「彼等の世界」

低迷アクション

第1話

突然の夕立は、予想外のアクシデントをもたらした。


今や、お決まりとなったゲリラ豪雨が、短時間に激しく降り注いだ。そのせいで、

地盤が緩み、解体予定の廃墟の一部が崩落した。


重機を使い、取り除いた所、土砂と瓦礫の中から現れたモノがある。


「どうやら、穴みたいですね“主任(しゅにん)”…」


崩落跡を調べた作業員の“田島(たじま)”が“参った”と言う顔を隠さず、

私に声をかける。振り返る彼の後方には、瓦礫の中にボッカリと開いた穴が見えていた。


「不味いな、工期が例の豪雨災害で、ただでさえ、遅れてるって言うのに…」


私の声に、他の作業員達が集まり、ゲンナリとした顔を作っていく。

専門家を呼ぶ必要があるかもしれないのだ。こんな山深い場所では、時間もかかる。

加えて今日は祝日、事務所も、お役所もお休み…


私を含めた5人の出勤者達は、家族サービスをフイにしての結果だ。全くヒドイ、ヒド過ぎる…


「主任、あれじゃないっすか?これ、人が入れますよ?奥までは見えないけど」


重機から下りた“中井(なかい)”がヘルメットを押し上げ、

穴の中を大型ライトで照らす。


「入っちゃう?な~んて」


おどけた感じで、お調子者の“山中(やまなか)”が笑い、後ろに立った無骨な

“秋武(あきたけ)”に拳骨を喰らっている。


「そうだな…入るか」


しばし、翔潤した後の、私の発言に全員が驚いた顔で、こちらを見る。

一気に広がった不安顔達を安心させるために、即興で頭を動かし、説明する。


「大丈夫だ。ちょっと入って、目立ったモノがなければ、そのまま埋める。恐らく、何の

価値もない、只の穴だ。解体前に、建物内部を調べた奴等からも、何の説明もなかったしな」


何だかんだ言っても、責任者である自分の言葉に、全員が頷く。まぁ、全員の本音が

“めんどくさい”で一致した結果だろう。


私を含め、あまり素行が良い連中ではない。休日出勤に割り当てられるような奴等だ。早く帰りたいと言う気持ちの方が勝っているのだ。


中に入る人選は、私と中井と秋武…と、ちょっとしたスリルと冒険心を満たしたいと

言って効かない山中に決まった。


「無線は渡しておく。何かあったら、連絡するし、そちらも外の様子が、例えば、穴周りが

崩れそうなら…いや、大丈夫だと思うが、連絡してくれ」


「わかりました。気を付けて主任」


田島の言葉が合図となり、各々がヘッドランプを点けて、穴の中に入る。先頭は私、

最後尾の秋武は何故かバールを持っている。


「たけ、そんなもん持ってどうする?」


「…念のためだ…」


「へっ、映画の観すぎだよ。バーカ」


秋武の言葉を、山中が茶化すが、先頭の私は少し怖くなった。穴の中は緩やかな下りになっていて、天井や、地面に難所がある訳もでない。まるで、通路だ。それは、一体、誰のために整備されたと言うのだろう?


「滑りやすいと思ったけど、何だか、足元も、壁も固いっすね」


中井の発言に同意だ。もっと、湿った空間を予想していたが、これは違う。全体的に乾燥している印象だ。オマケにライトを通して、熱気のようなモノまで伝わってくる。


「この臭い、硫黄か?確か、廃れる前に入っていたのは測量だっけか?」


「確かに臭いっすわ。ええ、そうです。会社は測量が専門だったと…だからって、この穴は

関係ないですね。その前とか、もっと前に、どんな会社が入っていたかは、

わからないっすけど…」


中井の言葉に頷きながら、鼻をヒクつかせる。匂いは穴の、更に奥から来ているようだ。


「主任、もういいんじゃないすか?」


さっきから饒舌だった中井が遠慮がちに声をかけてくる。私も正直、ここらで終わらせたい。

だが…


「おっ、主任と中井さん…奥、奥!おくぅ~っ、ちょっと広くなってません?」


3番目に続く山中の、私が先に確認し、正直隠したかった事を露骨に言い当てた発言で、

先に進む必要性が出来てしまった。渋々と言った様子で無線を開く。


「…聞こえるか?私だ。田島、穴の先に広い空間がある。いまから、そこに行って、

少し調べたら、戻る、そちらは変わりなしか?」


「…了解、でも、主任…天気が怪しい。なるべく早めに出た方がいい。雨の量によっては、

穴ん中に泥流れ込んで、大変だ」


田島の声に不安が混じっている。外の天気はだいぶ不味い事になっている様子だ。正直、

こちらが思っている通りの状態だろう…


「わかった」


短く答え、通信を切った私は、目の前に黒々と広がる闇の中に一歩踏み出した…



 「これは凄い。もしかして、俺達は処女洞窟(まだ、未発見の洞窟)に

来てるんじゃないか?」


山中が興奮した声で、ライトを四方に巡らす。私自身も驚いていた。時間にして、20分程下りた地底に、こんな空間が広がっていようとは…


光に反射された天井は、固そうな鉱石が光っている。足下に広がる地面にも、同じような

岩石がひしめき、ささくれだっている。


「幻想的な湖が広がってたら、もっと、ロマンチックだったんすがね?」


持参した水筒を持った中井がこちらを振り返る。確かにそうだ。映画や資料で見た事のある

美しい地下湖とはおよそ、かけ離れている。まるで…


「溶岩が固まったみたいだな」


秋武の言葉で、合点がいく。そう、これは流れ出した溶岩が固まったみたいだ。いや、光線の加減か?今、一瞬動いたような気が…


私の疑念を全く感じてない山中が、近くに突き出した、岩の切っ先に手をかける。


「鋭いな。これ磨いて、ナイフとかに加工できねぇかな?スタッグナイフみたいに…つっ!…」


喋る山中の声が不意に途絶えた。“どうした”と声をかける中井が


「うっ」


と呻く。すぐにライトを向ける。


「や、山中」


山中の顔面が、尖った岩に、頭を貫かれていた。一体、何が起きた?山中が転んで、

岩に頭をぶつけたのか?


「主任、動いている。動いてる!」


中井の悲鳴に、頭のライトをどうにか抑え、当ててみれば、山中の全身を覆うように、

黒い岩が起き上がり、彼の体をゆっくりと呑み込んでいく。


「あ、あ、あ、あ」


私の心境を体現してくれた中井が断続的な“あ”を繰り返しながら、崩れ落ちる。

小刻みに振動する私のヘッドランプの横を、バールを振り上げた秋武が走り抜け、

岩の怪物に鈍い鉄棒を振り下ろす。鉄と鉱石がぶつかる音が洞窟内を反響していく。


何度目かの打撃が終わり、肩で息をする秋武が棒を下ろした時、その足元には、山中の死体と人間程の大きさを持った岩が転がっていた。


「何だ、これは?生きてるのか?」


私の声に、曲がったバールをいじる秋武が簡潔に述べる。


「逃げましょう」


同意見だ。放心状態の中井を引き摺り、地上に出る道を目指す。今や、洞窟全体が巨大な

変容を見せていた。


地面や天井に敷き詰められていた岩々は、針山ばりに全身をとがらせた四肢の怪物となり、上から、下から、こちらに大挙して、津波に負けないくらいの勢いで押し寄せてきている。


足の速い何匹かが、私達の進行方向に先回りし、逃走を妨げる。怒声を上げた秋武が

バールを奮い、何とか退路を作っていくが、あの曲がった得物でいつまで保つか…


コイツ等の正体はわからないが、飢えている事は察せられる。山中の死体に何匹か群がっている事から見れば、それは確信だ。


「来るな、来るなぁああ!」


私の肩に掴まりながら叫ぶ中井が、

水筒の持った手を振り回す。蓋は開いたままだ。飛び散る水が怪物達に降り注ぎ、

一瞬だが、連中の動きが止まる。


(…!?…まさか、これは…)


中井に声をかけようとする前に、大口を開けた岩の化け物が、彼に飛びつき、押し倒す。


「助け…」


中井の声に被さるようにのしかかった怪物は、頑丈な歯で恐怖に歪んだ顔面を齧り取る。

その光景に絶叫した私は、足に入った鋭い痛みに、二度目の大声を出した。


視線を移せば、辺りにひしめく怪物群より、いくらか小振りな奴が喰らいついている。

ヘルメットを外し、夢中でそいつを殴りつけ、足から引き剥がすと、急いで立ち上がった。


痛む下肢を引き摺りながらも、速度を徐々に上げ、出口を目指す。後、もう少し、もう少しで…


解放の興奮に高まる心は、何かに躓き…


固く、動き回る地面に転がり、一気に絶望へと変わった。


「あ、秋武…」


そこには顔面と全身を余す事なく食い散らかされた、かつて秋武だったモノが転がっていた。力が抜けていく私の体に、奴等の触腕が伸びてくる。


この異形のモノ達は、私を喰らいつくした後、次は外を目指すだろう。体の小さい奴が先に

這い出て、見張りの田島を殺し、その後は山を降りて、町に向かう。自身の妻と娘は


県を跨いだ所に住んでいるから、襲われるのは少し先になるだろう。その頃には警察か

自衛隊、在日米軍が何とか…


いや、無理だ。今のマスク常備のご時世に、対応不能な政府と世界では…

こんな化け物共を見たって、何も出来やしない。


こ・こ・で・止・め・る・しかないのだ。そして、その止め方は…


先程の小振りの仲間達が、私の片足を、完全に壊し終わった時、無線が鳴る。小指と中指が

食いちぎられた手で、無線を握り、激痛に失いそうな正気をどうにか保って、口を開く。


「た、田島か…」


「あっ!主任、何やってんです?もう、1時間以上も出てこなくて、不味いです。雨です。さっきよりも強い夕立がきそうです。この分だと、土石流みたいに、穴に流れ…」


正に好機と言う他ない。最後の力を振り絞って、なるべく、簡潔に要件を述べた。


「いいか、田島、よく聞け!皆、死んだ。ヤバいモノが地上に出ようとしている。訳わからんだろうが、とにかく、理解しろ!


お前は雨による、土石流が起きる前に、そこから離れろ。そして、騒ぎが収まったら、穴を完全に塞げ。セメントでも、瓦礫でも何でもいい。頼んだぞ!」


交信を一方的に終え、無線を私の腹に、頭を埋める怪物の頭に叩きつける。

よくはわからないが、コイツ等は水を嫌う。乾き切った奴等の世界が、それを証明している。


いや、そもそも、水という存在に初めて触れ、驚いたのかもしれない。どっちでもいい。

今から、数十分、数時間、洞窟内に釘付け出来れば、人類の、私達、山中、中井、秋武の

勝ちだからだ。


全身の感覚が無くなっていく私の頭上から、勢いづいた轟音が響いてくる。今まで、

散々、仕事の邪魔をしてきたモノを、これほどありがたいと思った事は‥‥


多分ない…(終)

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