いきする、

 有紗は、出産した成果物、つまるところは新生児をまじまじと眺めた。有紗に似て色白な子。

 あいをつくることには、成功したはずなのだが、特に何の感慨もわかない。かわいいとか、愛しいとか、そんな感情は、わいてこないのだった。

 有紗の指を握って口に運ぶその姿も、愛しさを感じるものなのかもしれないが、ただの動物にしか見えなかった。薬で眠らせ、解剖され、内臓を解析されていく、職場にいる動物と、何一つ変わらない。

 つつ、と正中線に指を走らせる。そして、開いて、順に内臓を取り出して、とマウスの解剖の手順を頭の中でなぞる。

「ううん、あいをつくってはみたけれど、何も変わらない気がする。とにかく、この経験があれば、もう、あんなことを言わせずに建設的な議論ができるわけね」

 あいをつくるという経験をしたので、もうこの子どもは用済みだ。データを取り終わった実験動物の末路は、解剖の後解析し、有効活用と決まっている。マウスは哺乳類だし、人間とも内臓のつくりは似ているはず。だったら解剖によって、有効活用することも、可能なのではないか。

 でも、この子どものデータ、使えないしなあ。解剖して処理するのが一番いいように思うのだけれど。

 枷たる子どもを育てるつもりは毛頭ない。

 つつ、ともう一度正中線に指を走らせたときだった。


 病室のドアが開いて、大学の同級生が入ってきた。医師となった彼女は、有紗のお願いを聞いてくれた、大事な存在だ。

 有紗の表情を見て、彼女はすべてを悟ったようだった。

「せっかく生まれた子どもを、愛せないなら、児童養護施設にでも預けるなり、養子に出すなりして、親権を放棄しろ。間違っても、殺すな」

 さすがに、いろいろと問題があるものね、と有紗ははっと気づいた。そもそも、あいをつくろうだなんて、やってみた自分自身も、相当馬鹿げている。

「いや、待て。うちに、くれないか? この子は、特別だ」

 何がどう特別かはわからなかったが、有紗は彼女に子どもをあげることに決めた。

「いいわよ。いろいろ秘密裏にしてもらったお礼にしては、安すぎるくらいかもしれないわ」

「交渉成立だな。では、この子の出生届についてはいろいろやっておく。おまえは、表向きは子宮内膜症での入院ということにするからその通りに振るまってくれ」

「ええ、ありがとう」

 有紗は朗らかに笑った。実験もできたし、あいもつくれたし、その先の景色も手に入れた。そして、枷はない。最高じゃあないか。


「名前だけは、つけてやれないか」

 名前、ねえ。

 有紗はしばし考えこんだ。

ゆい、でどうかしら。唯一無二の唯」

「いいんじゃないか」

 彼女、碓氷医師はふわりと笑うと、子どもと有紗の最後の時間をきっかり二十四時間と設定して、病室を去った。


 あいをつくってみて、よくわかった。私には、恋愛も結婚も子どもも、いらない。それらは全部枷だ。

 その上で、ロジックを補強していこう。

 爽快な気分とは、このことを言うのだ。

 有紗は、満面の笑みを浮かべた。


「さよなら、唯。私は有紗。覚えていられるものなら、覚えていたらいいわ。会うこともないのでしょうけれど」

 ふふふ、ふふふ。

 有紗は楽しそうに、唯の頬をつついて、笑っていた。


 無論、碓氷唯は、有紗のことを、知りもしない。

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あいのないひと 染井雪乃 @yukino_somei

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