Side Nemesis

 あの事件も、もう半年前のこと。

 あの時、私が入手した情報を与えられた児玉さんは、指示された手段でマスコミに情報を流すことで、復讐を果たすことが出来た。

 そして、私が復讐を手伝う代わりに『今後、周囲の人間の噂を一切、探ってはならない、広めてもならない』という約束をしたのだ。

 学校生活の根幹を成していた噂話を禁じられて最初こそ戸惑っている様子だったけど、あれ以来、彼女は約束を守って生活している。

 事件が終わって、徐々に普段通りの生活を取り戻し、声もようやく少しずつ出るようになってきて、児玉さんも気が緩んでいたのだろう。

「ねえ、見て。雪野辺家のその後のニュースが出てるよ」

 ある日、昼食を食べながらスマホを見ていた児玉さんは、ネットニュースに載っていた雪野辺製薬元・社長一家の話を、向かいに座る“友達”に見せてしまった。

「――ああ、約束を破ってしまったのね」

 スマホから顔を上げた児玉さんは、そこに居るのが友達ではなく采女静佳わたしだったことにひどく驚いた顔をしている。

「う、采女さん!? いや、これはっ」

「言い訳は結構。噂話によって自分自身が恨まれる可能性を、どうして考えなかったの?」

 がっかりして目を見つめれば、児玉さんは息を飲んだ。

「過ぎた行為には然るべき報いを、求める人には適切な援助を――約束を破った以上、もう貴女への復讐を止めることは出来ないわ」

 彼女もまた、復讐を願われる側の人間だった。噂話をしないことによって、均衡が保たれていたというのに。

「ごめんなさい、許して!」

 慌てて謝っても、もう遅い。

「さようなら、児玉さん。貴女の学校生活も、これで、お終い」

 パチン、と指を鳴らせば、児玉さんは眩暈を覚えたように、机に手をついて身体を支える。

「何を……?」

 眩暈から回復したらしい児玉さんが、恐る恐る私に尋ねる。

「貴女の中の『話していいことと悪いこと』の認識の境界を、壊したの。噂話をするのも結構だけど、その状態で話してどうなるかは――ご想像にお任せするわ」

 絶望に打ちひしがれる児玉さんの前で、一回、手を打ち鳴らす。

 これで彼女はもう、目の前の私を認識できない。

 哀れなかつての依頼人を置いて、私は自分の席へと戻るのだった。






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エコーは言葉を返せない~采女 静佳の復讐奇譚~ 佐倉島こみかん @sanagi_iganas

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