第六話 兄妹コラプス!
富 1 港
どうしてでしょう。
わたしはあれから ――― こうえんで、三人の男の子からいじめられて、それをなぞのふたりにたすけられてからというものの、男の子だけでなく、女の子からもさけられるようになりました。
まえまでなかのよかったやちよちゃん、ゆめちゃん、ようこちゃん、ららちゃん、りくみちゃん、るこちゃん、れいなちゃん、ろくろちゃんも、あそんでくれなくなりました。
どうしてでしょう。
そんなわけで、わたしはひとりぼっちでいることがおおくなり、がくえんからかえるときも、もちろんひとりぼっちだったのですが、この日はいつもとちがうことがありました。
わたしが、とぼとぼと、ひとりでいえにかえっているとき、ぜんぽうにしっている子が見えました。
あれは……、一夜ちゃん?
わたしの目は正しく、ぐうぜんその子がこちらにふりかえったのですが、ほんとうに一夜ちゃんでした。
「あんたは……、ふ、富港じゃないか。このみち、あんたのつうがくろだったのか」
一夜ちゃんもわたしに気がつき、こえをかけてくれましたが、そのひょうじょうは、けしてあかるいものではありませんでした。
こんにちは、一夜ちゃん。それにしてもそのせいふく……、一夜ちゃんもけいだいがくえんのせいとさんだったんだね。
「ん? あ、ああ、そういえばこのまえはかよっている学校まではいってなかったな。そう、わたしもけいだいがくえんのせいと、しかもおなじ小学一年生さ」
え……、そうだったの?
ぜんぜんしりませんでした。
けいだいがくえんににゅうがくしてから、もうすぐでさいしょのなつをむかえますが、いままでいっかいも、がくえんの中で一夜ちゃんのすがたを見たことがありません。
「いわれてみれば、わたしもあんたをがくえんでは、いっかいも見ていない……、まあクラスはちがうから、ありえないことではないんだろうけれど、それにしたっていっかいくらい、ろうかやトイレでばったり出くわしても、ふしぎではないのに……」
つまり、いまこのじょうきょうがふしぎだ、と一夜ちゃんはまた、むずかしいかおをしながらいいました。
一夜ちゃんはどうやら、いつもなにかをふかくかんがえて、むずかしいかおをするのがクセのようです……、たぶんほんとうはぜんぜんちがうのでしょうけれども、なんだかわたしのおかあさんと、にている気がします。
わたしのおかあさんも、いつも、なにかをかんがえているようなかおをしているからなのですが ――― 一夜ちゃんのそれに、つかれたようなかおが合わさったら、おかあさんのそれに、よりちかづくといったかんじでしょうか。
「そうだ……、『ふしぎ』といえば、あんた、さいきんまたいちだんとまわりからさけられているらしいじゃないか」
それもこんどは、女からも ――― 一夜ちゃんは、げんざいのわたしのことをどこからか、きいたらしく、そういってきました。
なんでしってるの?
「まえにもいったろ。あんたはけいだいがくえんいちのびしょうじょなんだ。そんなやつのうわさは出まわらないほうがおかしいというものだろう?」
だろう? といわれましても。
しりませんよ、そんなこと。
「ま、その女たちと男たちでは、そのいみあいはちがうと、わたしはおもっているけれど」
どういうこと?
「たぶん、女たちはあんたをきらいになったからさけはじめた、というわけじゃない。あんたとなかよくしていると、まわりの男たちに、なにをされるかわからないから、さけざるをえなかった、ということなんだろう」
………………わたしとおなじように。
一夜ちゃんはそういいました……、わたしとおなじように?
「……ほんとうはもっと早く、わたしはあんたにあいにいくべきだったんだ。それなのに、まわりからの目がこわいというりゆうで、あんたによりそってやれなかった。いまおもえば、わたしとあんたががくえんの中であわなかったのは、むいしきとはいえ、わたしがあんたをさけていたからなのかもしれない……、すまなかった」
あんたにはたすけてもらったおんがあるのに、それをあだでかえすようなことをして。
…………。
…………そうかな?
「え?」
わたしはいいます。
おもったことを、しょうじきに。
ごうがくんたちのおどしにまけて、うそをついてしまったこともあったけれど、いまはそういう子たちはいない。
ここにはわたしと一夜ちゃんしかいないのだから。
だから、しょうじきものになろう。
一夜ちゃんは、それでも、わたしに気が付いたら、こうしてこえをかけてくれたじゃない。ほんとうにわたしをさけているというなら、いまここでこうしておはなししていることが、おかしいとおもわない? がくえんでおたがいにあわなかったのは、ほんとうにただのぐうぜんなんだよ。だから気にしないで。むしろわたしに、はなしかけてくれるおともだちがいてくれたって、わかっただけで ―――
……あれ。
どうしてでしょう。
ことばがつづきません。
「富港、あんた……、ないているのか」
一夜ちゃんにいわれてようやく気づきました。
わたしがことばにつまったのは、ないているからです。
しゃっくりでこえが出なくなったのです。
ああ、そうなんだ……。
気づいてしまいました。
わたしはおもったより、いまのこのじょうきょうに、かなしくならないのだな、おちこまないのだな、こころがつよくなったのだな、とじぶんのことを、そのようにひょうかしていたのですが、それはただたんに、わたしのこころが『まひ』していただけだったのです。もともと、男の子からは、いまのようなじょうきょうにされていたので、それが女の子からもさけられるようになっただけだと、そうかんたんにかんがえて、あるいはかんがえないようにしていただけだったのです。
やちよちゃんから、ゆめちゃんから、ようこちゃんから、ららちゃんから、りくみちゃんから、るこちゃんから、れいなちゃんから、ろくろちゃんからさけられていることを、わたしはさっき、『そんなわけで』とあっさり、おはなしをくぎっていたわけですが、それだってほんとうは、おかしいのです ――― 『まひ』。
「それがどんなにおかしい行為や言動、そして境遇だったとしても、それが当たり前の環境で、長期間生活してしまえば、それに対する感覚や違和感が『麻痺』してしまう」 ――― おかあさんのことばです。もっとも、男の子のほうはともかく、女の子にさけられはじめたのはついさいきんのことなんですけれど、もんだいはたぶんそっちじゃなくて、やはり男の子からのあつかいです。そちらになれてしまっていたから、女の子から、にたようなあつかいをされても、なにもおもわなかったのでしょう。
だけれど、一夜ちゃんが(わたしはそうおもっていませんが)わたしをさけていたことについてあやまってきて、その『まひ』がとけた。
わたしにはまだ、おはなしをしてくれる子がいたと気づいてしまった。
だから……、ないてしまった。
ほんとうは、さびしかったんですね、わたし。
「だいじょうぶだ」
と、ここで一夜ちゃんが、ないているわたしをだきしめてくれました。
とつぜんのことで、すこしおどろいてしまったけれど、そのぬくもりをかんじて、だんだんとここちよくなってきました。
「一度あんたをさけたわたしがいえたものではないかもしれないが……、もうぜったいにあんたをさけない、もうぜったいにあんたからにげない。だから ――― 」
富港。
わたしと、ともだちになってくれ。
……もう。
「?」
だから、一夜ちゃんは、わたしをさけたりなんかしてないって。
でも……。
ともだちになってほしい、っていうのは、わたしもおんなじ気もちだから……。
一夜ちゃん。
わたしと、ともだちになってください。
田 2 中
そもそも、僕が君の存在 ――― 或いは非存在に気付いたのは、昨日の朝だ。
尤も、君が便箋の偽装をしたのが、昨日の朝からだと思うから、もっと正確に、わかりやすく言うなら、かなり始めのほうから気付いていた。
え? 僕がその便箋を見て、それに対する返事の便箋を書いていたじゃないか、って?
そんなの演技だよ、演技。まあ幽霊に、果たして演技なんてものが、それも素人の演技が、通用するのかはわからなかったけれど、結果はこの通りだった。
もしかして、幽霊にも演技や嘘を見破れない、純粋な心の持ち主ってのがいるのかな? それなら是非、紹介して欲しいね。僕の持つ情報がまたひとつ、増えることになる。
或いは、君自身のことでもいいよ?
むしろ君の話を聞きたいな……、まあ今は僕がここに至るまでの話に戻すけれど。
そう、だから今言った通り、情報を集めることに関しては、他に右に出る者はいないと自負し、周りからも有難いことに、そう評価してもらっている僕だけれど、演技に関してはからっきしだったからね、僕としてもかなりの賭けだったわけだ。
僕の情報はあくまで学園に関するものに絞っているから……、そうだね、言ってみれば、この学園の演劇部の部員に関するスキャンダルは情報として知っていても、演技そのもののコツ、みたいな情報はなかったわけだ。もしも事前にこういうことがあると伝えてもらっていれば、その情報を収集し、今回の件に臨んでいただろうがね。
とにもかくにも、突貫工事の演技で勝負したわけだ、僕は。賭けで言うなら、オールインってやつさ。とはいえ、台詞のある演技ならともかく、動作だけの演技なら、存外、人を騙せるもんなんだね。
人じゃなくて、幽霊かな? まあどちらでもいいけど。
ん? はぐらかさないで、僕がどうして、手紙の偽装に気付いたか、教えて欲しいって?
……本当にわからないのかい?
いや失礼。別に馬鹿にしているわけじゃあないよ、決して。
じゃあ、説明するけれど……、人には字を書くときに、癖や綺麗さなど、様々な特徴が出るんだよ。僕は彼 ――― 畝枝野くん本人とは、既に何回か便箋のやり取りをしているから、その様々な特徴は、わざわざ情報というまでもなく、知っていたんだ。
それなのにある日、その特徴から著しく逸脱した、なのに差出人の名前が畝枝野くんだった便箋を見て、僕が何も思わないと思うかい?
だからそれに気付いた、つまり思うところがあった僕は、便箋の中身を見てから、とっさに賭けに出たわけさ。
僕は、君に気付かれないことに賭けていて、君は便箋の偽装に対する配慮に欠けていた、というわけさ。
……ふむ。この説明では、あくまで僕が、便箋の偽装に気付くまでの経緯の説明だってだけであって、その犯人が君だと ――― 幽霊だと目星をつけた説明にはなっていない、と。
確かにその通りだ。それは、これから説明するつもりだったんだよ。
……その前にひとつ、僕からもいいかな。
君はさっきから、チョークをプカプカ浮かせながら、黒板に文字を書くことで、僕に質問や意見をしてきているけれど、声を出すことは出来ないのかい?
……ふーん、そうなのかい。なら仕方ないね。まあ人間の僕からしたら、チョークを浮かすより、声を出すほうが簡単だと思ってしまうが、やはりそこは僕と君で、決定的に違う摂理に基づいている、ということなのだろう。
人間と幽霊で。
そうだね、本来は人間の誰かが仕掛けた悪戯だと推理するのが普通だろう。推理小説でも、或いは漫画でも、まさか「犯人は幽霊です!」と推理する探偵は、中々いないだろうね。先ず、生きている誰かを疑うのがセオリー……、というのすらおこがましいくらいに常識であり、定石だ。
当然僕も、その疑いから始めるべきだったのだろうけれど……、いや、『あんなこと』がなければ、僕もセオリー通りに、或いは常識的に、定石的に、啓舞学園の誰かから疑い始めていたのだろうし、事実、最初の最初は、幽霊なんて突拍子もない正体の犯行だなんて、僕も推理はしなかったさ。しかし実際はそうではなかった。
僕は非存在の存在を、疑った。
ふと、思い出したことがあったんだよ。
今から約二週間前 ――― 丁度、畝枝野くんが、笹久世 菜流未さんを好きだという噂が拡散した頃だったかな、僕は不思議な体験をしていたんだ。
具体的には、登校中に突然、何処からともなく大きな音がしたり、耳元に突然、通常ではあり得ないようなピンポイントで奇妙な風が当たったりね……、感覚的にはそうだね、まるで人間に耳元で息をフーっと吹きかけられるような感じさ。でも、いずれも振り返ってみても、誰も、何もいない。人間どころか、動物や虫すらも。
……先程、ひとつと言っておきながら、もうひとつ質問してしまって申し訳ないのだけれど、あの不思議な悪戯もやはり、君の仕業だったのだよね?
……『なななな何のことかな~?』って。
文字で表現しているのに、嘘がバレバレだよ。何で『な』を沢山書くんだよ。それとも、わざとやっているのかな。そうじゃないと『な』をそこまで書き連ねるなんてこと、しないもんね。
……そうなんだよね?
まあそれはともかく、元々僕は、幽霊をあまり信じていないタイプだったんだけれど、自分がそういった体験をすると、やっぱり意見が変わるものだね。事実僕は、もしかしたら今回の件は、二週間前にあったあの不思議体験と何か関係があるんじゃないか、と邪推してしまったに至るわけだし。
まさかその邪推が、正解を引き当てるとは思っていなかったけれど……、そう、勿論この推理に可能性を百パーセント置いていたわけではない。むしろその可能性は、かなり低く見積もっていた……、とっさに便箋の返事を書く演技をしたのだって、途中で何をしているのだろうと自分で自分が恥ずかしくなったくらいさ。『邪推』と言っているところからも、そこはわかってもらえると嬉しいな。
僕もそこまでのギャンブラーじゃないからね。
オールインしたのはあくまで演技そのものについて、だよ。
幽霊が犯人だという可能性そのものは低く見積もっていたけれど、その幽霊を騙すための演技をやるからには全力を尽くした、といったほうがわかりやすいかな?
だから、最後の最後まで、幽霊による犯行なんて信じていなくて、当然人間による犯行だって思っていたさ。『かなり始めのほうから気付いていた』のはあくまで便箋の偽装だけ、ということなんだよ。
だから最初の言葉を、より正確に、より厳密に修正し、まとめるとすると、便箋の偽装はかなり始めから気付いていたけれど、その犯人が幽霊だということは最後の最後まで疑っていた、ということになる。
ちなみに『最後の最後まで』というのがどういう時までかと問われれば、僕がその邪推を邪推だと判断するために、万が一の、一応の、大事をとっての、念のための、念には念を入れての、もしものための、保険の確認で、中等部のこの教室を訪れてみたら、プカプカと浮いている便箋を目の当たりにすることになった、その直前まで、さ。
さて、此度の僕の行動に関する経緯は、ざっとこんなところだけれど……、そういえば君は、その便箋の中身は見たのかい?
そう、畝枝野くんが返事を書いた、その便箋さ。もしかして、僕が教室に入ってきたことで、まだその中身は見ていないのではないかな?
……うん、だったら、見てみるといい。否、何せ、別に探偵でもない僕が、情報収集以外に何の取り柄もない僕が便箋の偽装に気付いたくらいだ。
ましてや頭の良い畝枝野くんのことだ、そう考えると、その便箋の中身は、もはや見るまでもないかな?
祝 3 也
[あなたは誰ですか?]
そう、書かれていた。
そうだ。
そうだそうだそうだ。
なぜぼくは思い当たらなかった、思い至らなかった。
いや、厳密には思い当たっていたのだが……、と言うのも、ぼくは彼らに、便箋をしたためる(或いは偽装する)際に、いつも自分が書くような文字で書いてはいけないと考え、意図的に筆跡の特徴を消したような字で綴ったのだった。
それで、この問題を突破できると考えたのだった。
バレないと思ったのだった。
馬鹿かな?
意図的に筆跡の特徴を消して効果があるのは、それを自分が書いたのだと悟られないようにしたい時だけで(そんな時あるのか)、誰かのふりをして書きたい時には、全く意味のない行為だ……、というかそれはそれで、田中の説明した通り、むしろ違和感しか生まれないだろう。
まあ……、自己弁護をするつもりでもないが、そもそも昨日のぼくはまだ、便箋が妹以外の人間 ――― 一般の人間に読まれるのか、半信半疑、どころか微信巨疑(そんな四字熟語はない)で、それがまさかの成功という結果に終わり(この時はそう思っていたが実際は、失敗も失敗、大失敗だったわけだ)、その結果ばかりを注視し過ぎて、他のことまで考えることが出来なかったのだろう……、微信巨疑だったからこそ、準備が疎かになったとも言えよう。たられば論法になると、そして先程の田中の台詞を借りると、つまらないかもしれないが、もし一般の人たちへの便箋によるアプローチが可能と事前に知っていれば、田中と畝枝野の筆跡を確認したり、練習をしたりなど、入念に準備を出来ていたことだろう。
ついでにもうひとつ言い訳(自己弁護)をしておくと、タイムリミットがぼくを焦らせたということもある。
具体的にいつまで、というものはなかったが(それでも、もしかしたら、ぼくの知らないところであったかもしれないが)、いつ結論に達してしまうか ――― いえす一味に
呑気に準備をすることはできなかった。しかしそれを怠った割には、あっさりと田中に、ぼくが書いた便箋を認知してくれたという事実に、何かと浮かれていた。
結果的に、普通の人だったら誰でも気付くような初歩以前のミスを、見過ごしたというわけだ。
結果的に、田中の芝居にまんまと引っかかったというわけだ。
結果的に、己の欠陥を招いたというわけだ。
そしてこれは、言い訳とか自己弁護とかではなく、ただの負け惜しみ、というか愚痴なのだが、相手が悪過ぎた。
本人は『情報収集以外に何の取り柄もない』とか言っていたが、普通あの局面で、咄嗟に幽霊の仕業だと推理して、演技をしよう、という判断が出来るものか?
正確に測ったわけではないが、多分数十秒もなかったぞ、田中がぼくの用意した偽便箋を見てからその返事を書こうとする動作を始めたの。
そんな滑らかな動作を見せられたら、嘘に疎い疎くない関係なく、大抵の人間が騙されると思うのだが。
本人は『演技は素人』と言っていたが、もしかしたら、情報通だけでなく、俳優業とかも向いているのではないだろうか。あの自然の動作なら、完成された人間と名高い畝枝野 凪すらも、ひょっとしたら、欺けるかもしれない。
一方で、本当の意味で何の取り柄もないぼくは、と言えば、その畝枝野 凪にもしっかりと便箋の偽装がバレていた。
……とまあここまでは、ぼくのやらかしという、マイナスな面が前面に、或いは全面に押し出されてしまったが、ひとつだけ、収穫もある。
ぼくという存在が、あの大喧嘩の日以降初めて、妹と縞依以外の一般人に認識された。
ただし、『幽霊』というかたちで。
……色々起こり過ぎじゃない? この一連の流れで。
冷静になってみると、やはりこれは『収穫』と言って良いものなのか、疑問に思えてくるし。
「さて、じゃあ次は、いよいよ君の話を聞かせてもらおうかな」
……え?
「『え?』じゃあないよ。さっき言っただろう? 君の話を聞きたい、と」
いや、言ってたが……、それって今話さないとなのかよ。
というか話さないとなのかよ、あれは一種の冗談みたいな、軽口みたいなものだと、勝手に処理してしまっていたのだが。
こちとら、これからのぼくの動きをどうしていこうか、という話題で頭の中がいっぱいなんですけれども。
いっぱいいっぱいなんですけれども。
「ふむ……、『もう少ししたら他の人間が来るかもしれない』と。確かにそうだね、幽霊の君ならともかく、人間の僕がこの校舎に忍び込んだのがバレるのはマズいな。たとえかつて通った学び舎でも、立派に不法侵入なのは間違いないからね」
僕の今後の活動に支障をきたしかねない。というか、確実に支障をきたす、と田中。
咄嗟に思いついた言い訳を黒板に書いたにしては、良い反撃だったらしく(咄嗟にしたことが上手くいく、というのはこういう感覚なのか)、じゃあ今、君の話を聞くことは、ひと先ずやめておくよ、と続けて田中が言う……、ひと先ず?
「そう、放課後になったら改めて話し合おう。『話し合おう』と言っても、僕が口頭なのに対して、君は筆談だがね。ああ、そうだ。このまま逃げて、なかったことにしよう、なんてことはオススメしないよ。さもないと……、おっと、これでは脅しになってしまうね。正義のすることではないな。うん、だからまあ、気が向いたら放課後に『ここ』へ来てほしい」
と言いながら田中が渡してきたのは、高等部校舎内の地図だ。その地図に赤い丸で『教室』が示されている。
「君は別に、ある特定の場所にしかいることの出来ない地縛霊の類ではないのだろう? 登校途中の僕に悪戯を仕掛けてきたことから、それはもう訊かなくてもわかっているよ。それにここは僕と君が互いに騙し合った場所だからね」
そう、『この場所』は。
ぼくのクラスの教室だ。
次 4 女
あたしは笹久世 菜流未。それ以上でもそれ以下でもない、ただの笹久世 菜流未だ。
シュク兄があたしのことを、どういう風に紹介しているのかはわからないけれど、あたしはあたしでしかないのだし、あたしはあたしで、あたしは笹久世 菜流未だ。
……こんなわけわかんないことを言って、自己紹介もまともに出来ないから、シュク兄に馬鹿だ何だと言われるんだけども、まあそれはあたしも半ば認めているところだし、今更わーきゃー騒がない……、ああ、そうは言ってもひとつだけ、あいつがあたしの紹介に際して、絶対に話しているだろう事柄があるね、今思い付いたけれど。
どうせ、馬鹿って言ってるんだろうなあ。
「ぼくより百倍馬鹿だ」とか言っている我が兄の姿が容易に想像できる。
幾らそれを自身で認めていると言っても、そこまで拡大的な宣伝をされると、流石に頭にくる。
おたまでボコボコにしてあげる、と宣言したくなる。特に手足を重点的に攻めれば、行動が制限出来るよね。
……おっと、いけないいけない。
これじゃあ、あたしのイメージが暴力的な馬鹿になっちゃう。
そうじゃないんだよ?
さっきも言ったように、どうせシュク兄のことだから、あたしのことなんて、マイナスな紹介しかしてくれていないと思うけれど、あたし自身がそれを実行してちゃあ、あいつの思うつぼだ。わーきゃー騒ぎはしないけれど、取り立てて、あの兄の思い通りの妹になってやる道理はない。
むしろ、シュク兄が嫌がるような行動に打って出てこそ、笹久世 菜流未だという気がする。
だったら、今回もそうしよう。
いつも馬鹿だと、あたしを罵ってくれやがる(またやっちゃった。暴力的な馬鹿というプロフィールに暴言が追加されちゃう)シュク兄だけれど、ここであいつに一矢報いるために、馬鹿じゃないあたしを見せよう。さしあたっては、しっかりとしたあたしを見せよう。すなわち、しっかりと自己紹介をしよう。
自己紹介。
あたしは笹久世 菜流未。さっきはただの笹久世 菜流未だ、と大雑把、というよりただ単に雑に終わらせてしまったけれど、ひとくちにただの笹久世 菜流未と言っても、様々な笹久世 菜流未がいる。様々なあたしがある。
いるし、ある。
私立啓舞学園中等部二年に籍を置くあたし。料理部に所属しているあたし。というかこう見えても、料理が超得意なあたし。何ならそこで培ったスキルで、お母さんが夜勤の時に限り、家族の朝食まで作っちゃうあたし。困っている人がいたら、ついつい助けたくなっちゃうあたし。その影響からか、いつの間にか学園のみんなから支持されるようになったあたし。
勿論、シュク兄が先に紹介しているであろう『馬鹿』なあたしとか、『暴力的』なあたしと言うのも、何度も言っているように認めるところではあるよ? だけどその度合いは、他の人より、ちょーーーーーっと頭が悪くて、すこーーーーーしヤンチャなだけだと弁解したい。
と、これが主なあたしの姿なわけだけれど、他にもまだまだここでは説明し切れないくらい色々な姿も軒並みすべてひっくるめて、あたしであり、ただの笹久世 菜流未というわけ。
まあ、こういった色々な姿があることを、所謂多面性と言うのだけれど、これは何もあたしだけが持った特徴ではない、といった注釈は(わかってもらえるとは思うけれど)、一応しておいたほうが良いかもしれないな。「人は誰しも多面性を持って生きている」なんて言うと、シュク兄なら、そこからまた更に話を掘り下げるのだろうけれど、あたしは別にそんな話がしたいわけじゃあないから、ここではあくまでその注釈だけに留めておくけれど。
さて、それじゃあ自己紹介ついでに、さっきからチラッと名前が出ているシュク兄をはじめとした、あたしの周辺にいる人たちの紹介もして、馬鹿じゃないあたしというイメージをより強固なものにしていくことにしよう。尤も、その殆どは、シュク兄が既に紹介し終わっていると思うから、しつこくならないように、さらっとさらうだけにしておこう。そういう配慮もできるのが、あたしだ。
周辺の自己紹介。
自己紹介ではなく、他己紹介、と言ったところかな? 他己紹介なんて言うと、まるでタコさんを紹介するみたいだけれど、あたしが紹介したいのは、笹久世家 ――― つまりあたしの家族でありタコさんではない……、タコさんを沢山紹介したいのは家族じゃなくて、海賊とかじゃない? お互い海をテリトリーにしているんだし。知らないけれど。もしかしたら海賊は、タコさんを紹介したいんじゃなくて、哨戒すべき対象として見ているのかも?
お父さん、笹久世 忠。真面目、実直。
お母さん、笹久世 縞依。ふわふわ、にこにこ。
お姉さん、ミチ姉、笹久世 未千代。おしとやか、たまに暴走。
妹、ウレミン、笹久世 兎怜未。物静か、天才頭脳。
そして、兄。
シュク兄、笹久世 祝也。あたしの嫌いな人、そして。
…………そして。
多分、あたしの初恋だった人。
まあ『あんな』の、今思えば、ただの錯覚だったのだろうし、幼少期故の勘違いだと言われれば、「そうだね」と普通に納得できてしまえそうな程、その想いはもう消失している……。そもそも、その時の記憶自体も、既にまあまあ曖昧だし。
何だったっけ……、ああ、そうだ。あたしたちの本当のお母さんが、まだ生きていた頃、あたしとお母さんが喧嘩をして、あたしは幼少ながら、家出をしようとしたんだ。その時、シュク兄が、どういうわけか「お前がこの家を出るくらいなら、ぼくがこの家を出る」とか言って、本当に家出をしたんだっけ……、尤も、その後三十分くらいしたら、シュク兄は普通に帰ってきたんだけれど。
ある程度成長した今では、当時の訳の分からない兄の言動や行動に、只々ドン引きしてしまうあたしだけれど、あの時のあたしは、なぜかとても嬉しかったんだ……、多分シュク兄が、あたしを、お母さんから守ってくれたと、庇ってくれたと思ったのかな。
だからこそ、現実時間では三十分でも、当時のあたしは、シュク兄の帰宅が、何時間分にも、何日分にも、何年分にも感じた ――― あたしを守ってくれたシュク兄が、あたしのせいで、もう二度と返って来ないんじゃないかと、シュク兄が帰ってくるまで、ずっとずっと、泣いていたんだっけ。でも前述したようにシュク兄は帰ってきた。そして帰ってきたシュク兄にあたしは、
「あたし、将来、シュク兄のお嫁さんになる!」
と言いながら抱きついた……、それからしばらくは、兄が大好きな妹、って感じだったっけ。
……たはは、我ながら、お恥ずかしい。
思い出してみても、別に感動的なストーリーが、或いはヒロインが主人公に心底惚れ込んでしまうような救いを受けるようなストーリーが、笹久世 菜流未と笹久世 祝也の間で繰り広げられた、ということは全然ない、むしろただの、いち家族の日常の一ページだ。そりゃあ、忘れそうにもなるよ、たとえそれが、馬鹿なあたしじゃなくても……、例えば天才頭脳で記憶力も当然のように抜群なウレミンが、同じ境遇を体験したとしても、忘れそうになっちゃうんじゃないかな、こんな思い出。もっと言うなら、こんなのを果たして初恋にカウントしても良いのかと、苦言を呈したくもなっちゃう。
みんなの人気者の黒歴史ってやつかな。
でもどうだろう。
兄妹って、そういうもんなんじゃないかな。
他の家庭を実際に覗いてみたわけじゃないから、すべての家庭がこう! とはとてもじゃないけれど言えない、でも少なくともうちの家庭に限って言えば、そうなんだと胸を張って言えるし、実際多くの家庭で、同じような経験があるのではないかとも思う。
兄妹なんて、小さい頃は、当たり前のように喧嘩をするのと同じくらいに、当たり前のように好きになっちゃうものなのだと、あたしは思う。
何でもない日常の一幕で、好きになっちゃったり、結婚の約束なんてしちゃったり、ね。
そしてそれをたまに、甘酸っぱい思い出としてではなく、甘酸っぱさの中に、少々苦々しい味がするかのような思い出として、思い起こす、今のあたしのように。
ではなぜこんなことを、今のあたしは唐突に思い出したのか、と問われれば、それは今日の早朝に、シュク兄を除く笹久世家のみんなの朝食を作っている際に、慌ただしく学園に向かう、シュク兄を見て、その姿が、あの時の家出するシュク兄の姿と重なったからだ。
……これが、デジャブというもの?
でも何だかこれは……。
あたしは、今度こそ、シュク兄はもう二度と、あたしのもとに帰らないんじゃないか、という不安に駆られた。
「…………ふんっ。まあもう、あんな奴、好きでも何でもないから、別にいいんだけれどね!」
「誰が好きでも何でもないのですか?」
「ふぎゃあ⁉」
ふぎゃあ、って。
自分で自分のあげた叫び声にドン引きしてしまうが、今はどうやら、ドン引いている場合じゃあなかったらしい。
「ミ、ミチ姉! いつからいたの⁉」
「今しがた目が覚めまして、
つまり、たった今ここに来たばかりです、ときょとんとした顔をしながらも、ミチ姉は相変わらず、年下の、というか妹のあたしに丁寧な口調で淡々と答えた……、悪く言ってしまうと、いつもこの姉は、何処か他人行儀なんだよね。もっと、親しみを持って接して欲しい、と妹のあたしは、柄にもなく素直にそう思う、家族なのだから。
「ふむ……。私としては、これでも親しみを持って、菜流未さんとも接しているつもりなのですが……」
なんと、自覚がないのか。
無自覚でソーシャルディスタンスを取られていた。家族なのに。
ドメスティックディスタンスでやっていこうよ、まあ一方で、シュク兄とミチ姉の距離間は流石に近過ぎるんだけれどね。あれはあれで、ドメスティックディスタンスすら越えた距離間だ。それこそふたりは一度、ソーシャルディスタンス並みに距離をとったほうが ―――
「私と祝也さんの仲を、距離を引き裂くなら、幾ら菜流未さんでも許しませんよ?」
怖っ。
こんな優しい声で、優しい口調で、優しい笑顔で恫喝する人っているんだ。
「うーん、ミチ姉からしたら親しく接しているつもりでも、やっぱりあたしとしては、もっとミチ姉とも仲良くしたいな。シュク兄とミチ姉の距離間程じゃなくても全然いいから。いやむしろその距離には絶対に来て欲しくないけれど」
「私と歩み寄りたいのか、距離を取りたいのか、よくわからない発言ですね」
これが祝也さんの言っていた、ツンデレの本家というものなのでしょうか、とミチ姉。あいつ、ミチ姉に何を吹き込んでんだ。
大体さっきのは、ツンデレではないと思う。強いて言うなら、先に甘えたことを言って、後で厳しいことを言っているから、デレツンかな? いやそんなことはどうでも良いけれど。
「それで、好きでも何でもないというのは、その祝也さんのことを言っているのでしょうか?」
本当にどうでも良かった。
ツンデレがどうとか、デレツンがこうとかを考えている暇があったら、その話題について、有効的な、或いは友好的な言い訳を考えておくべきだった。ミチ姉を ――― 『多分こういうタイプは怒らせたら一番ヤバイ』の代表みたいなこの姉を怒らせずに、友好的に思ってもらえる言い訳を。
というか、てっきりどうでも良い雑談のお陰で、その話題は水に流れたとばかり思っていたけれど、全然流れていなかったのね。
むしろ、ミチ姉にしてみれば、まだまだ渦中の話題だったみたい。
「あ、あのっ。そり、そ、それはですね」
ヤバーイ、噛んだし、声が裏返ったー。
これじゃあ、嘘がつけないシュク兄と反応が変わらないじゃんか。
やっぱり兄妹の血は争えないんですかねえ。
「ふふっ」
しかし、ミチ姉はそんな醜態を晒したあたしを見て、これまたおしとやかで上品といった感じで、小さく。
「わ、笑ったな!」
幾ら所作が綺麗だからって、ミチ姉がしたことは嘲笑だからね?
「あ、ごめんなさい。そうではなくて」
ミチ姉は怒ったあたしを見て、咄嗟に釈明した。
「ぎゅ」
「えっ」
釈明……、してなくない?
というか、抱きついてきてない? わざわざわかりやすいように、擬音を口にしながら。
「えーと、ミチ姉? あたし、料理してる途中なんですけれど? 危ないんですけれど? なにゆえ、バックハグしてきているのです?」
「いえ、仲良くして欲しいと、菜流未さんが仰っていたので、早速実践しようと思いまして」
「尚更何で今⁉」
それ、別に今抱きついてきた理由になってないよね⁉
……いや、なってるのかな?
「有言即実行です」
いや別に、ミチ姉ともっと仲良くしたいと言ったのはあたしであって、ミチ姉が言ったわけではないのだから、その五字熟語は、たとえ元の有言実行だとしても、誤用なんじゃないかな?
「これが本当の誤字熟語ですね」
「別に誤字ってわけじゃあ……、あ、でも脱字ってわけでもないのか、必要な文字が抜けているんじゃなくて、むしろ要らない一文字が余分に増えてるんだから……」
「
「四字熟語だけに、って?」
「……ふふっ」
「……たはは」
あたしたちは、おかしくなり、笑ってしまう。
「何だか、このやり取り、シュク兄相手に喋ってるみたい」
「あ、私も同じことを思っていました」
そう言いながら、あたしは ――― 多分ミチ姉も ――― シュク兄と自分のやり取りを思い出す。
「ねえ、菜流未さん」
すると、ミチ姉があたしの耳元に、真剣な声色で囁いてきた、ちょっとくすぐったい。
「現在貴方は、お兄さんに ――― 祝也さんに、お悩みを相談していることかと思いますが、私だって、貴方のお姉さんなのですよ? 私だって、貴方のお力になりたいと思っているのです。例えば」
お兄さんの祝也さんには、言えないような相談を聞いて差し上げる、とか。
ミチ姉は、優しく言ってきた。
「貴方は先程、祝也さんのことを好きでも何でもないと仰っていましたが、それは貴方の本心ではない。私にはそれがわかる。その方が本当に、心から、祝也さんを侮辱しているか、嫌悪しているかどうかが、私にはわかる」
……ああ、そっか。
てっきり、ミチ姉は、あたしがシュク兄を好きでも何でもないと言ったことに対して、怒っているのでは、と思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。勿論、その後のあたしの対応を見て、嘲笑したというわけでもなく、あの笑みは、あたしのちぐはぐな態度からあたしの迷いや悩みを感じ取り、それを取り除こうと考えた末の笑みなんだ。
例えるなら、子供の悩みを優しい笑顔で聞いてあげる、母親のような笑顔だった、姉なのに。
……ところで『その方が本当に、心から、祝也さんを侮辱しているか、嫌悪しているかどうかがわかる』ってどういうことなのだろう。誰かあたしの他に比較対象がいたのかな。
「……出来たよ、朝ごはん」
料理の途中で長話をする気には、流石になれなかったので(ここまでの時点でかなり長話をしちゃってた気もするけれど)、ひと通り済ませて、朝ごはんを食べながら、話すことにした。
「……あたしね、多分、昔はシュク兄のことが好きだったんだ」
途切れ途切れになりながらも、途中で言葉に詰まっても、あたしは先程思い出した昔話をミチ姉に聞かせた。ミチ姉はと言うと、途中で何か口を挟んだり質問したりせず、最後まで只々、「はい、はい」と頷きながら、あたしの拙い話を聞いてくれた。
「……なるほど、そうだったのですか」
そしてひと通り、話し終わっても、ミチ姉はそれだけ言った。
「な、なんかゴメンね。相談というか、本当に昔の話を聞いてもらうだけになっちゃった」
そう、ミチ姉はあたしに相談をして欲しかった筈なのに、気付いたら、愚痴こぼしみたいになってしまっていた。だから申し訳なく思い、咄嗟に謝罪の言葉が出たんだけれど……。
「いえ、良いんですよ。愚痴をこぼすのも、人間にとって大切なことですから。確かに相談ではなかったのでしょうけれど、それでも愚痴を聞くことで、菜流未さんのお力になれたのであれば、幸いです」
ただ……、とここで初めて、ミチ姉があたしに質問をしてきた。
「なぜ菜流未さんは、それから祝也さんといがみ合うような関係になってしまったのでしょう。確かに当時の雰囲気のままで成長するのも不自然ですが、そのような経験がありながら、今のような距離間になってしまうのも、私としては不自然に感じてしまいます」
「あんたがそれを言うか」
当時のあたしとシュク兄の雰囲気以上にシュク兄と距離が近いあんたが。
以上と言うか、異常だよ。
「何か文句でも?」
「いえ何ひとつございません」
だから怖いって。
怖過ぎてあたしが丁寧な口調になってるから、前のふたつの台詞、それぞれどっちが発言したものかわかりにくくなってるじゃん……、ちなみに野暮かもしれないけど、一応注釈しておくと、恫喝しているのがミチ姉、屈しているのがあたし、お間違いなきよう。
勘違いしないでよねっ! ってヤツです。
……でも、そうだった。
そういえば、それについては、まだ話していなかった。
なんであたしとシュク兄は ――― 笹久世 菜流未と笹久世 祝也は、今のような破綻した関係になってしまったのか……、まあ最近は、シュク兄の変な体質の影響で、あいつとのコミュニケーションが、復活しつつあるので、もしかしたら破綻は言い過ぎなんじゃあないか、
お互いに殆ど口を利かないなんて日常茶飯事、それでもどうしても話さないといけない時は、必要最低限の会話のみ、でもその必要最低限の会話の中だけでも、高確率で喧嘩が勃発し、よりお互い話さなくなる悪循環、というまあ目も当てられないとはまさにこのこと、みたいな関係性だった。
「祝也さんと菜流未さんがいがみ合うような関係になった理由をお聞きしたい、というよりも、もっとシンプルに、菜流未さんが祝也さんを ――― 菜流未さんの真意はともかく ――― 嫌うような振る舞いをし始めた理由をお聞きしたい、と言ったほうが適切ですかね」
控えめな性格に見えて、結構しっかりと切り込んでくるなあ、ミチ姉。
ミチ姉 ――― 笹久世 未千代と言えば、シュク兄から、未知の妹(あたしにとっては姉だけれど)と評されることがよくあるけれど、確かにその通りだな、と思ってしまうのは、例えばこういうところなのだろう、とあたしは考える。基本的には控えめで心優しい性格なのだろうけれど、シュク兄のことになると、隠れた牙を露わにしたり、あたしのデリケートな話を静かに聞いてくれているだけかと思いきや、急に核心に触れてきたり……、どれが本当のミチ姉か、わからなくなる時がある。もっと言うなら、わからない時のほうが多い。あたしやウレミンなんかはある程度の『キャラ』というものがあると思うんだけれど、ミチ姉にはそれがない……、いや。
『キャラ』がないというのが、ミチ姉の『キャラ』なのかな?
無属性キャラクター。
「……んーと」
あたしはそんな愚考をしながら、今度はミチ姉からの問いにどう答えようか悩む。
正直最初は、誤魔化してやり過ごそうかとも考えた。シュク兄とは違って、あたしはある程度の嘘や誤魔化しなら、難なくつけるし出来る。尤も、さっき醜態を晒したばかりなので、如何せん説得力に欠けるかもしれないけれど、いざとなれば出来る女なのが、このあたし、笹久世 菜流未だ。
しかし、あたしはこの案を、割と早い段階で放棄した。
折角、あたしの相談(と言うより愚痴?)に付き合ってくれているミチ姉に、嘘をついたり、誤魔化したりするなんて失礼なことは出来ない。仮にそうでなくとも相手はあのミチ姉だ、あたしの嘘や誤魔化しなど、通用しないかもしれないという、現実的な可能性もあった。あたしが出来る女なら、ミチ姉はそれ以上に出来る女の人なので、控えめに言っても、勝てる気はしなかった……、それにやっぱり忍びない。ミチ姉は勝ち負けを競う敵ではなく、味方なんだ。
「……そう、味方」
「味方?」
つい呟いてしまった言葉に、ミチ姉が敏感に反応した。
「ミチ姉が味方なら、『あの子』はあたしの敵だった筈なんだ」
「……申し訳ありません。私の理解力がないばかりに、菜流未さんの仰っている意味が、よくわかりません」
そうだ。
今の今まで、あたしは『あの子』のことを味方と勘違いしていた。
なんて滑稽なことだろう。
やっぱりあたしは救えない程の馬鹿だったということなのかな。
「……ある時、ある女の子に言われたんだ。『兄が好きだなんておかしい』、『兄のお嫁さんになりたいなんておかしい』、『兄妹同士で結婚するなんておかしい』……、って」
「……それは」
思うところがあったんだと思う、ミチ姉は珍しく険しい表情をしながら言った。どなたに言われたのですか。と、ミチ姉は続けたかったのだと、あたしは察し、食い気味に言った。
「恋倉 愛華さん」
次 5 女
「おはよう、笹久世さん」
あたしはあの後、ミチ姉とのやり取りもそこそこに(恋倉さんの件について、ミチ姉から更に追及されるかと思ったのだけれど、ミチ姉は不気味なくらいあっさりと引き下がった。やっぱりよくわからない姉だなあ)、学園に向かい、家庭科室で朝練に励んでいた。料理部に朝練が果たして必要なのか、そもそも家族の朝食を作った後に、まだ料理するのか、といった指摘があると思うのだけれど、そういった諸々のクレームは申し訳ないけど、後にしてもらえないかな?
今あたしは、家庭科室に突如として現れた訪問者 ――― 恋倉 愛華さんの対処でいっぱいいっぱいなんだ。
「えっ⁉ あっ、おはよう、恋倉さん。あの時以来だね、こうしてお話をするの」
とりあえず、当たり障りのない返事をしようと心掛けたつもりだったのに、いきなり地雷を踏み抜いてしまった。どちらかと言うと、あの時の話は、あたしにとっての地雷で、恋倉さんの地雷ではないような気もするけれど……、つまり、あたしは自爆したということになるのかな? まあ自分のだろうが、相手のだろうが、地雷を踏み抜くという行為そのものがそもそも自爆なんだけれど。
おかしいな、これじゃあ自他ともに認める学園一の人気者が取るコミュニケーション能力じゃない、シュク兄のようなコミュ障じゃないか。
「今日の放課後って空いてる?」
人知れず落胆しているあたしに気付いていないのか、ただ単にお構いなし、ということなのか、恋倉さんはさっさと本題に入り始めた ――― はい?
本題と言うか、これはただのアポ取りというヤツですか?
だったらこの訪問も突然ではなく、アポ取りをして欲しかったな……、まあ、殆ど話したこともない相手のアポ取りなんて、どうやって取るんだという話なのだけれど。
あたしたちはまだ、花も恥じらう中学生だから、スマホなんて素晴らしい文明機器は持っていないもんね!
……もしかして、あたしだけ? 現代を生きる中学生は普通、持ってるのかな、文明機器。
「ま、まあ空いてるけれど……」
ともかく、あたしは答える。本当は普通に部活があるのだけれど、一日くらいサボったところで、誰にも何も言われないし、こうして朝練に励んでいるのだから、今日の分の部活は、既に出席したと言っても過言ではない筈だ。
と言うか、あの時以来、今の今まで、全くと言って良い程関わらなかった恋倉さんが、急に訪ねてきて「放課後空いてる?」なんて言われたら、そこに何の予定が入っていても空いてるって答えちゃうよ、放置すると不安で眠れなくなりそうだし。
「そう、じゃあ、放課後、この家庭科室に待ち合わせましょう」
「えっ、それはちょっと……」
「不都合?」
まあ、あたしがサボる分には良いのだけれど、他の部員は普通にこの家庭科室で放課後の部活に励むわけだしなあ。
「でも、あなた程の信頼された人が言えば、あなたひとりどころか、部活そのものを一日休みにすることくらい、造作もないんじゃない?」
……何だか、言い方に棘を感じる。
「……わかった。部員のみんなと顧問の先生に相談してみる」
「ありがとう。じゃあ、放課後に」
それだけ言って、彼女は、恋倉 愛華さんは、さっさと家庭科室を出て行った。
「……ふう、何だか疲れちゃったな」
変な緊張をしてしまったせいかな。
……ところで、そもそもみんなは、恋倉 愛華さんって、知ってるのかな? まあひょっとしたらシュク兄が既に調べて知っているのかな。
だけれど多分、以前に恋倉さんとあたしとの間に接点があったことは、シュク兄も知らなかったんじゃないかな、勿論、ミチ姉やみんなも。尤もそうは言っても、あの子とあたしの接点なんて、あの時の一回くらいしかないのだけれど。
あの時。
シュク兄が好きだという気持ちを、彼女によって糾弾された時。
さっき、ミチ姉にそれを告げる時も『ある時』なんて、曖昧な感じにぼかして言ったけれども、それはなぜかと問われれば、あたし自身が具体的にその出来事がいつ頃起きたことなのか、忘れてしまっているからだ……、そりゃあ全く記憶にないということでもないんだけれど、やっぱり曖昧なんだよね。
そんな自信のない記憶でも良いなら、一応答えておくと、小学三年生とか四年生とか、つまるところ中学年の時だった気がする(わかっているとは思うけれど、今のあたしが中学生で混同しそうになるから一応言っておくと、中学年と中学生は別物だ)。少なくとも、ここ一、二、三年の話ではないことは確実で、小学校低学年やそれ以前となると、あたしの『勘違いの初恋』から、それ程日が経っていないわけで ――― あれからしばらくは、兄が大好きな妹だった筈であることを加味すると、その線も薄い。となると消去法で、中学年の時にあの糾弾を受けたという推理が成り立つわけだ。
自他、ならぬ自兄ともに認める馬鹿なあたしだけれど、それくらいの推理なら、こなしてみせますよってね。尤も、あたしが記憶力のある賢いウレミンみたいな子だったら、そもそも推理の必要がない案件なのだけれど。
ともかくあの時。
あたしはうっかりあの子に、シュク兄が ――― 自分の兄が好きなんだと言ってしまった。
幼いながら『自分の兄が好き』というのは、何処か気恥ずかしさがあったので、当時仲良くしていた友達なんかには、そのことは言ってなかったのだけれど……、まあ何と言うか、そういう自分の秘密にしたいことって、面識の殆どない人には、逆にあっさり口を滑らせて言ってしまう、みたいな経験、みんなもない? 今風に言うなら、リアルの友達や知り合いには言えないことが、住んでいる所や顔さえも知らないインターネットで出来た程度の軽い知り合いには、それを言えてしまうみたいな。
当時のあたしは多分そんな感じで、面識が殆どなかったあの子と少し話している内に、その流れで言ってしまったのだ。
……悪意は、なかったのだと思う。少なくとも今のあたしには、そう思える。あたしが当時中学年だったのなら、あの子も同じ中学年だ。きっと本人からしたら、純粋な気持ちで、当たり前のことを、ただ当たり前に告げただけなのだろうと思う。
でも、当時のあたしは、それを言われてとても悔しかった。
何であたしの好きという気持ちを、この子はいとも容易く踏みにじるのか、否定するのか、糾弾するのか……、でも言われれば言われる程、それが正論でしかない意見なので、あたしは悔しくても、何も言い返せなかった。
それが、もしかしたら、一番悔しかったかもしれない……、当時は。
今は違う。
当時のあたしは、あの子の ――― 恋倉 愛華さんの正論、或いは糾弾を一身に受け、確かに悔しい気持ちもあったが、しかしそれと同時に、醒めてしまった。
それだけの出来事で、冷めてしまった。
恋は盲目なんて言葉があるけれど、本当にそうだ。
自分の兄を好きになることがおかしいという常識すらも、見失っていたのだから。
あたしを正常な人間に戻してくれてありがとう、とひょっとしたら当時のあたしは、彼女に感謝すらしていたかもしれない。
そう、味方のように、思っていたかもしれない。
その程度のやり取りであっさりと揺れ動いてしまった軸のないあたし自身に、今のあたしは悔しさを覚えるし、もっと言うなら腹立たしさすらある……、いや、これも違うな、一番の怒りは、彼女があたしのためを思って言ってくれていたのだと、勝手に良いように解釈して、それをあたしは鵜呑みにしてしまったこと……、本当は、恋倉 愛華さんの自分本位な我儘に、あたしは踊らされていただけだと、今の今まで気付かなかったあたしに。
あたしはこの後、人生で一番、怒りを覚えることになる。
祝 6 也
そもそも、だ。
今回の一連の作戦についてぼくは、根本的で、なおかつ巨大な穴に気付いていなかった。
ぼくは嘘がつけない。にも関わらず、ぼくは嘘の便箋を作成し、田中と畝枝野を騙そうとした。
その時点で此度の結末は見えていた筈なのだ……、ということに、ぼくは今朝気付いた。
「それにここは僕と君が互いに騙し合った場所だからね」
田中のこの発言で、ぼくは、今回の行動は嘘をつく行為だったんだ、と気付いた。
遅え。
今まで皆さんに、耳に
ともかく、ぼくは放課後、田中に脅される形で、ぼくのクラスの教室に居残ることになった。
居残り授業以外で居残るのは初めてだ。
「おいおい、僕の悪評を黒板に書き連ねるのは止めてくれないかい。確かに君のことを脅しかけたけれど、結局は思い直して脅さず、君の自主性に任せることにしたじゃないか」
一度でも脅したらアウトなんだよ、そういうのは。
むしろ一回そこで身を引くような態度を取ることで、却ってより脅されているという感じが増すんだよ。
「まあ、今はこの教室、そしてその周辺の教室も含め、ここに居るのは、僕と君のふたりきりだから、別に良いんだけれどね」
そう、どういう根回しをしたのかは謎だが、普通、放課後の教室というのは、どう少なく見積もっても、数人は生徒が居残っているイメージだったのだが、今この教室は、そして周りの教室も、ぼくたち以外は誰もいない。
「さすけとごーどんに協力してもらって、周辺に人を近付けさせないようにしているんだよ」
別に謎だとは言ったけれど、その謎を知りたいとは言っていないのだが(この表現は間違いで、厳密に言うなら『言う』ではなく『書く』だ……、厳密に書くなら、か)、田中はそんなぼくの不満など何処吹く風、といった感じで、自慢気に言った……、「周りに信頼されている僕たちにしか出来ないことだろう?」みたいな表情が腹立たしい。
「じゃあ、そのさすけとかごーどんとかいう奴らには、どう説明したんだよ」
「ん?」
「いや『ん?』じゃなくて……、普通、こんな複数の教室に誰も近付けさせないなんていう、如何に信用されているからと言っても、一部の人間から不満が出かねないミッション、お前の仲間に対して、それなりに事情や理由を話さないと、流石に受けてくれないだろうよ」
「別にそんなことないけれど?」
「ええ……」
「彼らには何も説明していない、勿論、君の存在もね。それでも彼らはふたつ返事で、今回の件を引き受けてくれたよ」
ちなみに繰り返しになるが、田中は口頭で、ぼくは黒板を使った筆談で、この会話は行われている。よって、会話のテンポが非常に悪い。それはどうやら田中も感じたのか、ぼくの先程の発言(発筆?)は、あくまでぼくが書いて伝えたかった全文で、実際は、『お前の仲間に対して、それなりに』辺りで「別にそんなことないけれど?」と田中が被せるように発言している。以降もそんな感じのやり取りで続いているという前提で、我々のトークを見守って頂きたい。
「僕たちは強固な絆で繋がっているからね。僕が、或いは彼らが、詳しい理由を話したくなさそうだけれど、どうしても譲れない頼み事がある、みたいな時は、お互い何となく察して、その上で何も聞かずに要件を飲むんだ。だから勿論今までだって、今回の僕のように、彼らが同じような頼み事を持ち込んで来たら、僕は何も聞かずに要件を飲んできたし、これからもそうする、それだけだ」
……はあ。
何と言うか、ぼくはそれが正しい絆だとは、とてもじゃないが思えないけれど。
「……さて、じゃあ前説はこんなところで、そろそろ始めようか、幽霊くん。君の話を聞かせておくれよ。いや、それよりも先ず始めに訊きたいことがあったのだった……、どうして、此度の僕たちの依頼 ――― 畝枝野 凪くんと笹久世 菜流未さんの恋路の支援を邪魔しようと企んだんだい?」
君は一体、何者なんだい?
そういう田中の声は、少しトーンが落とされたものだった……、もっとはっきり言うなら、静かな物言いだが、その中に怒りを含ませるといった調子だ。
ああ、ついに、この時が来てしまったのか。
こう真正面から改めて問われると、ぼくの組み立てた(田中の言い分に沿うなら、企てたと言うべきか)計画は失敗に終わったのだと、組み上げた計画が瓦解したのだと実感させられる。
それに田中は今まで、平坦な調子でぼくに接していたが、自身に舞い込んだ依頼を何処の誰かもわからぬ輩(田中からしたらぼくのことが見えていないので、まさしくである)に邪魔されたのだから、そりゃあ怒っていないわけがないんだよな……。
「反応なし、か」
ぼくが、普段の様子と違う田中を目の当たりにして、改めて落胆しつつ、全然出来ていなかったとはいえ、人を騙した罪悪感を抱き、そしてその田中の問いにどう答えれば良いものか、窮していたら、田中がそう言った。
「いや、別に無視しているわけではないからな?」
「ああ、そうだったのか。いや、すまない。柄にもなく、詰め寄るような口調で君に訊いてしまったから、気分を害されてしまったのかと思ったよ」
すぐに先程のぼくに見せた剣幕を押し殺し、田中は謝罪を口にする ――― 対応が大人だ。
少なくとも、とても同い年の高校三年生には思えない対応だが、もしかしたら、こういう側面も、皆からの頼み事を引き受ける人気者には必要なのかもしれない。菜流未にはそんな印象、皆無だが。
「何と言うか、簡潔には答え辛い質問だったので、答えに窮していただけだ」
ぼくはとりあえず素直に反応できなかった理由を、黒板に書き連ねることにする。
「ただでさえこっちは筆談なんだし、長文で答えるのもお互いに辛い時間が流れるだけだろ?」
「ふむ、尤もだね……、まあ、そんなこともあろうかと」
と、田中が ――― これは割と何回か見たことのある表情のドヤ顔で、言った。
「僕は今日という一日を使って、少し調査をしてみたんだ」
「調査って?」
「勿論、君のことさ。だから、その調査結果を基に、もっと君が簡潔に答えられるように、質問を変えよう」
本当はやっぱり君本人から聞きたかったのだけれど、僕の知的好奇心は何とも厄介なもので、放課後まで我慢できなくてね、と言葉とは裏腹に、やはりドヤ顔な田中。
「先ず、この学園に伝わる怪談の調査から入ってみた。とはいえ実は以前、ある怖がりな女子生徒からの依頼で、同じ調査をしたことがあったのでね、だからまあ、追跡調査という形でもう一度洗い直したのだけれど、思うような成果は得られなかった」
頼んでもいないのに勝手に語り始める田中……、どうやら田中には、話し好きというか、お喋り好きというか、語り好きなきらいがあるようだ。
……え、てかこれ、ぼく全部聞かないといけないやつ?
早くその簡潔に答えられるという質問をしてくれても良いのよ?
「だから僕は少し、別方向から、攻めてみることにした。すなわち、『学園の怪談』ではなく『個人の怪談』に焦点を当てた。僕が二週間前に、君によって奇妙な体験をしたように、他の人もそういった体験をした人がいないかを調査してみることにした」
「個人って……、この学園に果たして何人の人間がいると思ってるんだ」
「初等部、中等部、高等部の生徒、そして教職員や清掃員などをすべて含めると、総勢千人は軽く超えるね。まあそこは僕が僕だからね」
「
「おお、知っているんだ、僕の通り名を」
「今朝自分で言っていたじゃないか」
「そうだったかな?」
まあ、そうじゃなくとも、ぼくは以前から知っていたさ、きみの知らない過去でね、なんて格好良い台詞を言ってみたかったが、それをするとマジで話が脱線しかねないので、控えておく。
「ちなみに、具体的にどういう方法で情報収集をしたかは、企業秘密だよ」
別に興味ないわ。というかそこまで語られたらそれこそ話の脱線だし、日が暮れるわ、もう放課後なので既に暮れかけているけれども。
「まあそれでも結局、直接的には収穫を得られなかったんだけれどね」
直接的には収穫を得られなかった……、ということは。
「御名答。直接は駄目だったけれど、間接的には収穫があった……、調査の過程で、ある興味深い情報を入手したんだよ。内容としては、学園とは直接関係のない事柄だったので、学園関係の情報のみを扱うという僕のポリシーに反していたが、考えてみると個人の怪談を収集しようとしていた時点で、今回僕は既にポリシーに反していたわけで、もうそこまで来たら同じかと思って、考えないようにした」
サラッと道徳を疑う発言をする田中。おい人気者、それで良いのか。
「というのも流石に無責任なので、一応考えるとするなら、『彼女たち』それぞれの学園の立ち位置的に鑑みて、僕がいたずらに他の人に広めなければ大丈夫だと思うよ。尤も、質問の過程で、君にはどうしても開示しなければならないけれど」
質問の内容を、依然として勿体ぶりながら、開き直るような態度の自称人気者の田中……、ん? 彼女たち?
誰のことだ?
「笹久世 未千代、笹久世 兎怜未、そして笹久世 菜流未の笹久世三姉妹さ」
知っているだろう? 少なくとも、笹久世 菜流未さんに関しては。
田中はまたも低めのトーンに、しかし今度は、怒りというより不気味さを醸し出すように言った。
「彼女たちそれぞれの知り合いに怪談を聞こうとしたら、こんな話を聞かせてくれたよ。『怪談ではないけれど、一時期彼女たちが自分の兄のことを知らないか、と聞いてきた』ってね。ふむ、確かに怪談ではないが、奇怪な話だ。なぜなら」
彼女たちに兄などいない筈なのだから。
彼女たちは笹久世三姉妹ではあっても、笹久世四兄妹ではない筈なのだから。
「尤もこれが、三姉妹のうちの誰かひとりのみがその奇妙な発言をしていただけならば、僕も気にすることがなかったかもしれない。しかしそれを三姉妹全員が言っていたとなるとね、そういうわけにもいかない。
「長いわ!」
「畝枝野 凪くんが笹久世 菜流未さんを好いているのではないか、という噂だね……、と、これは失礼」
一応言っておくけれどきみ、サブキャラだからね⁉
きみ視点での語りの場面の時は、そりゃあきみの視点での語りなんだし大目に見てたけど、ぼく視点の場面の時にも、同じノリで幅を利かせるな! というかサブキャラ視点の場面が端々に存在するって、それもやっぱりどうなんだ⁉
……多分今の時点で、全登場キャラ中、一番喋ってるんじゃないか? 少なくとも、出番自体はそんなに多くなかった筈だから、発言量はともかく、発言密度は間違いなくトップクラスだ。
もっと発言量を減量してくれ。
……って、何だと?
田中の圧倒的発言量に、ついつい突っ込みから入ってしまったが、その中で何やらぼくの知らない新情報が舞い込んできたぞ。
一時期、妹たちがぼくのことを知らないか、周りに聞き込みを行っていた、だと?
より具体的に考察するならば、あの時、つまり、ぼくが妹以外に存在を認知されなくなった当日、ぼくはぼくの存在が、両親から抹消されていると知ると(まあ後々に母親の縞依はフェイクだったことがわかるのだが、今はそのことについては置いておくとして)、妹たちの制止を振り切って学園へ向かい、即座に他の人間にも自分の存在が抹消されているか否かを確認したが、妹たちは妹たちで、ぼく程即座に、というわけではないにしろ、各々でぼくの存在の認知を確認していたということだ。
……うーん、でも。
知らなかったのは確かだが、あいつらがそんな行動に出たこと自体には納得が出来てしまった。だからこそ、ここではそのことについて、あまり驚かないどころか、一旦スルーしてしまい、田中の、メインキャラクター並の発言量について突っ込みを先に入れてしまったというのもある……、多分ぼくも、身内の誰かが、突然他の人間に認知されなくなったら、「じゃあ、自分の知り合いはどうだろう?」という考えに至り、知り合いに確認を取るのではないだろうか。
それがたとえ、本人から頼まれたわけではないにしても。
そう、だから言っておくと、ぼくは妹たちに、ぼくの存在性を確認して欲しい、といった頼み事は一切していない。
田中とその仲間ふたりとの間の絆が、深いのか浅いのかは知らないが、少なくともぼくたちの絆は、彼ら程深くはない。頼み事の背景を何も聞かずに引き受ける程、深くはない。むしろあいつらに頼み事をしようものなら、何でそんなことしないといけないんだ、とその頼み事に至った背景を、根掘り葉掘り引きずり出され、それでようやく引き受けてくれる、と言った感じだ。最悪の場合、そこまで聞いて断るなんてこともある始末だ。
……先程、此度の妹たちの行動について、あまり驚かなかった、みたいなことを思っていたが、そういうあいつらの性格も含めて改めて考えると、何だか後からじわじわと驚きの感情が湧いてくる……、特に意外だったのはやはり次女の菜流未で、聞き込みを行うことそれ自体に驚きなのに、しかもそれを何人にも行ったというのだから、信じられない。
うーん……、流石にことがことなので、こちらが何も言わずとも、動かずにはいられなかったのか?
それくらいしか、あいつらが動く理由というものが予想できない。
「さて、ここまで語れば、君が僕の語りを途中で止める程に語れば、僕が今から君にしようとしている質問も、わかったんじゃないかな」
……まあ。
ここまでお膳立てされてしまえば、如何に頭が悪いぼくでも、流石に見当はついた。そういう意味では、こちらの知りたいことをすべて語り尽くしてくれた田中は、まだ性格が良いほうなのかもしれない。世の中にはいるからな、話好きだけれど、それは人に解説するのが好きというわけではなく、人を
ぼくはあの憎たらしい幼馴染の顔を一瞬想起させたが、すぐに頭から排除し、田中のわかりきった質問を待つ。
「君は……、笹久世三姉妹が探していた、お兄さんではないかい?」
なるほど。
確かにこの質問なら、答えやすい。
何せ、『はい』か『いいえ』で答えられる、シンプル極まりない質問なのだから。
やはりこいつは ―――
ならば、上手くいけば、この場で、田中をこちら側に引き込めるかもしれない。
ぼくは黒板に、肯定の意を込めた花丸を田中に向けて描きながら、行き当たりばったりの説得を開始し始めるのだった。
次 7 女
放課後になるまでの時間が、これ程辛かったことはない。
それがどれ程かと問われると、何と言うか……、言葉で説明するのが難しいのだけれど、放課後に嫌なイベントがある時に限って、日中の時間が早く進むように感じるけれど、授業中とかで周りが比較的静かな時に、不意にその嫌なイベントがあることを思い出して、胃がキリキリと痛み始め、授業の時間が、今度はとても長く感じる……、みたいな、見事に矛盾した時間の過ぎ方の中で、一日を過ごした。まあ辛かったよ、うん、改めて言ってしまうくらいには。
まあ辛い時間というなら、今からのほうが、よっぽど辛いのだろうけれど。なぜなら、まさに今から、その嫌なイベントとやらが口火を切りそうなのだから。
あたしは昼休みのうちに、顧問の先生と料理部の部員ひとりひとりに、「今日の放課後、家庭科室を借りても良いですか?」と訊いて回ったところ、全員から快諾が下りたので、まさに今、皆から譲って貰った家庭科室で、恋倉さんを待っている……、こういう時は、皆からの信頼というものが恨めしく思えちゃうね、全く。
…………。
………………。
……………………なかなか来ないな。
ああ、こうやって、いつ待ってる人が来るのかわからない状況というのも落ち着かない……、また胃がキリキリと痛んじゃうよ。
うん、こういう時は、何か別のことを考えることで、気持ちをリフレッシュ、とまでは言わなくともリセットくらいはしよう。例えば、
そう、そうだよ!
あいつ、あたしの相談を受けて「少し時間をくれないか」とか如何にもな、もったいぶったこと言っておいて、あれから一度もまともに経過報告に来ないじゃない! 普通、何かしらの依頼を受けた場合は、こまめに依頼主に経過報告をするってのが、あるべきマナーなんじゃないの?
これでもし今頃、学園内で油を売ってるだけとかだったら、想像じゃなくて、マジでぶっ飛ばしてやる……、と、いけないいけない。
こういう物騒なことを考えると、表情にもその考えが出てしまうので抑えないと……、ここは学園、ここは学園、あたしは皆の人気者なんだから、殺し屋みたいな威圧感ある顔になっちゃいけませんよ ――― と。
「……あの、待たせちゃったのが、そんなに気に食わなかったのかな」
「こ、こここ恋倉さん⁉」
恋倉さん。恋倉 愛華さん。
朝もそうだったけれど、この人は唐突にあたしの前に現れるなあ……、今回は心のリフレッシュならぬ、リセットの途中で急に声をかけられて、またも人気者にあるまじき声を上げてしまう。
と言うか、シュク兄への怒りに満ち溢れたあたしの顔、やっぱり見られちゃったってことだよね、これ。
「い、いやいや! 全然、あたしも今来たところだから!」
とりあえず、不自然にならないような受け答えを心掛けねば、と思いつつ言葉を返したけれど、何だかこの文言じゃ、デートの待ち合わせをしていたカップルのやり取りみたいだ。
「で、でもそれにしては、すごい険しい表情だったけれど……、笹久世さん、あんな表情もするんだね」
「え⁉ ああ! そ、それはほら、恋倉さんが待ち合わせに中々来ないことに怒ってたわけじゃなくて、シュクに ――― 祝也のことで、ちょっとイライラすることがあって」
別にここで嘘をつく必要もないので、あたしは正直に答えた。あたしがシュク兄のことを快く思っていないのは、学園でも割と有名だから、勿論あまり話したことのない恋倉さんも、あたしのこの主張に納得してくれるだろう(あ、ここで一応解説染みたことを言っておくと、学園のみんなとお話をする際、シュク兄の話題に触れる時は、あたしはあいつのことを『祝也』と呼んでいるけれど、特に深い理由とかはない。浅い理由として、友達に見栄を張りたい、というのがあるけれど)。
「祝也……、って誰のこと?」
「あ」
忘れてた!
今、シュク兄ってあたしたち姉妹以外には認知されていないんだった!
納得どころか、不信感を与えること著しい回答だった!
何が『別にここで嘘をつく必要もない』だ! めっちゃ嘘つく必要あったじゃん!
あたしがそんな感じで、心の中で激しく悶絶しつつ、どう切り返そうか迷っていると、
「祝也、しゅくや……、あ、思い出した」
と。
恋倉さんが、そう声を上げた。
思い出した……、って!
「まさか、恋倉さん、シュク兄のこと、思い出したの⁉」
え⁉ そんなまさかここでこのタイミングでいきなり⁉
「ちょ、近い、近いよ笹久世さん ――― シュク兄って今度こそ誰のこと?」
「あ」
何回やらかせば気が済むんだあたしー!
「ごほんっ」
さて。
さてさて。
「それで、あたしの兄であるところの祝也の存在を、恋倉さんは思い出したのかね?」
「いやいや流石に誤魔化しが下手くそ過ぎるでしょ……」
そんな馬鹿な⁉
咳払いと『さて』と偉そうな口調を駆使すれば、どんな失態も水に流せると、シュク兄から教わったのに、話が違うじゃないか!
シュク兄の嘘つき! 嘘つけないけれど!
「水に流せるというか、覆水盆に返らずと言った感じだけれど」
「なるほどこれは上手いことを言われたね、さて」
「だからさてじゃないってば。あと『恋倉さんが待ち合わせに中々来ないことに怒ってたわけじゃなくて』って言葉が出るということは、やっぱり私が来るの遅いって思ってたんだよね」
「あ」
もうええわ!
どうもありがとうございましたー。
「……私は別に、笹久世さんのお兄さんがいるということを思い出したわけじゃないよ」
流石にこれ以上、話が脱線したギャグパートになることを危惧してくれたのか、ひと先ず、あたしの失態をスルーしてくれた上で、話を戻してくれた。くれくれくれた。
漫才のオチみたいな感謝の文言ではなく、もっと真剣に感謝したほうが良いかもしれない。
「と、言いますと?」
「私が思い出したのは、笹久世さんが一時期、居る筈のないお兄さんの存在を、周りに聞き込みしていたことだよ」
その時口にしていた名前が、そう。
「笹久世 祝也、だったなって」
……ああ、全く。
ギャグパートからのシリアスパートの振り幅が激し過ぎるって。
うん、あたしも思い出した。
シュク兄の存在がなくなったあの日以降、しばらくの間、あたしはあたしの周りにいる友達から、あまり知らない、関わりのない人まで、シュク兄の存在確認を行っていたのだった。それでもその中に、恋倉さんは含まれていない筈だけれど、どこからか、噂を聞きつけて、あの時のあたしの行動自体は、知っていた、と言うところかな。
そして、その時にあたしが口にしていた、あたしの兄の名前も。
「……それで、話したいことがあるんだよね、恋倉さん」
「また、そうやって話を逸らすの?」
恋倉さんは、またもあたしの逃走を見逃さなかった。
しかし、今度のそれはギャグの時の引き戻し方ではなく、真剣そのものといった声色だった。闘争心剥き出し、と言った感じだろうか、あまり恋倉さんにそう言うイメージがないという以前に思うことがひとつ。思う疑問がひとつ。
なぜ、あたしは恋倉さんに敵対視されている?
いやこれはただのあたしの思い違いなのかもしれないし、むしろその可能性のほうが非常に高いのだけれど、今朝の段階から何だか、恋倉さんはあたしのことを邪険に思っていそうな節がある気がする……。
「ま、それはお互い様か」
「え?」
そんなことを思っていたら、急に恋倉さんが一歩下がるような物言いをした……、お互い様?
「元はと言えば、ここを貸し切ってあなたとお話がしたいと言い出したのは私。それなのに、あなたの話ばかりしてしまって、これはこれで私も話を逸らしていた、と言われても仕方なくない?」
なるほど……、そういう見方もできるんだ。
「じゃあ、単刀直入に言うね」
単刀直入に言うって、それはもうお話にならないんじゃ……。
そんな重箱の隅を突くような、つまりシュク兄のような、ひねた突っ込みをしようと思ったけれど、恋倉さんが続きを発言するほうが、僅かに早かった。
「もし、凪から ――― 畝枝野 凪から告白されたら、それを断って欲しいの」
…………え?
畝枝野 凪って……。
あの畝枝野 凪?
畝枝野センパイ?
恋倉さんの口から出た、突然の名前に、あたしは動揺を隠せなかった。
「……どうして?」
この『どうして?』にはふたつの意味が含まれている。
ひとつは、どうして、恋倉さんから突然、畝枝野センパイの名前が出るのか。
ふたつは、どうして、恋倉さんにそんなことを言われなければならないのか。
「それは……、私が凪の幼馴染だからだよ」
この答えは、ひとつ目に対する回答……、いや。
ふたつの意味を含んだあたしの質問に対し、ひとつの回答で答えた?
恋倉さんと畝枝野センパイは幼馴染だから、名前が出てきた。
恋倉さんと畝枝野センパイは幼馴染で、つまり「私のほうが凪のことを、貴方よりずっと想ってきたんだから手を引け」と言いたい ――― と考えるのは、流石に穿ち過ぎかな? でも、あんなお願いをするのだから、嫌でもそう考えてしまう。
恋倉さんは、畝枝野センパイが好きなのだと。
それにしても、恋倉さんが畝枝野センパイと幼馴染だとは、そして恐らく、好きなのだとは知らなかった。まあ畝枝野センパイは啓舞学園イチの人気者だし、当然、女子からもモテモテなので、少なくとも後者のほうは、ひっくり返るほど驚くといったことはなかった。それよりもやっぱり前者の幼馴染というほうが驚きかな。そう思うと確かに、その辺に居る畝枝野センパイのファンなんかとは比べ物にならない程、想いは強いだろうし、特別で、特殊なものなんだろう。そういう事情に気付くと、確かにぽっと出のあたしなんかに想い人を取られるのは、納得がいかないだろうな、と思う。だから、自称あたしの依頼をこなすために頑張っている筈のシュク兄には申し訳ないけれど、今回は恋倉さんの主張というか、想いを尊重して潔く手を引こう ―――
「ほ、ほら! 笹久世さんには、お兄さんがいるんでしょ? 私にはよくわからないし、そもそも見たことも存在するのかも知らないけれど、多分、笹久世さんにとって特別な人なんでしょ? だったら、そのお兄さんと仲良く幸せになれば良いじゃない。私は兄妹同士で、そういう関係になるのも、悪いことじゃないと思うよ」
……は?
何を言ってるの? この人は。
だってそれは……、その言葉は。
あの時の言葉と真逆じゃないか。
あの時はシュク兄の存在が消える前のこととは言え……、この人は、恋倉 愛華は、確かに言ったんだ、「兄を好きになることはおかしい」って、「兄妹同士で恋愛するのはおかしい」って。これをただの、笹久世 祝也の存在が消えたことによる補正で発生した、恋倉 愛華の発言の矛盾、と処理するのは、あたしには無理だった……、勿論、そういった側面も多少はあるんだろうけれど、少なくとも主たる理由では絶対にない。
では、なぜ彼女は矛盾した発言をしたのか。
…………。
………………ああ。
わかってしまった。
恋倉さんは、気に食わなかったんだ。
当時、恋倉さんはあたしに、兄を好きになるのはおかしい、と指摘してくれたことで本来あるべき人の道に戻してくれたのだと思っていたけれど、それは全く違ったんだ。
あたしがシュク兄のことを、耀かしい顔をしながら、誇らしく、自慢するかのように語ったことが気に食わず、横やりを入れただけに過ぎないんだ。
笹久世 菜流未を更生させよう、という気が、彼女には全く無かったんだ。
そして今度の一件では、畝枝野センパイがあたしを好きだという情報を何処かで手に入れ、それがまたしても気に食わず、あたしに畝枝野センパイからの告白を断るように言ってきたんだ。
……はは、何だそりゃ。
あたしは今まで、こんな我儘な子の言うことを律儀に鵜呑みにしてきたのか……、そう思うと、何だか今立っている筈の家庭科室の床が、崩れ落ちていくような感覚に見舞われる。
「……あたしが」
「……え?」
「あたしが今まで信じてきたものは、一体何だったんだよ!」
あたしは吐き捨てるように、或いは崩れ落ちる床から這い上がるように叫び、家庭科室を飛び出した。
あの後、恋倉さんがどうしたかは知らない、知りたくもなかった。
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