夏休みの大計画!

そのいち

5人の憂う少年たち


2番 「それでは、僕らの最高の夏休みのイベントは『カブトムシを獲りに行く』でいいよね?」


6番 「うん! もちろん賛成!」


12番 「異議なし」


10番 「イギなーし!」


6番 「楽しみだねえ、夏休み。待ちきれないよ!」


10番 「そうだ、じいちゃん直伝のカブトムシトラップを教えてやるからさ、たくさん捕まえて食ってやろうぜ!」


6番 「ふふっ、いやだなあ、カブトムシは食べ物じゃないよう」


10番 「冗談、冗談。本当に食べる訳ないだろう?」


12番 「……いや、実はカブトムシは食べられる」


6番 「えっ!?」


12番 「食用に加工したカブトムシがあるらしい」


6番 「嘘でしょう!?」


12番 「ほんと。ユーチューブで見た」


2番 「あ、それ僕も知ってる。外はカリっと、中はとろーりなんだって」


6番 「え、ええっ……!?」


10番 「はいはい。2番と12番も冗談だろう? 信じる必要はないよ6番」


6番 「なんだ冗談か。もう、やめてよ二人ともう」


2番 「本当だよ! 帰ったらユーチューブで調べてみなよ!」


10番 「よし分かった。でもこれが嘘だったら2番と10番は責任をとってカブトムシをむしゃむしゃ食べるんだぞ。マヨネーズはかけていいから」


6番 「……それは2番と12番がちょっとかわいそうだよ。それにカブトムシ的にも、あとマヨネーズにも」


2番 「そうだよ。食べられるけど食べたいかって言われるのは、また別の話さ。それにマヨネーズをかけたらなんでも食べられる訳じゃないんだよ」


6番 「そうそう。でもカブトムシが食べ物なら話が別だけどね。マヨネーズは何にでも合うから」


2番 「いやカブトムシは食べられるんだよ。さっきそう言ったでしょう?」


6番 「え? それじゃあマヨネーズをかけたら美味しいの?」


10番 「だからそれは2番と12番の嘘だって。カブトムシは食えないよ」


6番 「えっ! 何!? どういうこと!? 僕らはカブトムシを食べに行くんでしょう?」


12番 「違う。カブトムシは獲りに行くんだ」



 夏休みも間近に迫る放課後の六年二組の教室。


 僕らはこの小学校で最後の夏休みを最高のものにするべく計画会議を開いた。秘密裏に執り行われたこの会議は滞りなく進み、「カブトムシを獲りに行く」という結論に至りそうだった。



9番 「…………」


2番 「そういえば、9番はどう? カブトムシの決定でいい?」



 だけど僕はそれに納得できなかった。

 

 僕はカブトムシなんかには断固として反対だ。

 もちろん食べるのも反対だ。


 ちなみに先ほどから番号で呼び合っているけど、それはこの会議が秘密会議のため、守秘義務に基づきクラスの出席番号で呼ぶことになっているからだ。それに関して言えば、なんかカッコいいから賛成だ。



9番 「……ねえ、みんな。本当にそれでいいのかな?」


10番 「なんだよ? そんなにカブトムシを食べたいのか?」


9番 「違うよ、その話しじゃない。僕はマヨネーズをかけようが、バルサミコ酢をかけようが、カブトムシを食べるつもりはないよ」


10番 「それならチェダーチーズ?」


9番 「食べないって」


10番 「甘酢あん?」


9番 「だから違うんだよ! そういう話じゃないんだよ!!」



 僕は「ドン!」と机を叩いて主張した。でもそれがあまりにも攻撃的だったのか皆は驚いている様子で(甘酢あんに気を取られた6番は別にして)、僕は申し訳なくなった。



9番 「……もっとよく考えてみるべきじゃないかな? 最高の夏休みのイベントが昆虫採集なんて、ありきたりな気がしない? 今年で小学生最後の夏休みなんだよ?」


10番 「カブトムシを『ありきたり』なんて言うなよ! 昆虫の王様に失礼だぞ!」


12番 「いや待てよ、さっきまで9番はカブトムシ獲りに行くのに乗り気だっただろう?」


9番 「僕はみんなで森に探検しに行くのに乗り気だったんだ。カブトムシを獲りに行くのは賛成してないよ」


12番 「似たようなもんだろ? どっちにしても森に入って探検する」


9番 「いいや、全くの別物だよ。カブトムシを捕まえるのが目的になってる。それだとダメなんだ。 ……いいかい? 僕らは最高の思い出に残るような『特別な何か』を探すべきなんだよ!」


12番 「なんだよ、その『特別な何か』って?」


9番 「それは、特別な何かって言えば、……その、特別な何かだよ」



 僕はそこまで言っておきながら言葉に詰まってしまった。だが是が非でもカブトムシは認められない。でもそれに代わる何かを僕には答えられなかった。



10番 「それならカブトムシでいいだろ? 正直カブトムシだってここらの森なら結構レアだぜ? まあ、俺のじいちゃん家ならわんさかいるけどな!」


9番 「だからカブトムシじゃダメなんだ!」


10番 「なんだよさっきから! カブトムシのどこが悪いんだよ!」


9番 「悪いんじゃない。カブトムシじゃダメなんだよ!」


10番 「あ、分かったぞ! 9番は虫が触れないんだ!」


9番 「違うよ! そういうのじゃない!」


10番 「いや、絶対に嘘だね! 虫が怖いからそういうこと言うんだ!」


9番 「違うって!」


10番 「じゃあ何だよ!」


2番 「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いてよ二人とも! 静粛に、静粛に!」



 進行役の2番が僕らに割って入る。10番は「ふん」と鼻を鳴らして返事をしていたけど、僕はここで引くわけにいかなかった。だから僕は返事をしない代わりに別の発言を続けた。



9番 「……僕はお父さんに最高の夏休みって何なのかアドバイスを求めたんだ。それでお父さんが言った。『お父さんがお前くらいの頃にとある森を探検した。そこで子供にとって特別な物を見つけた』って」


12番 「それが『特別な何か』か」


9番 「うん。それがお父さんにとって今も忘れられない最高の夏休みの思い出でらしくてさ、僕はそれをやってみたいんだ……」


6番 「へえ、9番のお父さんはその『特別な物』って何か教えてくれなかったの?」


9番 「上手くはぐらかされたよ、でも『負の遺産』と、だけ言ってた」


6番 「負の遺産? 何それ?」


9番 「分かんない」


12番 「何だよ、分かんない事ばかりだな」


2番 「でも負の遺産かあ、なんだかカッコいいね!」


10番 「はい、議長」


2番 「え? 何かな10番」


10番 「議長は議長なんだからもっと中立的な立場じゃないといけないと思いまーす。今は何となく9番の味方に立っている気がしまーす」


2番 「ご、ごめん……」


10番 「それと俺は、9番の意見に真っ向から反対します! やっぱり夏はカブトムシ! カブトムシ以外はありえない!」


9番 「だからそれだと最高の夏休みにならないんだって!」


10番 「それで元々決まりかけていたことを覆す理由にならないな! なあ、6番はそう思うだろう?」


6番 「え? ええっと?」


10番 「カブトムシがいいよな? カ・ブ・ト・ム・シィーー!!」


6番 「そ、それならさ、前提としてカブトムシを捕まえることにして、ついでにその『負の遺産』ってやつを探すのでどうかな? うん! それがいいよ!」


10番 「あくまでついでだろう? 要するにおまけ。つまり6番はカブトムシ派ってことだよな。よし、カブトムシに俺と6番で二票になった。んで、12番はどうする?」


12番 「俺もその負の遺産ってのがはっきりしないなら、カブトムシでいいかな」


10番 「よく言った! つまりこれで、ひい、ふう、みい、……あれれ? 三対一になったじゃないか! ほら9番、これで考える必要はないよな?」


9番 「いや、ダメだよ! 『負の遺産』っていうのが何なのか分かれば、みんなも賛同してくれる筈なんだ!」


10番 「だから何なんだよ!? お前も分かっていないんだろ? そんな不確かなものに割く時間は俺たちにはないんだよ! 」


9番 「確かに不確かかもしれない。でも分かればきっとかけがえのない大切な何かになるはずなんだ! お父さんは言ってた『口に出すのも憚るような代物』、それが『負の遺産』なんだ。みんなで考えれば分かるはずだよ!」


10番 「お前のわがままに付き合ってられるか。小学校の夏休みはこれで最後なんだ。9番だって最高の夏休みにしたいんだろう?」


9番 「そうさ、だからみんなで考えるんだ!」


10番 「そんなに考えたいなら一人で考えるんだな。ほら、みんなを見てみろよ。もう誰も乗り気じゃないぜ?」



 そう言われて僕はみんなの顔を見渡した。誰かは分かってくれると思っていたが、誰も僕と目を合わせようとはしてくれなかった。



10番 「もう終わりにしようぜ。2番、議長なんだから締めてくれよ」


2番 「……そ、そうだね。皆がそれでよければ」



 だが、それでいいのだろうか? 最高の夏休みをそんな簡単に決めてしまっていいのだろうか? だからこそ、この会議を終わらせる訳にはいかない。でも僕に彼らを説得する術は何も残されていなかった。


 そんななか意外にも12番が口を開いた。



12番 「いや、終わるにはまだ早い」


10番 「あ、この! 12番! 裏切ったな!」


9番 「12番! ありがとう! 君なら分かってくれると思ったよ!」


12番 「お前に賛同したつもりじゃないぞ」


9番 「それはもちろんだよ。さあ、考えよう! 『負の遺産』って何なのかを! みんなで力を合わせれば解決できない問題はないよ!」



 これで振り出しに戻った。でもそれは僕にとって好都合だ。もう一度考える。もう一度考えて、みんなを正しい方向へと僕が導くんだ。


 だけどまた12番は意外なことを言う。



12番 「何を言ってるんだ。考える必要もないだろう?」


9番 「ど、どういうこと?」


12番 「お前、嘘を吐いてないか?」


9番 「へ? 急に何を言っているのさ?」


12番 「思えば最初から変だった。この計画会議の立案も9番だったし、最初はノリノリで会議に参加してたのに結論がカブトムシになった途端に黙り込む」


9番 「だからそれはさっきから言っているとおり、特別な何か、負の遺産があるから……」


12番 「それもだよ。お前、最初はその『特別な何か』ってのが何なのか分かんないって言ってたけど、話していくうちにぽろぽろとヒントを出していた。『特別な何か』が『負の遺産』になって、そして終いには『口に出すのも憚る代物』だろ?」


9番 「あー、そ、それは気付かなかった。別に悪気があるわけじゃないよ」


12番 「いや違うな。お前は俺たちを騙そうとしている。その『特別な何か』、『負の遺産』の正体をお前は既に知っているんだ。でもそれは『口に出すのも憚る代物』だから、誰かに言わせようとしている」


9番 「ま、まさか、そんな……」


12番 「白状しろよ、お前の中では最初から結論は決まっていたんだろう? 俺たちを利用して何かをさせようとしてただろう?」



 12番は間違ったことを言っている。僕がみんなを利用しようなんて、そんなこと僕は考えてはいない。


 でも、彼が言っている事は一方で正しい。



9番 「参ったなあ……。12番って意外と鋭かったんだ」


6番 「9番!?」


2番 「そ、そんな!?」


10番 「おい、嘘だろう!?」


9番 「全て12番の言う通りだよ。この計画会議は僕の中では最初から結論が決まっていたんだ。でも僕のキャラじゃないから言いたくなかった。誰かに気付いて欲しかった。だけどもう仕方ないよね、白状するよ」



 僕はみんなの顔を見渡した。今度はみんな真剣な顔をして僕を見ている。

 そして僕は、口を開く。



9番 「負の遺産、それは『エロ本』のことだよ」



 当然だろうけど、みんな唖然としていた。



6番 「エロ本? エロ本って、あのエッチな本の事だよね!?」


12番 「それ以外ないだろう。だが、何だってエロ本が森にあるんだ? お前の言い分なら森を探検してそのエロ本を探すんだろ?」


9番 「そうだよ。エロ本は森の中に眠っている」


10番 「ど、どういうことだ?」


9番 「僕はお父さんから聞いた。お酒に酔った勢いでぽろっと話してくれたんだ。お父さんが僕ら位の子供の頃はまだネットがそこまで盛んな時代じゃなかったから、男のエロスの捌け口はエロ本とかDVDとかのそういう媒体が主流だった。だけどそういう類は処分に困る。ゴミ捨て場にちゃんと捨てるのは恥ずかしいから。だから大人たちは森とか河川敷とかそういう人目のつかないところに不法投棄するんだ」


12番 「それをお前のお父さんは子供の頃に見つけたってことか。つまりそれが残念な男たちの『負の遺産』ってことか。お前のお父さんが『口に出すのも憚る代物』って言うのも何となく分かる」


2番 「え? 待ってよ。それは昔の話でしょう? 今はそれこそネット社会だから、今時そんなのを森に捨てる大人っているのかな?」


9番 「間違いなくいるよ。現代がネット社会になってもエロ本は売ってあるだろう? 売ってあるんだから持っている人はいる筈だ。確かに多少は減ったかもしれない。でもそれを拾う子供たちがさらに減っているんだ。大人は増えるけど、子供は減る一方。つまり消費者は減っても供給だけが増え続ける状態になっている。だから森には大量のエロ本が眠っている筈なんだよ!」


2番 「なるほど! 実に核心をついた理論だ!」


9番 「そして僕はお父さんがエロ本を探した森が何処にあるのか知っている……」


12番 「はい! 俺は9番に賛成します! 俺をお伴させてください!」


10番 「12番! この裏切り者! な、なんだよ、エロ本くらい大したことないじゃないか!」


9番 「ねえ、10番。それって本心なの? エロ本だよ? いや、おっぱいだよ? キミはおっぱいを見たくはないの?」


10番 「な、何だよ9番? 白状したとたんに開き直って。そんなの興味ねえし。やっぱりカブトムシだよ。なあ、カブトムシを獲りに行こうぜ!」


9番 「ねえ10番。おっぱいとカブトムシ、これは比べられるものでもないよね? だっておっぱいだよ?」


10番 「…………」


9番 「ねえ?」


10番 「……たい、です」


9番 「え? いま何て言ったの?」


10番 「見たいです! 俺は、おっぱいが見たいです!」



 簡単だ。12番は元より、やはり男はみんなスケベだ。これなら最初から素直に言うべきだった。これで難敵だった10番はあっけなくこの僕に屈したのだから。



9番 「では、2番はどうする? キミは議長の立場を建前に議論に介入してこなかったけど?」


2番 「いやあ、僕はほら、やっぱり議長だからさ……。どっちが良いとか答えられないよ。でも、決定にはちゃんと従うつもりさ!」


9番 「そんな言い訳聞きたくない!」


2番 「ん、じゃあ、その、9番に賛成で。ほら、こっちのほうが優勢だからね、このあと塾があるから結論を急ぎたいんだよ。それだけなんだよ!」


9番 「9番に、じゃなくて、エロ本に、だろう? おっぱいに、だろう?」


2番 「……はい、それに賛成」


9番 「おっぱいに?」


2番 「……おっぱいに」


9番 「なに? 聞こえないなあ、はっきり言ってくれる?」


2番 「貴方様とご一緒におっぱいを見させて頂きたいです!」



 そして2番も僕に屈した。


 残る6番は、まあこの際どうでもいいだろう。彼には何をする力もないことは知っている。つまりこれで、この会議において、僕を邪魔する者は誰もいない。



9番 「そうだ、それでいいんだ。君たちは僕の決定に従い、そして僕の指示通りに動く! 最高だ、最高じゃないか! ──ああ、そうか! これが、これこそが! 僕の『最高の夏休み』なんだ!」



 気分がいい。まるで王様や独裁者にでもなったようだ。

 だが、そんな気分に水を差す者がいた。



6番 「僕はカブトムシがいい」


9番 「おやおや、キミは何を言っているのかね? エロ本だよ? おっぱいだよ?」


6番 「ううん。僕はカブトムシにする。ねえ9番。キミはなんだかおかしいよ」


12番 「おい 6番! 9番に向かってその態度はなんだ! 不敬だぞ!」


9番 「まあ、待て。彼の話を聞こうじゃないか」



 下僕たちを制して6番に話しを続けさせた。



6番 「僕はもう嫌だよ。なんだかみんな怖いよ。この会議だって楽しくやってたはずなのにさ、急に喧嘩みたいになって、勝ち負けみたいになって、僕そんなの嫌だよ。夏休みって楽しいはずなのにさ、なんでこんなに……、僕はみんなと仲良くしていたいだけなんだ。小学生で最後の夏休みなのに、それなのに、それなのにさ、それなら僕はどっちもいらないよ……」



 と、彼はボロボロと大粒の涙を流しながら語った。



9番 「……6番」



 僕はそれを見て、途端に自分が恥ずかしくなって、彼にも、他のみんなにも、申し訳なく思った。



10番 「泣くなよ、6番。悪かったよ」


2番 「ごめん、僕が間違っていたよ」


12番 「……ごめん」


6番 「……僕もごめん。急に泣き出しちゃって」



 一番悪いのは明らかに僕であるのに、何故かみんな自然と素直に謝っていた。そんな素敵な彼らと友達でいるこんな僕は愚かでしかない。



9番 「いや、一番い悪いのは僕だ。調子に乗り過ぎた。ごめんよ、ごめんなさい……」



 ただ、おこがましい事かもしれないけど、幸せ者だとも、僕は思った。



2番 「何だか目が覚めた気分だね。でも、最後に結論だけは決めておこう。これでも一応会議なんだから」



 2番の問いにみんなは頷いて答えた。

 そして決議を取る。



2番 「それでは、カブトムシが良い人。……うん、ありがとう。それじゃあ、エロ本が──」




 こうして僕らの秘密会議は幕を閉じた。

 ただ、この会議の結論を僕はここで語ろうとは思わない。


 六年二組の教室を後にしたみんなの顔は笑みで溢れていた。

 たぶん僕も笑っていた。


 誰が一番上とか関係ない。

 男のスケベ心に優劣なんて存在しない。


 僕らの「最高の夏休み」はこれから始まる。

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