妹ハッピーエンド!
狭倉 千撫
序章① 妹スタート!
祝 1 也
『妹』。
『女』という偏に『未』という
女に未で妹。
未に女で妹。
未知な女。
未完成な女。
未熟な女。
それで『妹』という字はできている。
妹というのは、つまりそういう女なのだ。
まあ世界というのは広いので、自分の妹はそんなことはない、という人もいるだろうし、そういう他人の妹の存在を否定するつもりも毛頭ないが、しかしぼくの妹は、妹たちは、少なくとも、その字の成り立ち通りの奴らである。
未知で。
未完成で。
未熟で。
そして、ぼくの大切な妹たち。
今から語る物語は、ぼくが ―――
祝 2 也
「行ってきまーす」
ぼくはそう言って玄関を
妹たちはそれぞれ先に出てしまっているので、ぼくのその言葉に、返事をする者はひとりもいない。しかし、たとえ、両親が返事をしなくても、ぼくは諦め悪く、毎日そう言って家を出るのだ。もしかしたら、ある日突然、返事が返ってくる可能性というやつをぼくは捨てきれないのだ。そして、返ってくることのない返事を少し待ち、やっぱり返ってこないかと溜息をついて、結局外に出る ――― これがぼくの、あの日からの日課だ。
ぼくは学園へ向かう。
この状態のぼくが学園に行くなんて、ひどくおかしく見えてしまうが、ぼくも今年から十二年生(一般的に言うなら高校三年生)、つまり受験生なのだ。授業の欠席はそれだけで大学への道が絶たれるといっても過言ではないだろう。だからぼくの、この状態が、もしある日突然解消されて、普通になったときに勉強が
やはりまだ、そんな起きもしない可能性に身を委ねているのか。
この状態がある日突然解消されるなんて、そんな希望的観測は、早く捨てるべきだとわかってはいるのだが、それができるようになるには、どうやらぼくは、まだ子供過ぎるらしい。しかしながら、やはりというか何というか、少なくとも、ある日突然治ったとか、自然治癒とかは、ないと思う ―――
と、そんなことを考えていると、ぼくの前を知人が横切った。知人といっても、ただのクラスメイト程度の奴だったが、別に朝の挨拶をすることくらい、普通はやぶさかではない。
だが、今の状態のぼくには ――― つまり普通の状態でないぼくにはそれが
やぶさかであった。
「よう、おはよう! 田中」
しかし、ぼくはやはり諦め悪く、玄関での挨拶同様に知人に声をかけるのだった。そして、
「…………」
いつものように、何の反応も返さずに、ましてや登校の足を緩めることも、勿論する筈なく、知人はスタスタと学校のほうへ向かって行った。
この状態が始まって、もうすぐで二ヶ月が経とうとしている。それでもやはり、これは慣れないな。
ぼくは、その知人を追うように、後に続いた。
祝 3 也
さて、学園である。
『私立
初等部(一般的に小学過程)、中等部(中学過程)、高等部(高校過程)がある、巨大な学園であり、ぼくと、長女の未千代が高等部で、それぞれ十二年生、十年生(高校一年生)、次女の菜流未が中等部で、八年生(中学二年生)、三女の兎怜未が初等部で、四年生(小学四年生)に属している(わかりにくいと思うので今後学年に関しては一般的な呼称をすることとする)。
中等部から行うことができる部活動も結構豊富で、しかもそのどれもが好成績を残している。
それなのにぼくら兄妹は四人中ふたり ――― ぼくと菜流未しか部活動に属していない。加えて部活動に属していると言っても、ぼくは唯一といっても良い程の弱小部活の吹奏楽部、次女の菜流未はそもそもあまりスポットの当たらない料理部にそれぞれ属している始末である。ちなみに長女の未千代は未所属、三女の兎怜未はそもそも部活動を行えない。尤も、未千代には部活動など、やっている暇がない程、他のことで忙しいだろうし、ぼくもぼくで、現在のこの状態からして、属しているとはとても言えないものとなってしまっているのだが、まあそれは今のところはさておくとして。
ぼくはいつものように、誰にも挨拶されずに、教室に入り、自分の席に着く。
どういうわけかぼくの席だけは
ぼくの隣の席の彼女も、どうやら登校してきたようだった。周りの人たちに「おはよう!」と元気よく挨拶しながら、教室に入ってくる。
さて、ここで読者諸君の先入観を早め早めに解いて、否、砕いておきたいのだが、ここでいう『彼女』というのは、『She』という意味ではない。
『Girl Friend』という意味である。
もっとわかりやすく露骨に表現するならば『Lover』という意味である。
いやこれは、決してぼくの妄想とか願望とかではない。
彼女 ―――
……なんだ。その信じられないという目は。
良いだろう。ならば証拠を挙げてやる。
先ずは、その艶やかな朱色をしたボブカットの髪に装飾された蒼の髪飾り、そして大きな碧色をした瞳に、整った鼻筋の下には、健康的な桃色をした小さめの唇、そのさらに下の細々とした首に光る銀製のネックレスは、どちらもぼくがプレゼントしたものなのだ。
……え? 今の説明だと、むしろお前がプレゼントで意中の女の子を釣ろうとしているただのストーカーにしか見えない、だって?
ふむ。
確かに言われてみれば。
では、これならどうだ。
ぼくの右の腕に付けている白の字で『妹』と彫ってある黒色のブレスレットと、彼女の左の腕に付けている黒の字で『祝』と彫ってある白色のブレスレット。これはぼくたちが、付き合って一年のお祝いとして買ったお揃いである。
これなら十分な証拠となりえるだろう。
……それでもまだ足りないと?
そんなことを言われたら、寛容なぼくも流石に頭に血が上るというものだ。
「おはよう、妹奈」
「…………」
ぼくは、結果がわかっているというのに、彼女に話しかけてしまう。
「なあ、ぼくたち付き合ってるよな」
「…………」
話しかけても、返事は返って来ない。
「なあ……、おい……」
「…………」
当たり前だ。
だって今のぼくは、このような状態なのだから。
「ねえ……、あの……」
妹たちにしか存在を認知されない状態なのだから。
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