第11話 ノコリモノ。


「…で、ノコリモノって何ですか?」


扉を締め切った電車の中で座席に寝転がり、天井を仰ぎながらそう聞く。

同じ空間に人はいない。

だが…


『説明が難しい…と言うよりか、あれは正常な存在ではないから説明のしようがないってところだな』


返事は返ってくる。

駅の改札、そこでこの声に言われた通りに逃げ込んできたのだから当たり前の話だ。

扉を全て閉め切り座席に寝転がっているのも、少しでも”ノコリモノ”からの被発見率を避けるためだ、とこの声が言ってきた事だった。

そもそもこの声が何者かといえば気になるのだが、それよりもあの靄の方が急務だと言われてしまうのだから仕方がない。

声のトーンから本当に冗談ではないのだろうけど…


『あれはこの街に跋扈してる怨霊…魂?思念の塊?んまぁそんな感じの”化け物”だ。尤も、あれは正常な存在でないと言いながら、俺が見てる限り奴がいる期間の方が長いんだが』


「…どういうことですか?」


『まぁ正常にここが機能してた時期の方が短いってことだ。あと敬語はいらないぞ』


何やら意味深な言葉が続く。

…よく分からないが、取り敢えずこの声の主は私よりはここに長くいるらしい。そして”管理者”とやらであることも。

それよりも、あまりにふわっとした”ノコリモノ”の説明に頭を傾げたいところだが、生憎寝っ転がっているので只天を仰いで腕を組む。

そもそも此処に機能という概念があるのか。

車両に当たる雨音にすら、何かしらの意味があるのだろうか。


『まぁ…なんだ、こうやって説明するのも良いんだが…これもタダな機能じゃないからな…』


「タダじゃないってことは、何かを消費している?」


『…まぁそういう事だ。薄々分かっていたか?』


「ゲームとかでよくあるんで」


そう言うと、その声は呆れたような笑いを響かせた。

何かの特殊能力を使っている以上、何かを消費するというのはゲームではよくある話で、最近流行りの量産型異世界転生系小説でもタダの能力などない。

魔力か、神通力か。そんな得体のしれないマジカルPOWERを用いて全て発動している。

尤も、この世界にその概念があるとは先程迄考えもしなかったわけだけど…


『まぁよーするに、君の力と俺の力を共に消費して通話してるってとこだ。あんま長くは使うべきじゃない、本来は緊急連絡でしか使わない手段だ』


…その能力を強制的に開通させてきたということは、今は緊急事態が起きているとでも言うのだろうか。

寝返りをうち、通路を挟んだ窓から見える灰色の壁を眺めながら髪を弄る。

あまりに常識というものが通用しない世界に来てしまったのだと改めて感じていた。


「…それで、緊急連絡って…」


『……具体的なことはここでは話さない方が良いだろうが、取り敢えず”第四頂点”へ向かえ。どこまで残っているかは分からんが…この鉄道で2つ先の駅を降りるとそこに看板が残っているはずだ。話はそれからだ。じゃあな』


「え、ちょ…」


唐突に会話は終了した。

余りに一方的な情報の流れと、突然の放り出し。おおよそ理解できないものが大半だ。

腕を組んでそのままフリーズする私が、しばらく窓ガラスに硝子に映っていた。


向かう先は、第四頂点。聞いたこともない。

運転席に足を運びながら斜め上の虚空を眺めて情報を整理するが、如何せん情報がなさ過ぎるのだ。そもそもいくら情報を流されていても、受け止める容器に当たる前提知識すら私は持ち合わせていない。


「…脱出ゲームの方がもっとヒント貰えるって話だよ」


スロットルレバーに手を置き、そう呟く。

実際の所つい先程迄この場にいたと思うのだが、一気に変化する周囲の状況と例の声によって、一気に時間が進んだような感覚がした。


静かにレバーを上げる。

駅のホームから少しずれた位置に停車していた列車は、音階を変えながら唸り、加速を始めた。


今の私にとって、この先の行動を決めるのには二個先の駅という情報のみが今は頼りだ。結果がどうなろうと、向かう他無かった。




滑らせるように、されど速度は乗せ過ぎずという安全運転で列車を走らせながら、改めて先程の説明を頭の中で整理する。

全てを覚えている訳では無い。が、気になる場所はあったのだ。


例の黒い靄については、最早理解のしようがないと言えるだろう。

先程の説明を聞く限り、恐らく人間が直接認知できるような単純なものではない。

思念?やら魂やらと言っていたような気がするが…


問題はその次だ。

先程の声の中では、『正常に機能していた時期の方が短い』という部分になる。

このような大型の街が、何の目的もなく作られる等有り得ない…という根本的な話では無い。


『正常な機能』とやらが一体なんなのか、という問題だ。

一見すれば本当に只の廃墟群であり、昔は人が住んでいたのだろうなぁ…程度にしか感じない。

しかし、そんな現実的な話でこの街が完結しているとはどうにも考えにくいのだ。


「…魔術か、妖術か。そんな話になりそう」


窓ガラスに打ち付ける雨粒がワイパーに弾かれるのを眺めながら、そう呟く。


全てにおいてイレギュラー。


この街に対する今の印象はこれだ。

この降り続く雨も恐らくは、私の知らない仕組みで知らない場所から降ってきている。


そもそも此処迄巨大な廃墟群などある訳がない。来た時から全てがおかしいのだ。

こちらに流れてくる鉄路も、横を並び過ぎ去る高層廃墟も、全て私は知らない世界の遺物。

もしこれらが全て結びついて、一つの大きなシステムとして動作していたとすれば。

私がこの世界に流された原因も、その機能とやらのエラーが影響していると考えるのが妥当だ。


「どれくらい…経ったんだろう…」


…そういえば、家に帰りたいと何故思わなかったのだろう。


ふと、今まですっかり忘れていた家の存在を思い出す。

恐らくは一週間、いや一ヶ月かもしれない。兎に角長い期間ここにいる気がしているのに、その道中で家に帰りたいと一度でも思ったことがあっただろうか。

忘れていたわけでは無い。覚えている。


心地よい雨に打たれるこの世界がそんなに私は好みなのだろうか。

いや、濡れれば気持ちが悪い筈だ。

…しかし私は何日も濡れたままで歩いていた。



終わらぬ自問自答が頭の中を巡る。

何故このタイミングで唐突に思い出したのか、急にそれについての思考が回りだしたのか。



答えのない疑問に縛られた私を他所に、列車の左を寂れたホームが過ぎ去って行った。


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