第四話 隠し事

 「この町で死んだ子が、神様に・・・」


 歴史とか伝説上ではいくつかそういう例がないわけではない。菅原道真なんかは死んだ後、都に災いをもたらしたため、人々は彼を神様として祀ったのだという。今では学問の神様として広く知られている。


 赤月は「そう」と頷いた。


 「学者だって人間だから間違いは犯すはず。太古のことは史料が少ないみたいだしね。8月に行われてた儀式ってのは、このあたりで死期の迫っている女の子を神様に差し出すっていうものだった、っていうこともがるんじゃないかしら。まぁ、私が都合よく解釈しているところもあると思うのだけれど」

 「ありえない、って言いきりたいけど証拠がないから何とも言えねぇな」

 「・・・・・そういえばさ、」


 突然、彼女は話題を変えた。


 「何だよ・・・?」

 「・・・聞いたわよ。毎年行ってるんだってね・・・あの子のお墓参り」

 「・・・何の話かと思えば、そのことかよ」

 「毎年っていうか、ちょくちょく行ってるらしいじゃない。まだ・・・・吹っ切れてないの?」


 うるせぇ。そう叫びたかった。だが赤月の口調に少しの配慮を感じ取れたので抑えた。


 「・・・・お前には関係ないだろ」


 静かに、けれども確かな怒りを込めて言い放った。顔はいつのまにか下に向き、俯いていた。


 「いいえ、関係あるわ」


 俺の言葉に押されることなく赤月は毅然とした態度でそう返した。


 「私もあの子の友達だった。それに、いつまでも死んだ目をしたあんたを見るこっちの気にもなってよ。見てるこっちまで気分が悪くなるんだから」

 「・・・じゃあ、見なきゃいいじゃねぇかよ」


 語気が少し荒くなった。


 「ええ、そうしたいわよ。できるならね。でもあんたと同じクラスなんだからまったく顔を見ないなんてわけにはいかないじゃない」


 その通りだ。間違っていない。正しい。


 けれど、けれども。言わずにはいられなかった。


 「お前に何が分かるんだよ」

 「・・・・っ!」


 俺が予想外に強く言ったからだろうか。赤月は驚いたように目を見開き、言葉を詰まらせて沈黙した。


 葵はあの時の俺にとっての光だった。彼女が学校にいるだけで毎日が楽しくなった。気分が高揚した。


 けれど、彼女はもういない。


 しばらく、俺たちの間に沈黙が流れた。その間に聞こえてきたのは、吹奏楽部の部室の方から流れる楽器の音、それと午後から降り始めた雨のざぁさぁという音だった。


 先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。


 「・・・・ごめんなさい。悪かったわ」


 視線を上げて彼女の方を見ると、赤月は奥歯を噛み締めながら俯いていた。


 「いや、謝るのは俺の方だ。強く言い過ぎた」

 「・・・・・」


 俺の謝罪に彼女は何も応えなかった。


 彼女は俺を奮い立たせようとしてくれたのだ。いつまでみっともない姿を晒しているんだ、って。そこに悪意など欠片もなかった。


 だから悪いのは俺だ。


 「葵が、この町の守り神に・・・なってたら、いいわね」


 そして代わりにそんなことを彼女は口にしたのだった。それきり赤月は何も言わなかったので俺は教えてくれたお礼だけ言って、図書室をあとにしようとした。


 「うわっ!」

 「ひゃっ!」


 したのだが、扉を開けた瞬間、すぐ目の前に人が現れたので驚いた。


 って、誰かと思えば。


 「いったぁ・・・って、やっと見つけた!」


 そこにいたのはハルだった。尻餅をついたためか、腰の辺りをさすっている。


 「なんだ、ハルか」

 「なんだって、何よ!誰に聞いても知らないって言うし、この学校のことまだあんまり知らないしで大変だったんだから!」


 頬を膨らませながらぷりぷりと怒っていたがまったく怖くない。


 「ふっ・・・はっはっは」


 そんなハルの様子に思わず笑みがこぼれた。


 「ちょっと、なに笑ってるの!ねぇってば!」


 肩を揺すられながら問い詰められたが俺は何も答えなかった。

 

 お前はやっぱりそっちの方がいい。それでこそ日陰陽菜だ。


 「何でもねぇよ。ほら、さっさと行くぞ、教室に」

 「あ、待ってよー」


 俺がすたすたと歩き始めるとハルも後をついてきた。


 「ねぇ、図書室で何してたの?」

 「ん、ちょっと本返しに行ってただけだ」

 「せーやって、本、好きだったっけ?」

 「昔はそうでもなかったけど最近好きになったんだよ」


 これは嘘偽りない事実だった。没頭できる物語に出会ったのだ。少し前に。そのおかげでなんとか生きていけているのかもしれない。


 俺の言葉にハルは「ふーん」と相槌をうった。


 「じゃあさ、せーやの好きな本今度教えてよ」


 隣に並んだハルがそんなことを言ってきた。声には少しの好奇心を感じ取れた。


 「・・・・まぁ、そのうちな」

 「・・・うん」


 別に構わなかったので了承してやった。けれど少し照れ臭かったので声が小さめになった気がする。


 ちらと横目で彼女の様子を伺ってみると、なんだか嬉しそうに見えた。


 階段を登り、少し進んで俺が所属するクラスの教室に入った。すでに人はいなくなっており、静かだった。外は雨が降っているため日差しが差し込むことはなく、少し薄暗かった。


 俺は自分の席に座り、ハルにも「どっか適当に座れよ」と促すと彼女は少し逡巡した後、俺の右隣の席に座った。


 「さて。具体的にはどうする?」

 「どうするって・・・・・」


 俺が問うと、ハルは困ったように眉を寄せ、少し考え込んだ間を開けた後、再び口を開いた。


 「とりあえず署名を集めるとか・・・?」

 「・・・・・熱でもあるのか?」

 「ちょっと、それってどういう意味!?」


 しまった。口が滑った。


 ハルが俺の方を向いて身を乗り出してきた。近いわ。


 「いや別に?昔はアホなことばっかやったり言ってたりしたお前が真面目なことを言ったから驚いただけだ」

 「もう!それ、バカにしてるでしょ!」


 ハルさんはおかんむりでした。


 「ま、とにかく。確かに署名ってのが無難だよな。ある程度集めれば効果はあるかもしれない」

 「うん。ただ、どれくらい集めればいいのかな。この町の人口の半分くらい?」

 「どーだろうな。やってみないと分からないが、そんなに集まるとは思えねぇな・・・」

 「ああ・・・確かにね。私はあそこは村のシンボルみたいなものだと思ってるけど、今じゃ寂れちゃって人が寄り付かないって聞いた」

 

 年配の方々以外の人々の署名がどれだけ集まるかが鍵になってくる。俺たちのような若者はあんな神社に興味なんて示さないだろうしな。存在自体知らないってこともあるかもしれない。


 「他の案も考えといた方がいいわな。・・・って言っても頼み込むしか方法が思い付かねぇけど」

 「あはは・・・まぁ、とりあえず始めてみようよ。時間もないし」

 「3週間、か。時間ねぇな。とりあえず4日間くらい頑張ってみるか」

 「・・・・・・・」


 突然ハルが黙り込んだ。


 「おい、どうかしたのかよ・・・?」


 促してみると、ハルはこんなことを言ってきた。なぜか少し俯いており、表情は曇って見えた。


 「どうして、何も聞いてこないの?私がまだ何か・・・隠してるって、知ってるでしょ?」

 「お前・・・・・」



 ハルの声は何かに怯えるように震えていたので思わず少し動揺してしまった。


 お前・・・何が・・・


 「いや、俺は別に隠し事のひとつやふたつあってもいいと思ってるんだよ。だから、お前が言いたくないことや言えないことは言わなくていい」

 「せーや・・・・・」

 「お前は言わなくていい。俺が知りたくなれば勝手に調べるから」

 「・・・・・・」


 俺がいい終えた後、ハルはしばらく黙り込んでいたが、しばらくすると決心したような顔をして再び口を開いた。


 「せーやに隠してること、全部話すね」


 

 


 

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少年と少女と守り神様 蒼井青葉 @aoikaze1210

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