第12話 第三頂点。
がたがたという連結器のぶつかる音と、車輪が継ぎ目を捉える音を右から左に流して、鉄路を往く。
二駅と言う短い区間…ではあるのだが、どうにも時間が長く感じた。
そもそも駅間がどれくらい離れているのかも分からず、ただ視界の奥から幅を広げ迫ってくる線路上を進めているだけだったのだ。
「…二個目…ここか。」
指定された駅に車両を停車させ、駅に降り立つ。
雰囲気は何も変わっては…いない?
降り立った駅の中では3つ目。過ぎ去ったものを含めれば4つ目。
随分と長い間鉄道に乗っていた気がするのだが、駅数が少ないために移動距離はさして長くないような気もする。
駅数が少ない分そう感じるだけで、実際はかなり移動しているのか…
そもそもいつも使っていた鉄道と同じ速度で走っていたかも分からない。一切として明るさも変化しないこの街では、携帯の時計ですら無意味とも思える。
湿ったコンクリートも、何もかも変わった気がしない高層駅から、地上方向へと階段を下る。
そこから見える景色も、その構造も何も変わりはしなかった。
変わったのは先程の化け物がいない…という事だけ。硝子を押しのけて地上に立つと、雨音のみがなる無感情な街が広がっているのみだった。
「来たけど…ここに何があるの?」
答えは無かった。
凡そ「あの変な声」がそろそろ来ることだろうと思って呟いたのだが、ただの独り言になってしまった。常に繋がっている訳ではなく、あちらの都合で自由に切ったり繋いだりできるらしい。
丁度雨宿りができるコンクリートの軒に潜り込んで、鞄の中身を漁りながらどう動くかを思案する。
町並みは一切漂着した場所と差がなく、建物の構造も大方同じ。先の駅で出会ったあの『化け物』を除けば、ここに流れ着いてからは全く同じ風景を見続けているような気がする。
故に、どう動けばいいかが分からない。方角のみを頼りに進んで見つけた地下通路や謎の道具、遺物などに助けられているのだが、あれは運が良かったと捉えるべきだろう。ここでは方角すらも分からない。
この場に居続けて声を待つのが良い気はするけど……いつ来るのか、どこから認識しているのかが不明な以上、それに全てを委ねてもいいのだろうか。
「いっそ、こちらから掛けられれば楽なんだけどなぁ。」
電話や無線の類とは違う『何か』であるから、そんなことはできないのだろうけど。
双方の何かしらを消費して機能するものだ、とあの声は言った。魔力のような何かという表現も間違ってはいないと思う。手に握るこの携帯のような、電気的なもの、科学的なものとは分けて考えないといけない。
しかしそうすると、今ここに一人で取り残されている私が幾ら考察しようとその真相にたどり着くのは難しい訳で……
鞄の中から十円玉色の筒を取り出して、右手に端子をあてがう。
その瞬間、周囲の音はすっと引いて消える。煉瓦のトンネルから拾ってきたこの世界のものだが、これもまた原理不明の代物。例の声がこれと同じ力で機能するものなら、本格的に私の理解を超えたものだろう。
そもそも、これが何かとかもざっくりとしか分からないし。
「……あれかな、防音室とか雨の湿気から食べ物守るためとか……その手のもの?」
『んなわけねぇだろ。』
「わっと?!」
下らない方向に考察が走り始めた所で、謎の声に突っ込まれた。
思わず筒を落とすところだった。未知の物体を何度もコンクリートに落とすのはさすがに不味い。
「……とりあえず、場所はここであってるの。」
取り出した道具やものを鞄に仕舞いながらそう問う。
これで『違う』と言われたら面倒くさいのだけど……そんな心配は不要だった。
『あぁ一応合っている。正確にゃあ、ここは中間地点だがな。』
「中間地点?」
『言っただろ?〈とりあえず〉第三頂点に向かえ、ってな。目標地点はここから更に先だ。ノコリモノ共はこの区画にはいない、案内を合間合間で挟むから指示通り
動けば死にはしねぇよ。』
ノコリモノ……そういえばあの化け物はそう呼ばれているものだったけ。
そして何となく分かっていたが、ここはやはり目的地ではないらしい。これでとんでもない距離を移動するとなると困るのだが……鉄道のような移動方法があるのだろうか。
「……一つ、聞いてもいい?」
若干弱まった気がする雨の中を、駅から離れる方向に歩く。
指示は「駅から離れる方向にしばらく歩け」。あまりにもすっからかんな内容だが、一本しか大きな道がないので迷う要素も無ければそれ以上に頼れる情報もない。
……だが、疑問がない訳では無かった。
『どうした?』
「……貴方は何者なの。私と同じで巻き込まれた人?」
『……まぁ、そりゃ疑問に思うか。そうだよな。』
この声の正体は何なのか。
携帯から受け取れた壊れたラジオの音とは訳が違う、紛れもない意志を持った声を私は特に何の道具を使うまでもなく聞いている。だが、それはここに来てから絶えず聞こえる雨音や、今聞いている湿ったアスファルトを踏みしめる音とは違う。
……知らない間に頭の中に無線機でも埋め込まれたのでは、なんてことも邪推してしまう。
私の問いに謎の声はしばらく沈黙した後、静かに語りだした。
『人間ではない。ただし、化け物ではない。まぁ難しいとこだが……なんと説明すればいいものか……』
「少なくとも、ここに長く住んでいて色んな力が使えるというのは分かるけれど。」
『そこまで分かっていれば取り合えず良い、と誤魔化すのも良くねぇな……』
曖昧な答えだった。
適当な軒先に潜って休憩している間も暫く説明を模索し、しばらく沈黙して雨音のみが響くようになった後に、
『神……のような何かっていうか?』
と一旦の回答を呟いていたが、やはり的確な表現ではないらしい。
ただ誤魔化すというよりは『本当に説明が難しい』という感じがするが、最終近似が神というのは……
これ以上聞いても中々進展がなさそうなので、再び雨の流れるアスファルトに出て移動を再開した。
「取り合えず、この先に行けばいいの。」
『あぁ、それでいい。目的地はまだ言えねぇが、もう少しすればそれも伝えられる。』
「分かった。」
ただただ、足を薄い水の上に落として進み続ける。
不思議とこの街を歩いている間は、不安が薄れていくような気がする。
疑問があれどこれ以上聞いても忘れてしまうような、聞く意味を感じないような。
よく考えればこの街の環境は不思議だ。いつまでも雨が降り続く中、びしょぬれになってなお歩き続けても私は不快な感覚を殆ど抱いていない。それどころかこの街の中をただ一人で放浪し続けている。
私が元の世界にいた時、こんな行動ができただろうか。
何も知らない鉄道を何となくで動かせるなんて、そんな事があるのだろうか。
そもそも私は何も知らないのに。
……こうした疑惑はある。
だが不安まではいかない。不安になるべき内容なのに、その感情がすっぽり抜け落ちたように、あるいは感じても直ぐに消えるように。
あの化け物を見た時くらいだろうか、本当に恐怖や不安を感じたのは。
今は、自分が本当にこの世界を知らないのかすら曖昧だ。
どこかで見た事がある。そんな気すらしてくるのだ。
ただ雨の音が響くこの街は、思考すらも洗い流しまうのだろうか。
まるで負の思考だけを掻き消すような……
疑問を頭の中で渦巻かせ、背にしていた駅が雨の霞に立ち消え始めた頃に、再び頭の中に声が聞こえた。
『……
突然のことだった。いつもの声であればここまで驚きはしなかっただろう。
今迄聞いていた男の声では無い。機械的な女性の声。足を止め周囲を見渡すが、何も変わったことはない。スピーカーの様な物も、カメラも見当たらない。
ただ淡々と雨が降りつけるアスファルトの道と灰色の廃墟ががあるだけである。
「どういうこと?」
思わず聞き返す私に対して、その声は変わらぬ調子でただ淡々と話しだす。
『権限の部分的有効化を確認……第三頂点下での限定的権限行使を追加で許可。』
『歓迎します、
雨ノ原荒廃都市 夜狐。 @KITUNEruna
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