ぼくがはじめて好きになった子は・・

刈田狼藉

原題:あの子とおふろに入りたい(一話完結)


ぼくがはじめて好きになった子は、

近所に住んでいた背の高い子だった。


ショートパンツから生えた、

シミひとつない白いあしが、

とてもきれいだった。


冬になると、

その雪みたいな白い肌に、

淡くまだらに血の色がすけて見えて、

とても、

とてもきれいだった。


むきだしなその白さが、

そのやわらかさが、

なんだか危ないくらいで、

なんだかまぶしいほどで、

なんだか・・

やっぱりうまく言えない。

とても、

とてもとおとく思えたのだ。


その白く光るあしを、

きれいと思って見とれちゃうのは、

ぼくだけ、

という訳ではないみたいで、


近所のおかあさん達の、


見てあの子、

きれいなあし、

まるで、年頃のむすめさんみたい・・


声をひそめて囁きあう声の、

その上ずってかすかに震えるのが、


その子のすこし後ろを歩く、

ぼくの耳にとどく。

少しだけ、うれしくなる、なんだろう、このきもち。


あの子になりたいなあ・・


そう思った・・ことはある。

あの子に、

いっそなってしまいたい。

そうすればぼくも、

自分のおでこや、髪や、ほおや、くちびるを、

その白い指でなぞって、

かすかな温度と、

こどもらしい曲線と、

そのやわらかさとを確かめて、

ちょっと顔を赤くしながら、

でも・・


でも自分のことが好きって、


思えるようになるのかなあ?

なんて・・


四年生のぼくたちは、

ランドセルをならべて歩く。

のんびりと、

ふらふらと、

おしゃべりしながら歩く。

ともだちのこと、

学校の勉強のこと、

まんがやテレビアニメ、

いっしょにやってる習いごとや、

おたがいの・・・こととか。


急に、

ほんとに急にぼくは強がって、

ぼくにイジワルをするちょっと嫌なクラスメートの悪口を言う。


だって!


前髪のあいだからのぞく、

ぼくを見つめるひとみの色が、

複雑な色彩にきらめいて、

あまりにもきれいだったから・・


眼のまわりとほおに差す赤い色が、

白いはだとのコントラストが、

きれいで、

まぶしくて、

息がくるしくなって、

なんだか泣きたくなったから・・


ぼくが弱虫なのはみんな知ってる。

だけど

この子に弱虫なのを見せたくない。

おんなの子みたいって、

よくみんなに言われるけど、

この子には、

そう思われたくない。


「じゃあね」

「ん、またね」


その子の家の前で、

あいさつを交わして別れる。


後ろから見るその子の、

ふわっとした、

やわらかそうな髪。

まっすぐな黒髪なんだけど、

少し色あせて、

シルクみたいな光沢と影とが、 

入り組んだ髪の流れを浮き上がらせて、

無造作な感じなんだけど、

とてもやわらかそうで、

そして可愛らしくて、

さわって、

その手ざわりを、

確かめてみたくなる。


変かな?

おかしいかな?

ぼくってヘンタイなのかな?


みんなは、

例えばすごく可愛いおんなの子を目の前にした時に、

こういう変な気持ちにならないのかな?


いつまでも帰らないで立ったままのぼくを、

変だと思うのか、

その子はドアの前で、

不思議そうにこちらを見た。


大きな眼、

空の青さをたたえた瞳、

まるで美術館で見た、美しいガラス細工のような・・


「どうしたの?」


「あっ、あのさ」


ぼくは、

なんだかドギマギしてしまって、

思わず下を向いてしまう。


「あっ、あしたの塾だけどさ」


あしたは日曜日。

この子と同じ塾に通っているのだ。

待ち合わせの時間を相談するふりで、

ごまかしてしまいたかった。


という事実を。


「あのっ、時間」


「顔、赤いよ?」


でも君は、

ぼくのごまかしはスルーして、いきなり核心をついてくる。


「そっ、そんなことないよ」


それでも君は、

ぼくの言いのがれはスルーして、

いきなり・・

いきなりぼくのおでこに手のひらを当てる。


「ねつ、ある?」


君はぼくの前髪をすくい上げたその手で、そのぼくのおでこをやわらかく押さえて、至近距離から、眼の中をのぞき込む。まるで眼の中の、何かを測るように。


きれいな眼、

白眼しろめのところまできれい。

きらきらと光る、

ぱっちりと開いた大きな眼。


ミルク色のはだに落ちる、空の青をうすく溶いた影に、淡く色づく、小さな子どもみたいなくちびる。君の息づかいが、伝わってくる。体温を、感じる。真剣なまなざしが斜陽にきらめいて、そしてなんだか、あまい匂いがする・・


ねえ、


あいまいに、

そう呼びかけて、

でも何も言わないまま、

ぼくはあの子の髪にふれる。


は、


軽くて、

なめらかな黒髪。

耳の横のあたりをそっと撫でて、

そして、

指を、

髪のなかに、



はっ、んっ、


やわらかな、

君の手ざわり。

くしけずられた髪が、

空のひかりを透かして、

さらさらと、

そしてなないろに彩られて、

とても、

とてもきれいだった。


ぼんやりしたような、

君のひとみと、

やわらかそうな、

赤く火照るほお。


はぁ、はぁ、


その赤さに、

ぼくはふれる。

震える指さきで、

おんなの子のような白いほおの、

その輪かくをなぞる。


君のことが・・


ぼくは気持ちをおさえることができずにそう口走って、

でも・・


好き。


そう言ってしまう前に君は、

ぼくの眼を見たまま、

右手で、

ほおを撫ぜるぼくの左手をつかんだ。


そして、

ぼくの手を、自分のほおに、

そのままぎゅっと、

やわらかく押しつけた。


ちょっとだけ肩をすくめて首を傾げる、

おんなの子みたいなしぐさ。


「おかあさんみたい」


君は、

そう言って、

無防備な可愛らしさで、

まるで子どもみたいに笑って、


君の、

手のひらの感触が、

ほおのやわらかさが、

電気みたいにシビれる感じて、

手から、

背中の下の方にゾクゾクって走っていって、


瞬間、

ひざに、

ちからが入らない感じになって、


「あっ」


「どうしたの?」


「ぼくっ、も、もう帰るね」


ぼくは下を向いて、

走った。

くるっとあの子にランドセルを向けて、

走り出した。

足がちょっとだけもつれて、

でもかまわず走った。

だって、

早くうちに帰らなきゃ・・


「ねえっ」


あの子の声に、

ぼくは足を止める。

くるっと振り向いた景色のなかに、

真夏のお日さまの、

そのまっ白い光に包まれてたたずむ、

たよりなげな、

あの子の姿があった。


「また明日ね」


少しだけ恥ずかしそうな笑顔、

可愛い、すごく。


「うん、また明日」


かぶりを振って、ぼくは答える。

またすぐに、

くるっとランドセルを向けたのは、

今度は、


泣きそうになったから・・


また明日ね、

いつもの言葉、

でも、

すごくうれしかった。


明日は日曜日。

でも塾だからあの子に会える。

あの子の声がきける。

細くて柔らかなからだ。

どんな色にも映える白いはだ。

小さめなサイズの半ズボンに包まれた、

やっぱり小さなおしりと、

そこからすこやかに伸びる、

ちょっとくらいに長くて、

美しいあし。


涙と陽光にきらめくひとみと、

はにかんだような、

可愛い笑顔・・


やっぱり好き。


**


晩ごはん食べて、

おふろの時間になって、

洗面所ではだかになって、

湯ぶねのお湯に、

口のところまでつかりながら、

ぼくは、

顔が熱くなってしまう。

今日のことを、思いだしていた。


あのあと、

急いでうちに帰り、

ランドセルを置いてすぐに、

トイレに入って・・


やっぱり、

少しだけ濡れていた。


急に、

膝にちからが入らなくなって、

おなかが、

なんだか熱くなって、

それで・・


もう四年生なのに、

おもらしなんて、

ほんとにアセった。

ほんとに、どうかしてる。


でも、

色とかにおいも別になくて、

不思議だった。

まあ、それはそれで助かったんだけど・・


ぼくは、

火照ったほおを両手ではさみ、

眼を開けたまま、お湯のなかにもぐる。


眼の前が、

白くぼやける。


音が、

小さく、遠くなる。


ここなら、

誰にも聞こえない。

ここなら、

誰にも知られない。


友だちにも、

母さんにも、

絶対ないしょの秘密の願いを、

ぼくは言葉にしてみる。


あの子とおふろに入りたいな・・


言ってしまって、

ひどく、

本当にひどく驚いて、

ぼくはざばっと、水面から顔をだす。


そして、

つい焦ってキョロキョロしてしまう。

誰もいない。

ぼくは、

ほっと一つため息をついて、

そして、顔を赤くしたまま、

ほおを護っていた両手をウェストにまわし、

眼をつむり、

からだを丸めて、

自分を抱きしめる。


あの子とおふろに入りたい。

あの子のすべてを見てみたい。

あの子の秘密にふれてみたい。

あの子のはだに歯をたてたい。

あの子のまぶたにキスしたい。

あの子の温もりを感じたい。

あの子のくちびるを吸ってみたい。

あの子の涙を口含ふくんでみたい。


あの子に、

好きだと伝えたい。


あの子に、

なってしまいたい。


叶うことのない願い。

ぼくは泣きそうになる。


愛しさが、

胸のなかにおさまり切れなくて、

耐えられそうにない。


抱きしめるその手にちからがこもって、

そのやわらかくたよりなげな肌ざわりに、

それがぼくのものなのか、

それともあの子のものなのか、

分からなくなる。


あの子が好き。


もし願いが叶うなら、

たがいの愛しい気持ちを確かめあい、

はだをぴったりと押しつけあって、

溶けて無くなってしまいたい。


いきを忘れてキスをして、

そのまま死んでしまいたい。


そんなことを、

ぼくは夢に見ては、

ほおに帯びる熱をもてあまして、

またひとつ、

ため息をついてしまうのだ。


**


この恥ずかしい告白は、ここで終わる。


その後、あの子との関係が深まったりすることは無く、またそのことで悩んだり、怒ったり、苦しんだりすることも無かった。そのまま、そんなこと、いつしか忘れてしまった。


つまりは、

ぼくも、そしてあの子も、まだ子どもだったのだ。


その後ふたりは、ただ友だちとして、幼なじみとして、その後何年か、学校までの道のりを共にし、いっしょに遊び、時に仲が悪くなったりもしたという、ほんとうに、ただそれだけの話なのだ。


**


最後に、ひとつ付け加えたい。

単純に、言うのを忘れていた。


はじめて好きになった「あの子」の名前は、


———杉咲まなと君、


おとこの子だ。








———「ぼくがはじめて好きになった子は・・」 了











































 




























































































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ぼくがはじめて好きになった子は・・ 刈田狼藉 @kattarouzeki

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