第六話 水の魔法
「こらエステラ!初対面の方に失礼だ」
レイがエステラの頭を軽くたたいた。エステラはもーいいじゃないこれぐらい!と言って口を膨らませる。
——この二人はいったいどういう関係なんだ?
「クリス坊ちゃん、この子はエステラ。私の姪っ子にあたる子だ。坊ちゃんと同じ5歳だから仲良くしてくれると嬉しい」
そういってレイはエステラの頭を押さえ、下げさせた。
「よ、よろしくお願いします?」
クリストフは弱々しく挨拶をした。しかしいきなりの出来事であったので頭がついていかない。
「ふん!馴れ馴れしくする気はないわ!」
そういって腕を組み、そっぽを向いたエステラの頭をまたたたくレイであった。
——なんでそんなに敵対視してるんだよ…。
一方の困り顔のクリストフ。少し下を向いたが、猛獣のような目線を感じる。
「クリストフ、この子も魔法適性を見極めに来たんだ。レイ殿が鍛冶仕事の前に見てくれるそうだから、ぜひ行ってくるといい。」
「フェルト殿、実際に魔法を使うことになるので庭では危ないと判断した。森を抜けた先にある湖のあたりでいいだろうか」
レイとフェルトが話している間も、エステラは腕を組み、鋭い眼光を光らせている。
「いいだろう。だがレイ殿、クリストフはあまり外で遊んだことがない。くれぐれも二人を守ってやってくれ」
「大丈夫だ。あの森は危険な魔物もいないし私がいる。一応は王国騎士団の一員なのだから信用してくれ」
フェルトは深くうなずいてレイの肩に手を置いた。レイも頷き返すと、二人を外へと誘導した。
「ちょ、ちょっとまってください!着替えたほうがよろしいでしょうか?」
クリストフは流れに身を任せて外に出るところだったが、寝起きのままの恰好であることに気づいた。
普段は家の外といえば庭だけであったので、服を変える必要があまりなかったのだが、さすがに森は気が引ける。
「別にそれでもいいじゃない。誰も気にしないわよ!もう、さっさと行きましょ。」
「まあまあエステラちゃんそう言わずに。森に入るのにその恰好は厳しいよな、起きたばっかりであったのを完全に忘れてたよ!ハッハッハ!」
——いやハッハッハじゃなくて!息子が初めて外出するってのに軽すぎだろ!
フェルトが高笑いをしている傍らでエステラはもう庭まで出ていた。
「レイ殿、今すぐ着替えてくるので少し待っててください!」
と、せっかちなエステラにこれ以上どやされないよう全速力で自室に向かったクリストフであった。
その後クリストフは無事に着替えを済ませ、三人は森に入り歩いていた——
「魔法適性を見るのにどんな魔法を試すんですか?」
ずっと疑問であったことをクリストフは聞いた。本の知識で簡易的な魔法から高度な魔法までの詠唱と効果は理解しているため、イメージトレーニングはできていた。
「四歳までは特に体内のエネルギーが少ないため、魔法の使用は極めて危険だ。でも五歳になると魔法を使うために必要なエネルギーを持ち合わせているが、それでも危険に変わりはない。だからこいつを使って各属性魔法の一番低級なものを詠唱してもらう」
そういってレイは紫色に光り輝く石のようなものを取り出した。
「これは魔鉄鋼。聖剣の作成にも使っている高価なものだ。これには生き物の死骸などからエネルギーを吸収した自然の産物だ。これをポケットに入れて詠唱を行うだけでいい」
「そんなのいらないわよ。私ならそんなの使わなくてもぜーったいにすごい魔法使えちゃうもんね!」
レイは本日三度目の頭たたきを行った。
「バカ。自分のエネルギー量に合わない魔法を詠唱しても何も出ん。出ないだけならまだいいが、暴走してしまうこともある。それだけ魔法には危険が伴うということを頭に入れておけ」
エステラは口を尖らせ、レイに聞こえないくらいの声でちぇっと言った。
——エステラの謎の自信はある意味見習うものがあるな…
基本的に自分に自信がなかったクリストフに対し、エステラはまさに対極の存在であった。
しばらく歩くと木々が立ち並んでいた道が消え、視界が開けた。
目の前にはそこまで大きいとは言えないが、透き通るような水が張り詰める湖が広がっていた。
「さあ、ここだ。ここなら火の魔法を使ってもすぐに消せるしスペースもある」
レイは湖のすぐそばにある岩に近くへと向かっていった。少し深い息を吐いて二人のほうへ向き直る。
「まずは水の魔法から。この岩に向かって撃ってもらうが、どちらからやる?」
「ふふん。まずは私が実力を見せつけてやるわ!」
案の定エステラが自信満々に立候補した。
何か言うと色々言われそうだと悟ったクリストフは、そそくさと岩から離れ安全な場所に移動した。
「ではエステラ、ああクリストフ坊ちゃんも聞いてくれ。水属性魔法の最も低級なものを用いる。これは君たち五歳が使える限界ラインだ。もちろん人によってはそれ以上の子もいるがな。」
私はそれ以上も使えるよと言いたげなエステラの様子を察したレイは、少し早口で説明を続けた。
「先に言っておくが、ただ詠唱をしても魔法は出ない。手の先に念をこめ、魔法のイメージをするんだ。魔法適性がある者に関しては、そこで魔法がでる。程度でどれくらいの適性があるかを判断してやる。魔法適性が無い者は残念ながらいくら繰り返しても魔法が発動することは無い」
——いや結構残酷だな。五歳の子供に現実を突きつけすぎだろ。
「では見本を見せる。同じようにやってみてくれ」
レイが岩に向かって両手を伸ばす。先ほどまで吹いていた風がピタリとやみ、木々の揺らぎが消えた。同時に先ほどまで鳴いていた鳥も静まり、辺り一帯に沈黙が広がった。
「神よ、我に水の力を与えよ!」
レイがそう唱えると伸ばした手の先にぷかぷかと浮かんでいる水の塊があらわれた。
——本の中で見た詠唱のまんまだ!
知識としてのみの魔法であったが、初めて目の当たりにすることで憧れはさらに高まっていった。
レイが手をおろすと、水は地面に落ちて吸い込まれていった。
しかしこれを見てエステラはキョトンとしている。魔法はこれだけなのかと言いたげだが、顔に出すぎだ。
「ここから派生するにはさらにエネルギーが必要なんですよね?」
エステラに下に見られていたクリストフは、意地悪く知識で対抗を始めた。そもそも転生のメリットを活かせているのはこの点だけであるので、武器を活かした正当な攻撃といえよう。
「そう、よく知ってるなクリストフ。最も低級な魔法は水や炎などを作り出すものだ。これを飛ばす魔法や、変形させるような魔法は五歳にはまだ早い。ということでエステラ、やってみな」
「ま、まあそんなの知ってたわよ。やってみればいいんでしょ!」
案の定エステラはクリストフを睨んできたが、自然に見えるようゆっくりと目をそらす。
レイが魔鉄鋼をエステラに渡し、岩の前に立たせた。受け取るのをしぶったエステラだが、また頭をたたかれて口を尖らせる。結局は魔鉄鋼はポケットに入れられた。
「か、神よ、我に水の力を与えよ!」
腕を伸ばして詠唱を行ったエステラであったが、その腕の先に水があらわれることは無かった。
「何も出ないわ、詠唱が間違ってるんじゃないかしら?」
——自分に非があると微塵も思ってない⁉どこまで自信家なんだ…
エステラは首をかしげて何度も詠唱を行う。が、結果は同じ。水が出るどころか止んでいた風が再び吹き始めた。
「エステラ、残念だけどあなたに水属性魔法の適性は無い。」
「うそ!うそよ!私が失敗するわけないじゃない!もし今使えなくたって練習すれば使えるようになるもん!適性が無いなんて言わせないわ!」
レイはため息をつき、少しかがんでエステラの頭を撫でた。
「適性っていうのは練習すればどうにかなるものじゃないの。あなたが私に、私があなたになれないのと同じ。使えないものは使えないの。まだほかの魔法が使える可能性もあるし、いったん落ち着きましょ」
いつになく優しいレイの口ぶりにエステラは頬を赤らめて静かになった。その目には涙がたまっているのが見える。
「さあ、坊ちゃんもやってみて」
いよいよ、とクリストフは胸に手を当てた。動悸が激しくなっているのを感じる。心臓が暴れまわり今にも吐き出しそうであったが、ゆっくりと腕を伸ばし、力を入れる。
水を生み出すイメージを膨らませる。何度も、何度もイメージしてきたことだ。
この体に生まれてから最も緊張する瞬間。緊張で声が出るか心配であったが、意外にもその声は辺り一面に響き渡るほど腹の底から出た声であった。
「神よ、我に水の力を与えよ!」
王国騎士と藍色の魔王 小山シオン @k-shion0222
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