第五話 赤髪の少女


 初めて書斎を訪れてから一週間。クリストフは毎日のように入り浸っていた。特に念入りに調べていたことは、ナミスの発現についてだ。


 最初はこれを執事に質問したのだが、またも執事はナミスを持っていないと悲しそうに言うのであった。


 本を調べていくうちに、ナミスは魂に宿るものであるという記述があった。また、紙から与えられた力であるために、体内のエネルギーを消費することは無いという便利なものであった。能力の種類は無限にあり、魂の形によって決まる。戦闘に向いているもの、レイ・ブルーノのように戦闘ではあまり役立たなそうなものと様々である。


 クリストフは、再びレイが訪れる機会があった日に庭でナミスの発現について質問をした。

 普段の怖そうなイメージとは裏腹に、レイはやさしく答えた。

 

「クリス坊ちゃん、もうナミスについて知ってるのか?」


「うん!本で読んだ!」


「おお凄いな。私がナミスを発現させたのは10歳だったか。その日は剣術を習っていたんだが、休憩時間に剣を磨いていたら四つに割れてしまったんだ。ほかの剣を触ってみても同じくな。当時の自分は無知であったからそれがナミスだと気付けなかった。親父に見せたらすぐに気づいたがな。」


 レイは斜め上を向き、遥か遠くを見つめているような眼をしていた。


 「親父も王国騎士だった。親子そろって王国騎士になることが夢だったんだ。でもそれは叶わなかった。私が12歳の頃に起こった戦で死んでしまったのだ。」


 ここでレイは視界にクリストフの姿が入り、幽体離脱していた魂が肉体に戻ってきたかのように急激に我に返った。


 「すまない、小さな子供に話す内容ではなかったな。忘れてくれ。それで、本題はナミスの発現だったか。ナミスは私のように突発的に発現するものだ。生涯現れないものもいるし、赤ちゃんの時点で発現するものもいる。一回発現してしまえば、後は感覚的に引き出せるようになるし、練習を重ねて想像力を働かせるとナミスも変化していく。私のナミスは剣を四つに割るというものからスタートしたが、今では原子レベルまで分解、それから再生までできるようになった。まあ坊ちゃんも“その時“を気長に待ちな。」


 ——これも結局不確定要素か。まあ普通に暮らしてく分にはなくても困らないよな?そうであってくれないと心配で眠れん!


 「ふーん、わかった!ありがとね騎士のお姉ちゃん!」


 子供口調も手馴れてきたクリストフは、レイに手を振りながら家の中に入っていった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 


 その後レイは度々家を訪れ、古びていた鍛冶場の清掃等を手伝った。

 また業者とフェルトの仲介を行い、剣の製作に必要な材料を取りそろえることができた。

 さらに無駄に広く使っていない部屋が多かったこの家の清掃も執事と共に行い、鍛冶職人や弟子となる人たちのための休憩スペースを作った。


 村の若い男性から弟子を募集したが、鍛冶で生計を立てられるようになりたいと意気込むもの、興味半分で申し込むもの、募集を手伝っていたレイに惹かれて申し込むものなどさまざまであった。


 ——男は欲望に忠実だな。俺にあそこまでの勇気は無いけど


 レイに言い寄って蹴とばされる男達を見かけたクリストフは密かにそう思った。


 マリア、フェルト、クリストフ、執事の四人で暮らしていた家はずいぶんと賑やかになった。元鍛冶職人のガイル爺さんに弟子10人。村は近いので日中は鍛冶場で仕事、夜はそれぞれの自宅に帰って寝るという形をとっていた。


 一方のクリストフは相変わらずの書斎通いで、この世界の動物、植物や魔法、資源などについて隅々まで学んでいた。




 ——そして三年半余りの月日がたった。


 五歳の誕生日を迎えたクリストフは、次にレイが訪れる日を心待ちにしていた。


 「おかえりなさい、父上!次にレイ殿が来るのはいつですか?」


 隣村の領主との会合を終えて帰ってきたフェルトに、クリストフが駆け寄っていった。

 魔法の適性を見極められるのは五歳からという言葉をしっかりと覚えていたのである。


 「クリストフ、急にどうしたんだ。レイ殿は明日来る予定になってるよ。ガイルさんの弟子たちが上達してきてね、聖剣の生産体制が整ってきたんだよ」


 「それはよかった!明日レイ殿に魔法適性を見てもらいたいのです。時間はあるでしょうか?」


「ああ、そうだな!もう五歳になったもんな!あの可愛かったクリストフが魔法を使える年に…」


 フェルトは目をこすって泣くふりをしている。


「泣くふりはいりませんよ父上!とにかく魔法適性が知りたいのです」


 クリストフの頭の中はそれでいっぱいであった。この三年半、魔法についても簡易的なものから高度なものまで、本に書いてある範囲はほぼ理解している。もちろん知識としてだけだが。


「悪い悪いクリストフよ!時間ならあると思うぞ!庭で存分にやるといい」


 クリストフはパアっと表情が明るくなり満面の笑みを見せた。


「ありがとうございます!頑張ります!」


「うむ。今日はもう寝て明日に備えなさい」


 その夜、クリストフは五歳の誕生日に与えられたばかりである、二階の自室に戻り横になっていた。が、体がふわふわとしており眠ることができない。体内では興奮と不安が渦巻き、クリストフの感情を持ち上げては下げるということを繰り返していた。


 次の日——


「ぜんっぜん寝れなかった」


 ガバっと起き上がったクリストフは、あくびをし、目をこすりながら一階の広場へと向かった。


「ん?」


 階段を下りる途中で広場を見ると、フェルトとレイ、そしてもう一人の同い年くらいの女の子が話をしていた。

 その女の子はレイとは対照的な赤い髪をしており、その髪は後頭部でひとつに結ばれていた。


「お!クリストフ!ちょうど起こしに行こうと思っていたからちょうどよかった。早く降りてきなさい」


 フェルトの声とは別に、クリストフは赤髪の女の子からの強烈な視線を感じた。この世界にきてから同年代の子供に会っていなかったクリストフには新鮮な感覚であった。


 一階まで下りたクリストフは、その女の子がレイと少し似ていることに気が付いた。

 そんな思考をする暇も与えないかのように、その女の子はクリストフが近づいてくるなり、人差し指を向けて高らかに宣言した。


「私はエステラ。クリストフ、今日はあなたと勝負よ!まあどうせあたしが勝つんだけどね!」


「.......はあ?」


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