優しくされたから勘違いしたよ
鍍金 紫陽花(めっき あじさい)
第1話
ディスコードを開いて予定時刻を確認する。AFKを解除して、コントローラーに自分の手が追従する。足元を見て、キャリブレーションが不自然じゃないことに安堵した。
画面横のカメラに手のひらが映っている。振り返り、小雪ちゃんの改変アバターを見つけた。
「すりみさん」
「来たよ」
するみさんはパブリックで知り合った。VRCHATを2ヶ月に始めたばかりらしく、ユーザーランクもオレンジ色だ。彼はパソコンに繋いだOculus Quest2でログインしている。今日は遊ぶ予定だから、回線が落ちないようにと心で祈った。
「あれ。みんな来てないですか?」
「うん。時間だけど遅れてるみたいだね」
するみさんと俺はひとつのグループに所属していた。人数は50人ぐらい入っているが、会話するのは6人程度。VRCHATで知り合った人たちが集まって、イベントを開催したりワールドをよく巡っている。今日は、大型イベントが開催されたから友達と回る予定だ。
「するみさんはVRCHAT慣れました?」
「はい。昨日は集会に参加しました。楽しかったです」
彼の声は聞き取りやすく低音で落ち着きがある。彼の余裕ある大人のような振る舞いと、可愛らしい小雪というアバターに、黄色を基調とした改変が似合っていた。
「白吉さん?」
するみさんの可愛らしい髪が横に揺れる。首を傾げる仕草に、VRCHATに染まったようで頬が綻ぶ。
「あ、ううん。ごめん、集会?」
両腕振り上げ、上腕二頭筋を見せびらかす。細い腕が白い服からちらりとめくれた。
「ムキムキ集会です!」
「可愛いね」
「か、可愛いって照れます。ムキムキぱんちしますよ」
「俺も行けばよかったな。いつも一緒なのに、仕事のせいで行けなかった」
「仕事なら仕方ないですよ」
撫でたくて右手を前に出した。彼女も目を細めて待っていたけれど、コントローラーがデスク下に当たり冷静になる。そのまま手のひらを固め、顔に拳を当てる。顔面をすり抜け、顔の中心に手が行く。
「そこまで来たら、撫でてくださいよーっ」
「ごめん照れた」
なるべく会話を続けたくて、頭を働かせた。話題を探し、口にする。
「集会に変な人いなかった? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。みんな優しかったです」
「本当に? 内輪向けじゃなかった?」
「内輪?」
「自分のグループと仲良くして、新規と会話しないみたいな」
するみさんは思いついたように手のひらを前に出し、動かしながら話した。
「白吉さんは集会で嫌なことがあったんですか?」
「別にない。でも、面白いと思った事が空回りして、人を傷つける人いるじゃん。するみさんは大切だから嫌な目にあって欲しくなくて」
彼は手を開き、無表情に変えた。キャリブレーションが一瞬飛んで、アバターが空に飛んだが帰ってくる。右手に指輪を装着していることに気がつく。
「白吉さんって、正直ですよね。言葉を選んでるとは思うんですけど……、なんて言ったらいいんだろ。まあ、俺は嫌いじゃないですけど。相手は選んでみません?」
「え、何」
その時、声がした。ロボッ娘が身体に緑の線を走らせながら、手を振っている。
「おいっすー」
「うわ、管理人が遅刻って笑えねー」
ユーリはグループの管理人で、イベントの主催者だ。ゲームワールドや綺麗な背景を探して、人と共有して、撮影をしている。しかし、その立場を忘れることが多く、イベントは事後報告の時もある。今回は前から告知してくれて、久しぶりに集まれた。
「ごめん。ちょっと遅れちゃった」
「他の人は?」
「わからない」
「そんなんでいいのか管理人」
「仕方ない」
「頼りない返事だな」
すりみさんの目線は俺とユーリのやり取りに交互する。
「2人とも仲がいいですね」
俺は右手を大ぶりし、ユーリの肩がある位置に静止する。人差し指と親指を立てて、目に星が出る顔つきに変えた。
「俺たちは初期の親友だから!」
「違う」
「おい」
ユーリとは友達を増やそう集会で出会った。その日、開始時間を大幅に遅刻してしまう。スタッフが紹介してくれたが、冗談の選択を間違えて場が白ける。その愛想の悪さが誰も寄り付かせなかった。後ろでワールドの新しい順を眺めていたら、彼が話しかけてくれる。ゲーム開始日、趣味の話と時間を重ね、グループに入る頃は仲良くなっていた。
「えー、でも3人かよ。みんな意識低いな」
「なにか予定があるかもしれないですよ」
「でも、前から告知してたじゃん。なるべく来て欲しくない? 時間管理だよね。そのぐらいやってほしい」
「そりゃそうですけど……」
ユーリは可愛い金髪のアバターに変えた。猫耳の生えた愛らしいフォルムをしている。
「それ、新しいやつ?」
「うん。販売した直後に買った」
「それ可愛いね」
「白吉もこれ好きだよね」
「買おうかな。Unityやりたくねーけど」
「どっちでもいいんじゃない?」
「買ったら、ユーリが入れてくれない?」
「そのぐらい自分で調べてやりなよ。俺はやりたくない」
「ユーリは頼めばやらせてくれるから」
「俺は好きな冗談じゃない」
「大丈夫。先っぽだけだから」
「あ、あはは」
現在のワールドにBGMが流れている。長居したから1曲終わってしまった。リスポーン地点に乗っている3人という数字を目で追う。
「あー3人だと盛り上がらないな」
「なら、解散する? 白吉がそういうなら辞めるけど」
足をユーリの肘に当てる。すり抜けたからだが重なり、俺のアバターは色素が薄いことを知る。
「いやいや、行こうよ。俺はこの日のために予定を開けたし」
「残念だ。なら行こうか」
「ユーリ。親しみを持ってるからって失礼な態度はダメだろ。残念じゃない!」
「白吉、すりみさん行こうか。もう待ってても仕方ないし」
「うん」
「無視するなよ」
ポータルを開く。3人とも入り、移動した。ローディング時、ディスコードに通知が届く。別の友達からだった。ボタンを押し、画面をデスクトップに移行する。
『おいバカシロ。今日が無理ならいつにするの』
『バカはてめえだろカスヤ。まだ分かんねえつってんだろ』
『明日は?』
『ちんちん』
「まだ来てないみたいですね」
画面横に意識を戻す。ローディングは終わっており、2人は既にワールド移動を終えていた。俺はメッセージの届いた友達をどう罵倒しようか考える。
「ほかのみんなは回ってます?」
「うん。ここは過ぎたみたい」
「楽しまれてるなら良かったです」
「俺も早く切り上げて合流したいよ」
「白吉さんに聞こえますよ」
ボタンを押すのを躊躇う。何やら不穏な会話をしていた。しばらく様子を見ようと返事を終えて画面をつけっぱなしにする。
「だって、さっきの態度みた?」
「いつも通りでしたね。だから、切れてましたね」
「気を使って来てあげてるのに、ブーメランなこと言われても」
「ごめんなさい。私も入ればよかったです」
「いやいや、するみさんは悪くないよ。全部悪いのは、このAFKの人」
「この人も不器用なだけだと思います。関わり方をひとつしか知らないだけだと」
「そう肩入れする気持ちもわかるよ。白吉が初心者案内してくれたからだって。でも、そのうち標的になるよ。優しくするだけが友情じゃないし、苦手な人なら関係切っていいんだから」
「でも、相談とか乗ってくれるし……」
「じゃあ、お砂糖ができたこと言った?」
AFKを解いた。俺はキャリブレーションを確認し、手を上下に動かす。
「お砂糖?」
ふたりは硬直した。キャラクター越しでも動揺が伝わる。するみさんは2ヶ月間にお砂糖を提案されたらしい。
「お砂糖できたの? 良かったじゃん」
「白吉さん。誤解です」
「いい指輪だと思ったよ」
咄嗟に手を隠すするみ。その仕草こそ答えで、腹の下から赤色のような激情が湧き上がった。
「でも、俺に1番教えてくれないの酷くない? 仲がいいと思ってたのに」
「そりゃ言い難いよ」と、ユーリが間に入る。「特に白吉には」
鼻で笑う。鼻下に、現実が拡がっていた。白いTシャツに短パン。トラッカーをつけた自分が滑稽に見える。
「ユーリは相談されたんだ。良かったね。だって、リーダーでお砂糖もすぐできるし、いつも中心にいるし。そりゃ誰かの心なんてお手の物だよね」
「白吉。言い過ぎだ」
その声に怒気が混ざっている。冷たく詰っても見せないから、思わず口が止まった。
「どうして、白吉は威圧的な態度しかできない。口を開けば下ネタを言いふらす。どうして寂しさをむやみに見せびらかす」
「し、下ネタはお前にしか言ってない」
「でも周りは聞こえてるんだよ」
どうして俺が責められている。彼は出任せを放ってる訳ではなく、腹に溜め込んだ怒りを吐き出しているようだ。
「お前は空回りしてるんだよ。相手のことを考えて喋ったことないだろ。どうか溶け込もうとして、誰かを下げている」
「なんで偉そうなんだよ。お前だって穴があるだろ」
「許容できない欠点なんだよ。まだ言うことある。すりみさんを感情の捨て場にするな」
するみさんは指輪を指摘されたことを根に持っているらしく、手をまだ俺に見せないように画している。わざと振舞ってるように見えて、いらだちが募るけど、ぶつけて嫌われたくない。
「甘えて、楽になるために使うなよ。彼だってゲームを無難に楽しみたい。お前の所有物じゃないし、お砂糖相手だっている。白吉は変わり方を間違えたんだよ」
「うるさい!」
するみさんに否定して欲しくて目を送るが、アバターは目を細めて笑っている。指の形が望んだものと違ったから、慌てて拳を作った。力を込めたせいで、コントローラーからぎちちと悲鳴が上がる。
「そんなに俺が嫌いなら追い出せばいいだろ。好き勝手言ってスッキリするなよ。イベントの案内だって俺に目が届いているじゃないか。第一、最初に声かけなきゃいいのに。というか、最初から優しくするなよ。優しい世界だと誤解するじゃんか!」
画面が潤んでいた。気づいたら目が涙が落ちて、VRの機械を汚してしまう。おそらく、自分の気づかないうちに、自覚していた。
俺は人間との関わり方を罵倒することしか知らない。だって、生まれてから周りは人を傷つけてコミュニケーションをはかっていた。
「白吉とは友達だったから忠告するけど、優しい世界って言葉に甘えて自他を曖昧にしたら、皆を不幸にするだけだよ。もっと自分をしっかり持とう」
「そんなすぐ正しくなれないよ」
その日から、俺はするみさんとユーリにJOINしていない。
大型イベントが開催されるたび、それを思い出す。
優しくされたから勘違いしたよ 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou
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