタだけではなかった。見渡す限り、何千、何万という人々が黙々と走り続けている。
吐く息は白く、まるでその息が頭上で雲を成し、雪となって地上に降り注いでいる様だった。
ただ、地面に雪が積もることはなく、雪のかけらが吸い込まれた地面が微かに光っては明滅するばかりだった。
人はみな白い短衣に灰色の帯を締め裸足で走り続けていた。苦しくはなかった。どれだけ走っても息が上がることはなく、皆が同じスピードで黙々と歩を重ねていた。
静寂と寒さ、変わらぬ景色に意識がどこまでも拡散していく。人々は服装だけでなく同じ無表情を
ただ1人、カナタの横を走る黒い長衣の骸骨だけがアゴをカタカタと鳴らしながら静寂を破って話しかけてくる。
「いつまで、どこまで走るのかって?
話しながら骸骨はフワリと空に浮き、鯨が水中でする様にゆっくりと身体を回転させた。やがてカナタの頭上に戻ってくると首に下げた宝石を珍しそうに覗き込んでくる。
「『旅人の宝石』だな。いかすねぇ。生きたまま、ここに辿り着いた人間は久々さね。思わずこの俺様が見物に来ちまった。」
ここは死んだ人間の来るところなのかい?
カナタの質問に暗い眼窩を横に振りながら骸骨が答える。
「厳密には死んだ人間の記憶さね。ほら、
じゃあ、地面に降った記憶はどこに行くんだろう。カナタの疑問に骸骨はひとしきりカタカタと笑った。
「いいねぇ。人間のそういうところ。俺は大好きだね。僅かばかりの記憶が消えない様に必死に足掻いてさ。絵を描き、音楽を奏で、物語りを語り継いでな。でもな」
黒衣を翻して高く舞い上がった骸骨は眼下の人々を一瞥してから続けた。
「残念ながら、無駄な足掻きさね。最後には全てが消えて失われるのさ。ちょうどアンタの記憶のようにね。」
ゆっくりと地面に降りてきた骸骨はカナタの耳に顔を寄せて囁いた。
「ちょうどアンタの記憶の様にね。いつまでもここで油を売っていていいのかい?探し物があるからここにきたんじゃなかったのかい?」
そうだ、自分は何かを探していたはずだ、、、
思い出そうとしても、言葉が見つからない。
一息ごとに頭に掛かる霞が濃くなり、思考が絡め取られていく。走ることの高揚も苦しみもないまま、右足を左足が追い抜き、左足が右足を追い抜いていく。自己完結した機械の様に、思考を置き去りにした身体がひたすら正確な動作を繰り返すのを止めることもできない。
それをやや寂しそうに見送る骸骨が曇り空に溶ける様に消えると、無数の人の群れの中にカナタを見つける事はもはや困難だった。
生命の起源を巡る旅 〜 始まりの図書館 Zhou @Zhou
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