第三話 仮説

 「て、天災・・・?ぶっ、はっはっは」


 あまりにも突拍子もないことを言い出したので思わず吹き出した。


 「あはは、まぁ信じられないのも無理はないけどね・・・でもね、神社が再建されなければ3週間後には本当に起こるんだよ」


 少しだけ苦笑した後、すぐに真剣な顔に戻ってハルはそう言うのだった。


 やはり今日のこいつはいろいろとおかしいな。


 「いや、だから根拠を示してくれって言ってるんだよ」

 「・・・・・・・・・」


 俺の言葉にハルはすぐには何も言わなかった。彼女の方を向いてみると瞑目しながら、何かを考えているようだった。


 昔から思ってたけど、こいつ、まつげ長いよな・・・。それに髪も艶があって綺麗だ。


 気づけば俺は彼女の顔をじっと見つめていた。いかんいかん、確かに顔はそこそこいいとは思うが。


 俺が目を背けるのと同時にハルがようやく口を開いた。


 「わかった。じゃあ、目を閉じて。そうすればわかると思うから」

 「は?目を閉じる?」

 「いいから、いいからー。騙されたと思って。お願い!」


 両手を合わせて必死に頼み込んできた。


 何なんだよ、まっまく。


 俺はため息をひとつ吐いてから口を開いた。


 「わかったよ」


 そうして俺はゆっくりと目を閉じた。


 すると不思議な光景が頭の中に流れ込んできた。


 「・・・・・!!」


 それは、大雨により町が浸水し、土砂災害で家々が埋もれ、荒れ狂う暴風によって建物の一部や木々が飛び交う、この町の様子だった。目も当てられない光景が次々と見えてくるものだからさすがに驚いた。


 ここまで具体的な光景が頭に浮かぶことなど普通はない。


 一体どういうことだよ・・・


 俺は目を開いた。


 「わかったでしょ?それがありえる未来の光景だよ。この町の神様がせーやに見せてくれたんだよ」

 「・・・・・まぁ」


 なぜかハルがドヤ顔をしながら言うのだった。


 神様、ねぇ・・・・・あなた、その神様と知り合いだとでも言うのでしょうか?


 まぁ、そういう人知を越えた存在が見せたというのなら納得だが。


 だが最後の質問が残されている。


 「最後にこれだけ教えてくれ。どうして俺にこんなことを頼むんだ?」


 正直、これが一番と言ってもいいくらいの疑問点だった。


 「・・・・・・へ?」


 俺は結構真面目に質問したのだが、ハルはぽかんとした顔をしやがった。なんだ、その「そんなこと!?」とでも言いたそうな顔は。


 「なんだよ・・・その顔は」

 「ああ、ごめん。つい。それは、その、わたしが頼れるのはさ、せーやしかいない・・・みたいな?」

 「・・・・なんだよ、それ」


 正直、どう受け取ればいいのか分からなかった。何かある種の意味が込められているように感じられたのだ。


 なんか口ごもりながら言ってたし。


 「お前の知り合いなら、俺以外にもいるだろ。違う高校だけど町内にはいるはずだ」

 「・・・うん、そうだね。でも・・・」

 「何だよ・・・?」


 ハルが突然押し黙ったので疑問に思って促してみた。何があるというのだろうか。


 「ううん、何でもないの。そこはさ、やっぱり元幼なじみじゃん、わたしたち。せーやのことはけけっこう頼りにしてる、みたいな?」


 言い終えたハルの顔には優しげな笑みが浮かべられていた。


 今ここにいるのは間違いなく日陰陽菜のはずだ。だがなぜか別人のような感じもした。心境の変化で性格が変わったとかそういう次元の話ではなく、根本的なものが昔の彼女と少しだけ違う気がした。だが明確な根拠がなかったので言葉にはできなかった。


 こいつから伝わってくる雰囲気。それは中二の頃の俺にとって光だったによく似ていた。


 少しの胸の痛みを感じて俺は咄嗟に下を向き、胸を手で軽く押さえた。


 「せーや、どうかしたの・・・?」

 「・・・なんでもねぇよ、マジで。とにかく、話はわかった。しょうがねぇから付き合ってやるよ」


 こいつの話を完全に信じたわけじゃない。こいつはいろいろと隠していることがある。だが問い詰めたとしても自分の口からは決して言わないだろう。


 なら、自分で調べるしかない。


 俺の言葉にハルは「ほんと!ありがとう」と言って俺に微笑みかけた。


 「具体的な話は放課後だ」

 「うん。さ、お昼食べよ?」

 「おい、何で近寄ってくるんだよ」

 「いいじゃん、いいじゃん。そんな細かいこと」


 そうしてこの日の昼はふたりで過ごしたのだった。


 ★★★


 放課後、俺はハルのクラスに行こうと思ったが、その前にある人物に会いに図書室に向かった。まぁ、何もなくてもそこそこ通っているが。


 貸し出しカウンターの席に座っている女子生徒に話しかけた。


 「赤月・・・ちょっといいか?」


 すると彼女は本から顔をあげて俺の方を向いた。


 「ん、ああ。なんだ月見か」

 「なんだ、ってなんだよ」


 赤月あかつきつばめ。それが彼女の名前だ。赤月は俺と同じクラスの生徒で、数少ない中学からの知り合いだ。そして図書委員。髪は肩のあたりで切り揃えた黒髪のショートで眼鏡をかけている。


 「いや別に?ただ、あんたが話しかけてくるなんて珍しいな、って思っただけ」

 「まぁ、それは事実だが・・・」

 「それで?私に何か用?」


 赤月は頬杖をつきながらぶっきらぼうに何の用かと尋ねてきた。


 「ああ、お前なら知ってそうだと思ってな。何か、この町に伝わる伝説・・・みたいなのって知ってるか?俺は何となく聞いたことがあるくらいでよく知らないんだよ」

 「伝説・・・?何でまた急にそんなこと聞いてくるの?」


 訝しげな視線を送ってきた。まぁ無理もない話だが。


 「いや、実は俺、そういうのに興味あるんだよ」

 「嘘でしょ」


 誤魔化そうとしたが速攻でバレた。どうやら俺は嘘を吐くのが下手らしい。


 「悪いが訳は言えない。けど、とにかく知りたいんだよ」

 「・・・なにそれ」


 言い終えてから彼女は露骨にため息を吐いてみせた。


 「まぁ、いいわ。特別に私が知ってることを教えてあげる。感謝しなさい」

 「アリガトウゴザイマス・・・ってお前そんなキャラだったっか?」

 「そんなことはどうでもいいでしょ!」


 いやそうだけど・・・


 ちょっと酷くないですか?


 「まったく・・・。この町に守り神がいるって話は聞いたことあるわよね?」

 「ああ、まぁな。子供の頃にじいちゃんとかがそんな話をしてた気がするから一応知ってる」

 「じゃあ、その神様の正体については?」

 「正体・・・・?」


 何か秘密があるのだろうか?


 俺は思わず眉根を寄せた。


 「そう、正体。昔に本で読んだんだけど、実はその守り神は少女の姿をしているらしいんだよ。私達と同じくらいの、ね」

 「・・・へぇ、そいつは知らなかったな」


 不思議な話だと思う。神が少女の姿をしているなんて。


 「すごいでしょ。私、そんなことも知ってるんだよ」


 なんかいきなり知識自慢してきた。ドヤ顔してやがる。


 「はいはい、すごいすごい」

 「つれない反応。そんなだから友達がいないのよ」

 

 俺の目をじっと見ながらそんなことを言ってきた。


 嫌味かよ。今の俺に対する。


 「・・・ほっとけよ。それで?終わりってわけじゃないだろ?」

 「まぁね。話を戻すけど、その少女の姿をした守り神が祀ってあるとされる神社がある天北山てんほくさん・・・この町ができる前の遥か昔は神様が住む山って言われてたらしいの。人々は山に入る前にお参りしてたんだって」

 「・・・ああ、そういえばなんかあるよな、そういう信仰って。山岳信仰だっけ?」

 「そうね、よく知ってるじゃない」

 「っていうか、あの山、天北山っていうのか・・・」

 「何、あんたこの町に10年以上住んでるくせにそんなことも知らなかったの?」


 やめろ、憐れみの目を向けるな!特に気にしなかっただけだ。


 「ああ、知らなかったよ。そんで?」

 「はぁ・・・それでね、その遥か昔に実はちょっとした儀式を行ってたらしいの」

 「儀式・・・?」

 「知りたい・・・?」

 「当たり前だ」

 「・・・・・・」


 急に黙りやがった。おい!


 「おい、なんとか言いやがれ」

 「毎年今で言うところの8月に占いで選ばれた年頃の少女が山の神への生け贄として差し出されてたんだってさ」

 「・・・何でもったいつけた?」

 「決まってるじゃない。気分がよくない話だからよ」


 まぁ、確かにそうかもしれないが。占いで選ばれたというだけで生け贄として差し出されるなんて、理不尽な話だ。


 それにしても少女、か。


 「差し出されてたのは少女なんだな」

 「そう、そこに秘密があると私は思ってる。この町の守り神も少女の姿をしているという。偶然だと思う?」

 「・・・まぁ、何か関係があるんじゃないかと思うのが自然だな」

 「でしょ」


 偶然の可能性もそれなりにはあると思うが、少し出来すぎな気がした。


 赤月は「それとね、」と言って話を続けた。


 「私は8月に行われてたってのにも何かあるんじゃないかと思ってる」

 「そう、か・・・?」

 「8月と言えば?」

 「夏、」

 「バカみたいな答え方をしないで」


 ひどい!素直に思ったことを口にしただけなのに!


 「・・・・・お盆、か」

 「そう、それよ。私が言いたかったのは。お盆ってお墓参りに行くでしょ?当たり前だけどお墓参りは死者に関係している行事。まぁ、太古の時代にはまだそんな風習はなかっただろうからこれはあくまでも私の仮説なんだけど・・・」

 「聞かせてくれよ、その仮説を」


 先を促すと、赤月は俺の目をじっと見据えながらこんなことを言ってみせたのだった。


 「実はこの町で死んだ女の子が守り神になってるんじゃないか、って話」

 


 


 


 

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