第二部06.推しキャラはスカウトする


 レオネルは今日も今日とて書類を捌いていた。

 騎士団の予算の申請書や、そこから引き落とされる経費に関する書類だ。そこには怪しげな領収書も含まれている。


 以前であれば金銭の関わる書類は各々の騎士団が財政部に提出していたのだが、あまりにも大雑把過ぎる領収書に財政部の人間からは苦情が入っていた。

 領収書の受け取りを断ろうにも貴族相手に強く出る事が出来なかったり、鋭い目つきで圧力をかけられ、恐怖のあまり泣く泣く通したものもあったのだとか。


 グレニアンとアレンダーク、そして財務大臣と話し合った結果、財政部の負担を軽くするため、それらの怪しい領収書は騎士団総括の元に送り返される事になった。


 レオネルは今、それらの領収書を一枚一枚確認していた。


「酒代の領収書なんて持ち込んできたのは誰だ!! んなもんに予算が下りる訳がねぇだろ!! 次!!」


 レオネルの声に、さっと次の書類が机に置かれる。

 無言で書類を置いた男の名前はフォルカス・ランサー。元侯爵家の三男でレオネルとは同い年だ。

 三男とはいえ侯爵の息子という事で、レオネルも学園で話したり、剣を交えた事はあったが、そこまで親しかったわけではない。

 レオネルは公爵とはいえ辺境育ちで、貴族の垣根をあまり気にしない性質だった。

 高位だろうが低位だろうが、王家を支えようという気概を見せる人物とレオネルは好んで付き合っていたからだ。


 今ならば言える、あの時は若かったと……。


 上辺だけの論争を繰り広げて満足していたレオネルはその後、グレニアンを背負い辺境まで駆ける事で世の厳しさを知った。


 フォルカスは学園時代は、無口で、無表情で、融通の利かない男だったが、周りをよく見る慎重派でもあった。

 レオネルの周りに群がる人間をよく見て、自分には必要ないと判断したのだろう。

 フォルカスはレオネルの地位に媚びたりせず、卒業するまで剣と学問を学ぶ仲間の一人としてのみ接した。


 そんな男がひと月ほど前、レオネルに面会を求めてきた。

 レオネルはフォルカスが今までどこで何をしてきていたのか全く知らなかった。

 ランサー家は前王弟の反乱後、粛清されてしまった家の一つだったのだ。

 レオネルは面会を受け入れた。


=====


 グレニアンが王位を取り戻してから四年。

 前王弟によって没落させられた貴族家で生き残った者達はすぐにそれぞれがそれぞれの伝手を辿って王家に申告し、グレニアンは彼らに保証や新しい爵位を授与してきた。

 グレニアンやアレンダーク、レオネル自身も、理不尽に粛清されてしまった貴族の生き残りを探しもした。

 その中にランサー家の情報はなかった。ランサー家に関してわかった事と言えば、当主は民の税金を守るために戦ったという事実……。


 レオネルは少し迷ったものの、会う事にした。

 もし本人なのであれば、彼が一体どのような理由でここに来たのか興味があったのだ。


 応接室に居た男は、記憶にある面影よりも痩せており、身なりも平民と同じような姿になってはいるものの、間違いなくフォルカスだった。

 鈍い銀色の髪に、細く鋭利な眼差し。

 しかし、学園で無駄口を叩かず、常に無表情で氷のようだと言われていた男は、十数年の月日が流れて人間味のある表情をするようになっていた。


「久しぶりだな。フォルカス、お前今までどこで何を……」

「お願いします。私を雇って下さい」


 レオネルは突然のフォルカスの言葉に目を見開いた。

 話の内容に驚いたのではない。上位貴族の言葉を遮ったフォルカスに驚いたのだ。

 昔の彼ならば、そんな不敬な事は決してしなかっただろう。

 フォルカスは驚いているレオネルが目に入らないのか、焦った様子で話し出す。


「妻が病気なんです! 私の稼ぎ程度では、もう……!!」

「お、おい、落ち着け! ランサー家の人間はもうお前しか残っていないのか!」

「……あの日屋敷に居た人間は、一人残らず殺されたと思います」


 前王弟の粛清があった日。その日は久しぶりに王都から当主が帰ってくると連絡があり、家族総出で帰還を待ちわびていたらしい。

 だが、タイミングが良いのか悪いのか、フォルカスは出かける用事が出来て、少し屋敷から離れた。

 ちょっと出るだけだからと護衛も付けずに出かけ、用事を済ませて帰ってみれば屋敷は燃えており、家の門前にはフォルカスの父親の首が見せつけるように串刺しの状態で飾られてあった。


「槍には木版が取り付けられていて、王家に逆らう者に粛清を、と書かれていました……。父はあんなに、王家に、国に、尽くしていたのに……ッ!!」


 フォルカスはその日から王家への忠誠心をなくしてしまい、平民として生きる事にしたのだという。

 そして慣れないながらも平民として暮らし、妻を得た。


「五歳になる娘もいるんですよ」


 娘を思い浮かべて微笑む姿は学園の時には見る事のなかった慈愛に満ちている。


「だから、貴族に戻らなかったのか?」

「ええ。また王家に振り回されるのも嫌でしたし」


 肩を竦めるフォルカスに、レオネルは何も言えない。

 レオネル自身も総括という地位を押し付けられ、グレニアンに振り回されている自覚があるからだ。

 レオネルはそれでも王家への忠誠心は衰えないが、それは今の王がグレニアンだからであり、フォルカスのような立場の者からすれば再び王家を信じるのは難しいものだということは理解できる。


「それでも、妻のために戻ろうとしたんだな」

「貴族に戻るつもりはありませんよ。今更戻ったところで他の貴族から謗りを受けるだけです。ですが……、妻が、肺炎に……」


 フォルカスは話していくうちに顔を俯けた。

 肺炎……、平民の町医者では治せない病だ。原因がわかっても、それを治す薬を町医者では用意できない。

 貴族に雇われているような医者であれば治療も可能だが、それでも長い入院と高い薬が必要になる。

 フォルカスは苦悩したのだろう、迷って、迷って、迷い続けて、それでも賭けに出ずにはいられなかったのだ。


「剣の腕は今でも健在か?」


 レオネルの問いに、フォルカスは勢いよく顔を上げる。


「騎士団は平民もいる、お前を雇ってもいいが、最低限の剣の腕は必要だ」


 レオネルの言葉に、フォルカスは鋭い目つきを取り戻す。

 彼は立ち上がり、即座に床に片膝を着き、右手の拳を心臓に当てた。


「騎士の剣でなくても良いのであれば!」


 レオネルは内心、にんまりと笑っていた。

 良い人材を発見したと……。

 レオネルは、すぐに職を譲ることは諦めたが、日没前にセルディの待つ家に帰る代替え案を新たに計画していたのだ。


 レオネルはすぐにフォルカスに入団試験を受けさせ、合格だと判断すると、そのまま自分の部下にした。

 周囲には総括の仕事を手伝わせるために自分がスカウトしてきたと話した。

 団員の中には妬みの感情を見せる者も居たが、フォルカスがいかにも貴族的な顔立ちで、レオネルと学園時代の同期だという事実は周囲をそれなりに納得させ、ひと月も経てば周囲だけではなくフォルカス自身も騎士団と総括補佐という役職に慣れ始めた。


=====


「美麗館? おい……、なんで娼館の領収書があるんだ……?」

「どなたかが通ったからだと思います」

「こんな領収書を出してきた馬鹿はどいつだ!」

「……この方、第八の団長では?」

「なん、だと……?」


 そんなこんなで、レオネルとフォルカスでやっかいな領収書の処理をしていると、扉が乱暴に叩かれ、そのまますぐに開けられた。


「隊長!! 大変です!!」


 入ってきた男は近衛騎士のレイナードだった。


「レイナード!? どうした!!」


 いつになく焦った声を出すレイナードに、レオネルも嫌な予感がする。


「陛下が至急隊長を呼んで来いと仰せです!」

「陛下が……?」


 レオネルは少しの逡巡の後に立ち上がった。


「フォルカス! 不要だと思った領収書は理由と明記して突き返せ! 判断に迷うものはいつもの箱へ! 俺が帰ってこない場合には日没前に退勤しろ!」

「ハッ!!」


 フォルカスの敬礼を横目に、レオネルはレイナードに続いて駆けだした。


「レオナード! 色は!」

「黒です!!」


 黒は、ヤニクからの緊急連絡。


(セルディ!!)


 レオネルは強く奥歯を噛み締めた。

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【二部開始】転生令嬢は推しキャラのために…!! 森ノ宮明 @xxxmeixxx

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