第四話 王国騎士団と魔法師



 ケルヴィスが家を訪れた二日後、クリストフは執事とともに二階の書斎を訪れていた。


 ケルヴィスと両親の会話で、貴族にしては裕福ではないとわかったので、金銭的理由で世話係を雇えないのだと理解した。それをカバーする一人の執事に、書斎への同伴という仕事を増やすことに負い目を感じていたクリストフであった。


 しかし執事に書斎に行きたい旨を伝えたときには、話せるようになるのも早いし、小さいころから本に興味を持つとはすばらしいです!とたいそう喜んでいた。


「クリストフ様。何か読みたいジャンルの本はございますか?おすすめの本をお渡ししますよ」


 執事は目を輝かせてクリストフの回答を待っている。空き時間はいつも本を読んでいる執事は、家にある本の置き場所は大体把握しているのだ。


 クリストフはナミスについての本を読みたかったが、いきなり具体的な内容を求めるのは年不相応であると考えたので、


「歴史の本が読みたい!」


 としておいた。


「歴史の本ですか、この年でもう歴史に興味を持つだなんてさすがです!クリストフ様!」


 ——まあこれでもまだ年不相応だよな。そもそも一歳と少しくらいの子供ってまだ読み聞かせの時期だろうし。


 クリストフは会話できるレベルに達したのが普通の子供より早かったことから、執事からは頭がいいという扱いを受けていたのだ。


 ——頭の中では言葉がわかってるから、身体的機能さえ伴えば小さいころから普通に会話ができる。文字さえ学べば一歳でも本は読める。これが転生の最大のメリットだし生かさないとな。


 クリストフは、転生前は人より勤勉である自信はあった。大学受験も経験し、世間一般から見て頭がいい大学にも進学した。運動神経も悪く、コミュニケーション能力だって高いわけではない。逆に言えばそれくらいしか武器は無いということだが、その武器は異世界でも遺憾なく発揮されるのであった。


「これなんかどうでしょう。パルス王国騎士団記という本でして、我が王国であるパルス王国と、それとともに発展した王国騎士団について綴られています」


 本棚のずいぶん高い位置から執事が取り出してきた本は、クリストフの興味にぴったりの本であった。


 クリストフがさっそく読んでみたところ、パルス王国が建国された後の話から始まっていた。


 王族とは別に王国騎士団が設置され、国を守る役目を与えられたそうだ。また王国の建国で中心となった人物が騎士であったことから、王国騎士の待遇は破格のものであった。さらに王国騎士は、国民から慕われており、かなりの権威も持っていたと綴られている。


 人間はナミスという能力を手にして少し傲慢になったようで、王国騎士団が特に敵対する様子もなかった魔族の村を壊滅させたという記述もあった。


 また魔族に対する嫌悪は強く、自国に住む魔族にも差別的であったらしい。


 ——ようは人間と魔族は憎みあってるけど、人間のほうが優位に立ってるのか。こりゃ争いの火種になりそう


 時代とともに王国騎士団のあり方に変遷はあったようだが、一番変化が訪れたのは主に魔法を使う者を騎士団に入団させるようになったというものだ。


 騎士団設置以降しばらくは、騎士たるもの剣とナミスをもって戦うべしという意識が強かったようだ。また、魔族が魔法を得意としているので、魔法自体を悪とする意見もあった。しかし他国との戦いで、相手に強いナミスを持つものに加え、魔法師がいる場合に分が悪いことが多く続いたために、しぶしぶ魔法師の入団を許可したという経緯があった。


 ——この世界にはナミスに加えて魔法もしっかりとある感じか!俺も早くから訓練して強い魔法師になりたい!


 本を読みながらにやにやしていたクリストフは、隣で見守っていた執事に顔を覗き込まれた。


「おやクリストフ様、何か面白い記述でもございました?」


「魔法ってすごいなーって。僕もすごい魔法使いになれると思う?」


 クリストフは魔法使いにあこがれる子供の様子そのままに答えた。それを聞いた執事はクスっと笑って答えた。


「クリストフ様は頭がいいですから、きっとなれますよ!」


 さすがの執事は子供に対するお手本通りの回答であった。


「本当!?じゃあ魔法の練習してみたいな。執事さん教えてよ!」


 クリストフの無邪気な答えに対し、執事の表情はいつもとは違い少し曇っていた。少し考えてから笑顔を無理やり作ったような表情で口を開いた。


「私は魔法が使えないので、残念ですが教えることができません。夢のないことを言ってしまい申し訳ありませんが、魔法を使える人間というのは一握りで、しかも訓練すればできるようになるわけでもありません。クリストフ様には魔法適性があることを願いますよ」


「執事さんは魔法使えないの?じゃあ僕も魔法を使えないかもしれないってこと?父上と母上は使えるの?」


 クリストフは、表面上は子供のような質問をしているが、内心では魔法が使えない可能性が残っていることに恐怖していた。


 ——魔法がある世界に来たってのに使えないことなんてあるのかよ!仮に使えないとしたらどうすればいい。結局前の世界と同じで学校にいって受験して…いや受験とかあるかわからないけど、何も面白味もない生活をするのは嫌だ。運よく魔法のある世界に転生したのに勿体ない!頼む!魔法適性あってくれ!


「マリア様は治癒魔法に関する適性がおありだったと記憶しています。フェルト様は魔法を使っている場面を見たことが無いので、多分適性がおありではないのかもしれません。ですがクリストフ様、きっと魔法適性があるはず、いや無いはずがありませんよ!この年でこんなにも賢いのですから、きっと大魔法師になれますよ!」


 またまた満点回答の執事に対し、クリストフは若干気を使われているような感じを受けた。また、魔法が使えないことを少し負い目に感じているような様子を見せた執事に、申し訳ないことを聞いたとちょっと反省したクリストフであった。


 ——魔法適性について聞くのは女性に体重とか年齢を聞くのと同じ感じなのか?この世界の常識も学んでおかないとトラブルになりそうで怖いな


 そして魔法適性について心配で仕方がないクリストフは、また執事に質問をした。


「魔法適性ってどうやったらわかるの?」


「そうですね、魔法を使うのは体内のエネルギーを大量に消費しますからね、低年齢で魔法を使おうとすることは禁止されているのですよ。ですからクリストフ様の魔法適性がわかるのは、魔法の使用が認められる5歳になってからになります。王国騎士団所属の魔法師立ち合いのもとで、簡易的な魔法の詠唱を行うことで適性がわかりますよ」


「へえ、王国騎士の方がいないとダメなんだ。魔法が使える人は少ないって言ってたからなかなか会えないんじゃないの?」


 執事が口を開こうとしたとき、書斎の入り口にフェルトがあらわれた。


「二人とも、来客がきたよ。この前は会わせられなかったからな、顔合わせをしようか」


 そう言うとフェルトの後ろから綺麗な青髪の女性があらわれた。腰には剣をさしており、白を基調としたシンプルな衣服を身にまとっている。胸には金色の紋章が光り輝いていた。


「王国騎士団第7分隊所属、レイ・ブルーノだ。今後この村で行われる、鍛冶で剣つくって金持ちになろう作戦の手伝いに来たものだ。今後ともよろしく頼む」


 レイは敬礼をしながらはっきりと言ってのけた。クリストフと執事は顔を見合わせてきょとんとしている。

 するとフェルトが慌ててレイに向かって


 「レイ殿!適当に考えた作戦名とか言わないでくださいよー!あれは冗談だったんですから!ほら二人とも、まあこういうことだ!これからもレイ殿は度々来るからよろしくな!」


 と言ってごまかしたが、クリストフは内心笑いをこらえるのに必死であった。

 一方レイはフェルトの言葉にも動じず、真顔で敬礼を続けていた。


 フェルトとレイが立ち去った後、クリストフは執事に質問の続きをした。


「魔法師の方って簡単に会えるものなの?」


「そうですね、あまり会えないかもしれません。だから魔法適性を知るために王都まで行く人がいるくらいです。その点クリストフ様は運がいいかもしれませんね。レイ・ブルーノ様の胸の紋章をご覧になりましたか?あれは王国騎士団所属である魔法師の紋章ですよ」


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