迎え酒

工事帽

迎え酒

 ミーン、ミンミンミン。


「眠い、暑い、うるさい」


 眠っていられなくて身を起こす。

 枕が変わって寝難かった可能性が少し。でも大半は暑さとうるささが原因だ。

 うちなら夜は静かなのに、ここ、おばあちゃんでは昼も夜も、なにかの生き物がうるさい。それはセミだったり、カエルだったり、木が風に揺れる音だったりする。

 しかも、夏は日の出が早い。日が昇ると一気に暑くなるから、余計に寝難い。


「まだ6時じゃんか」


 枕元に置いておいたスマホを見れば、もうすぐ6時になるところだった。

 早すぎる。

 寝直そうかとも思ったけど、そもそも寝てられなくて起きたのだ。

 諦めて、寝間着代わりにしていたシャツを脱いで、服を着る。


「あら、おはよう。顔洗ってきて、ご飯出来てるから」

「はーい」


 台所にいたお母さんはそう言って、コップをクイっと呷った。

 台所の奥で、鍋を見ているおばあちゃんの手にもコップがある。


 居間で大きなテーブルの前に座る。

 畳の上に座って食べるのは、おばあちゃん家に来た時くらい。その度に、どんな座り方が楽なのか、少し悩む。

 先に座っていたお父さんは、コップ片手に赤い顔だ。


 ご飯にお味噌汁、お漬物に小魚の佃煮、黒豆、卵焼き、あとは名前の知らない黒いやつ。

 おばあちゃん家の朝ご飯は、なぜか品数がとても多い。

 そんなに沢山は食べられないから、せめてと一口分づつ小皿に取る。


 食べ始めたところで、お母さんとおばあちゃんが来て座る。

 テーブルには煮魚とハムが増えた。ハムはおじいちゃんが好きだったからってお供えに買ってきたもののはずだ。良いのかな。


 強制的にノルマが課された煮魚をがんばって食べる。

 お父さんのコップにもノルマが追加されていた。

 お母さんもおばあちゃんも、いくら飲んでも平気な顔をしてるけど、お父さんは弱い。飲むとすぐに顔が真っ赤になるし、飲み過ぎると寝る。今日も、コップを空にする前に寝りそうだ。まだ朝なのに。


「食べ終わったら、お仏壇の用意手伝ってね」

「うん」


 なんとか煮魚を食べきった。

 お腹が苦しい、絶対に食べ過ぎだと思う。

 お盆に、おばあちゃん家に来ると、いつもこんな感じになる。


 苦しいお腹を抱えながら、お仏壇の用意をする。

 掃除をして、お供え物を並べて、提灯を吊るす。

 お供え物の中央にあるコップには、お酒が並々と入っている。昔に聞いた話だと、おじいちゃんはお父さんよりももっとお酒に弱かったらしいけど、こんなに並々ついで大丈夫なんだろうか。


 お仏壇の準備が終わって、じゃあ次は墓参りだという所で、居間ではお父さんが眠っていた。


「運転で疲れたんだべさ。寝かしときぃ」


 おばあちゃんの言葉で、お父さんは留守番。お母さんとおばあちゃんと私の三人でお墓に向かう。

 お墓を掃除して、お供え物にカップ入りのお酒、線香を点けて拝んだら帰宅だ。


 おばあちゃん家に帰ってからは、もう一度、今度はお仏壇にお祈り。

 この時は、お父さんも起こして皆で拝む。

 これで、お盆が終わるまでは、お仏壇におじいちゃんが居るってことになるみたい。

 でも、おばあちゃんは直ぐにいくつかのお供え物を下してしまう。


「ほら、食ぇ」


 そう言って果物を渡されても、まだお昼前だし、朝に食べ過ぎたせいで食欲がない。

 果物を手に持ったまま、居間へ移動する。

 そこでは、まだ眠そうな顔をしたお父さんが座っていた。

 おばあちゃんがテーブルの上に、下したお供え物を並べていく。お父さんの前には、お酒が並々と入ったコップが置かれた。


「ほら、飲めぇ。『迎え酒』だで」


 がんばってね、お父さん。私はちょっと運動してくるよ。

 果物をそっとテーブルに乗せて、おばあちゃんに見つからないように居間を出た。

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