20 友達
二人の少女を閉じ込めるように展開されていた影は消え、首元まで達していた触手も見えない。予期せぬことであったためか、
「(甘い……!今の結界術をあの女に目がけて放てば確実に勝てた……ナオト君ならそれができたはずなのに、相手が女だからって———あなたがいくら強くなっているとしても、実力差がどれだけあるかなんて理解しているでしょ!?)」
赤髪の少女の不満は口から漏れない。
「大丈夫だったか!アリアっ、ルロワさん!」
「ナオト!よかった、信じて待っ———」
「……」
駆け寄ると同時にアリアはばたりと倒れ込む。体力、精神力共に限界を超えていた。
直登は目の前の女が攻撃する様子が無いことを確認すると、アリアを抱え歩道の脇へと連れていく。
「あなた、どういうこと……その魔力は———」
ミラの驚きと畏怖の混じった声を聴き、ルネも初めてそれに気付く。背を向く直登の魔力に混在する、禍々しい魔力に。残忍で傲慢。その魔力を認知するだけで足が竦んでしまいそうな、今までの直登とはまるで異なる魔力。
「ありえない。ありえないありえないッ!
ミラは錯乱し、直登に向かい両手を
「———
白雪が舞う、クール駅前。直登の背後、雪の結晶を一つ一つを飲み込むように漆黒の針が幾千と形成されていく。まだこれほどまでに魔力が残っていたのかと
「さあ、恐れ
しかし、脅しと言うにはあまりにも滑稽に見えた。足はがくがくと震え、息は途切れ途切れ、薄暗い夜の闇の中でも青ざめた顔がよくわかる。
それを知ってか、直登は意識の無いアリアをそっとベンチにおくと再びルネの隣、アリアが元居た位置に立った。その間、女は直登が歩くのに合わせて両手を翳す向きを変えるだけで、攻撃は無い。
「どうしてそれを撃ってこない?何が怖くてそんなに震えている?何にせよそのまま何もしないで尻尾を巻いて逃げてくれると助かるんだけど」
「ッちょっと———」
ルネは挑発するような事を言う直登を止めようとするが、気まずさと、隣に居る男から感じる邪悪な魔力が男が直登である確証を彼女に持たせなかったため、それ以上口を出せない。
数秒、静寂が訪れた。ルネからすれば生きた心地がしない時間。その時間の後にミラは両手を戻し、無数の針は形が崩れ影に戻った。
「そう、見逃してくれるんだ」
直登がそう言うと、女は影の中に潜り、その姿は見えなくなった。赤髪の少女は、お下げを揺らしながらキョロキョロと注意深くあたりの影を見渡す。
「心配しなくていいよ、ルロワさん。あの女はもう危害を加えるつもりは無さそうだ」
「……なんで、そんなことが分かるのよ」
既にアリアの方に向かって歩いていた直登は背を向けたまま答える。
「あんな怖気づいた目をした
「女の子って、三十路過ぎよ……ってそんなことよりナオト君のその魔力……」
ルネが直登の魔力を注視すると浮かび上がる3つの痕跡。首と、両拳。局所的にその三カ所から禍々しい魔力が感じられる。それも体内から湧き出るような魔力ではなく、借り物のような、ただそこにあるだけの魔力。
「これは、魔力の痕跡……!?でも、そんなはずない。これが魔力の痕跡だっていうなら、これを残した魔術師の魔力量はさっきの女やアリアさんの比じゃないわよ!?それに、別れる前のナオト君にはこんな物付いてなかった———」
「……いや、多分さっき付けられたものだと思う」
白雪は夜が深まるにつれて吹雪へと変わっていく。三人は大学への報告を終え、今晩は新市街のホテルでの宿泊を余儀なくされた。ルネにとって少なくない不安があったが、転移門もいくつか離れた町にしかなく、時間帯や天候、何よりも自身やアリアの疲労を考えると抗いようのない判断であった。
「流石にあの可愛らしい感じで三十路過ぎはないだろう……」
ホテルに着き、シャワーを浴びてから、一息ついていた。二つのベッドと、二つの椅子。一人には広すぎる部屋が今の直登にとっては丁度良く、眼下に広がる街と星空を窮屈に狭める山がスイスに来ていると改めて実感させる。
ひとしきり一人時間を楽しんだ後に、約束通り赤髪の少女が直登の部屋に訪ねて来た。直登は彼自身の記憶障害の話、二人が別れた後に出会った日本人魔術師の話をして、ルネからは話を聞かずに飛び立ってしまったことについての謝罪があった。そして、攻撃されないと分かり切っていたとしても直登の挑発的な言動が軽率であったことに対して、周りの人の安全も考えろと説教をくらい、最後に彼女は首を傾げて直登に聴く。
「ナオト君は死ぬのが怖くないのかな?」
「怖くないよ」
即答であった。その後も軽口で質問が飛んでくると直登は思っていたが、実際はそうではなかった。無言。赤髪の下から覗く黄金色の瞳は哀れみを含んだ感情で彼を見ていた。
「俺、家族がいないんだ」
無言に耐えきれなくなった直登は、窓の外に広がる景色を見てそう言った。
「メテオラの時に俺以外の家族が全員亡くなって———」
もう何度目だろうか、この話をするのは。あまり面白くも無い話であり、それも反応に困る内容。多くの人は彼の話を聞き、哀れみや共感をもって「つらかったね」や「かわいそうに」などその場
「———それで、この大学に編入したってわけ」
また、いつものような言葉がかけられる。直登はそう構えていた。それは怯えているようにも見えたかもしれない。
「ナオトくん」
しかし、そんな直登の手を取り、彼女は言う。
「私達、友達になろうよ!」
「と、ともだち……?」
意表を突かれ、直登は戸惑った。
思えば、彼自身に友人が居た記憶が極端に少なかった。無論、幼い頃には多くの友人に囲まれ日々を過ごしていた。しかし彼らは一人残らずもう生きていない。それから10年間、「仲間」には恵まれたがアリアを除き、「友達」と呼べる存在からは離れた暮らしであった。
「そう、友達。ナオト君友達って知ってる?一緒にご飯食べたり、一緒に講義受けたり、一緒に遊んだり、旅行とか行っちゃったりして」
「それは分かるけど、なんでそんな急に……同情でもしてくれた?」
直登の問いに、彼女は首を横に振る。
「だって直登君の話を聞いていると、死ぬのが怖くないんじゃなくて、生きている理由が無いように聞こえるんだもん」
「すごい辛辣なこと言うんだ」
口ではそう言ったが、内心妙な納得感があった。「生きている理由が無い」その言葉は、確かに彼のこれまでの人生を象徴しているものであった。
「俺って一体……」
どうして、生きようとしているのだろうか。人生で何度目か、そんな疑問が彼の中に浮かぶ。死ぬのは怖く無いが、死なないよう、毎食飯を食べ、睡眠をとり、将来のための節約さえする。何となく生活し、何となく生にしがみ付く。
ルネの透き通ったように綺麗な瞳は、まるで最初から直登のそんな人生を見透かしていたようであった。
「だから私は、ナオト君の生きる理由の一つになってあげようと思って———」
一見押しつけがましいようにも見えるその言葉が、直登に新しい風をもたらす。
「なって
直登は手を握られたまま、笑っていた。
「ありがとう、ルロワさん。これからよろしく」
そして、すんなりと直登は赤髪の少女の提案を受け入れた。
外の凍てつくような寒さとは違い、部屋は暖かい空気で満ちている。窓から見える美しい夜景も、徐々に光の数を落とし、長い一日の終わりを予感させる。
「こちらこそ、ずっと仲良くしようねナオト君」
子供の頃に誰しもがやるような、そんな約束であった。
12月3日、古都クールで起きた一連の事件は民間人35名、魔術師1名の犠牲を出し幕を閉じた。アルテイア魔術捜査局の調査と、演習として現場に向かったルネ・ルロワやアリア・ハワードらの証言から、今回の事件の犯人はエラ・ミラと名乗る魔術師で、ミラは「人形使い」の幹部的存在であることが示唆された。
その後の更なる調査で、これまでの様々な事件における魔力の痕跡が今回の魔力の痕跡が一致したこと、また他の人形使いの構成員とは一線を画した実力であることから、当局はエラ・ミラを人形使いの五人の幹部の内の一人と断定し、魔力の痕跡と共に重要指名手配犯として魔法界全域に通達を出した。
結界から始める魔術入門 楠葉 夏梅 @natsumekuzuha
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