第三話 ケルヴィス

 


 クリストフがようやく言葉を話せるようになり、ハイハイを卒業した頃のことであった。(この時クリストフは1歳と数か月である。)


 ある日、この家にある人物が訪れた。その人物はケルヴィスと名乗った。顔に大きな傷を持ち、年は30くらいの大男である。

 クリストフは来客があるとのことで、広間の隣の部屋で執事と待機していたが、この大男との会話は聞こえる範囲にいた。(おそらく執事にも会話を聞いてもらうためだろう)


 この男の要件というのが、周辺に防衛拠点を設けるため、辺りの村を回って了承を得るということであった。どうやらこの村は国の辺境にあり、隣国と戦争状態に入る可能性があるため危険な可能性があるというのだ。


 また、非常時には食料や住居の提供もお願いしたいということだったが、両親は難色を示した。


 「ケルヴィス殿、誠に申し上げにくいのですが、わが村もあまり裕福ではありません。特に近年は作物の実りも悪く、特産品としているココルの実の売れ行きも良くないのです。」


 フェルトは、クリストフにいつも向けている顔からは想像できないほど難しい顔をしている。隣に座っているマリアも、いつもの明るい表情から一変、苦しい顔でうつむいている。


 机を挟んで向かいに座っているケルヴィスという男は、表情は一切変化していない。このような村を見慣れているのだろうか、ただの冷酷な男なのだろうか、それすらも伝わってこないほど無表情であった。

 

 「そうですか、大変苦労されているようで。さて、どうしましょうかね。我々王国騎士団も国の存続のために戦っているわけです。厳しい戦いになることが想定されていますので、国を守るためには国民の協力が不可欠なのですよ。」

 

 「そうは言われましても、出せるものがあまりありませんので…。住居の提供であれば我々の家を少しは提供できるかとは思いますが。」

 

 なんとか譲歩するフェルトに対し、ケルヴィスは一切表情を変化せずに顎に手を当てた。


 「作物の実りが悪いため食料が不足している。それに乗じてココルの実も質が悪く収入源としては乏しい、と。そういうことでしたよね?」


 ケルヴィスはまっすぐとフェルトの目を見つめ、それに怖気づいたフェルトはマリアのいる方向に目をそらした。フェルトの無言のSOSを感じたマリアが少し顔をあげ、口を開いた。

 

 「ええそうです。この状況を打開しようと努力はしているのですが、なかなか解決する方法が見つからないのです」


 「そうですね、うむ。では新たな収入源を確保してはいかがでしょう。この村で鍛冶に精通している者は?」

 

 「もともと都市で鍛冶屋として働いていた老人は住んでおります。今は引退して農業に勤しんでいますが」


 ケルヴィスは初めて表情をほんの少し緩めた。それを見たフェルトとマリアは少し肩の力を抜き、顔をあげた。何か策を持っているのか、と期待のまなざしを向けながら。


 「ではその者に何人かで鍛冶を教わってください。そしてその者を中心に剣の作成を行ってください。それを都市へ売り出すことで収入源となるのではないでしょうか」


 ケルヴィスの言葉に二人は顔を見合わせた。が、またすぐに顔を曇らせる。


 ——刀鍛冶ってできるようになるのに、現代でも5年くらいはかかるんじゃなかったっけ?まあすぐに解決する方法があるなんて虫のいい話はないよな。


 ケルヴィスは想定内という顔で二人を見つめる。ここまでの会話の流れはすべて彼の思い描いた通りであったのであろう。

 

 視線を強く感じたフェルトがゆっくりと前を向き、ケルヴィスと目が合わないようにして口を開いた。

 

 「ケルヴィス殿、それでは時間がかかってしまい、早急な解決には至らないと思いますが」


 「ええ、構いませんよ。裕福になるために時間がかからない方法があるのなら皆が実践するでしょう。それに、我々は早急な援助をお願いしているわけではありません。今回の戦争はかなり長引くと思われます。そのため我々は長期的な村の発展に期待しているのです」


 フェルトとマリアは少しほっとした表情を浮かべ、また顔を見合わせて頷いた。

 

 「わかりました。ではその鍛冶屋の方に許可を取りましょう」


 フェルトがそう言うと、ケルヴィス両肘を机に置き、顎を両手に乗せて窓のほうを見た。窓の外にはケルヴィスが乗ってきたと思われる馬車と運転手、部下と思われる男女がいた。すると女の部下が家の中に入り、三人がいる机まで近づいてきた。


 「許可は下りました。ただ場所と材料が無いと」

 

 「そうか、ご苦労だった。とのことで許可の心配をする必要はないようです。材料はいい商人を紹介しましょう。それで、この家に鍛冶ができる場所はありませんでしたか?」


 流れるように進んでいく話にフェルトとマリアは置いて行かれ気味であった。ケルヴィスはこの家を訪れる前にすべての準備を整えてきたのだ。あとは二人の回答次第といったところか。


 特にフェルトは口をぽかんと開けたまま、ケルヴィスの部下とマリアの顔を交互に見ていた。


 「あのー展開が速すぎて理解が追い付かないのですけれど…。鍛冶屋がいるかどうかなどの話をする前に、もう許可を取っていたということですか?」


 マリアの質問に対しケルヴィスは一切表情を変えず、目をまっすぐに見る。


 「ええそうです。それで、鍛冶ができる場所があるかという質問に答えてもらっても?」


 無機質な返答であったが、マリアは動じずに答えた。(フェルトはまだケルヴィスの目を見れないでいた)


 「はい、夫の祖父が領主であった時代に鍛冶を趣味としていためあることにはあります。ただ古いので使えるかどうかはわかりません」

 

 「十分です——」


 ケルヴィスは机に置いていた両肘を下ろし、表情を緩めて息を吐いた。


「——少し試すようなことをしてしまい申し訳ありませんでした。この村のことは下調べをし、景気が悪いことはわかっていました。事前に鍛冶屋をしていた方がいることもわかっていましたので、あなた方がこの村の住人と現状をしっかりと理解しているのかを知るために質問をしたのです。」

 

 今度こそ安堵の表情を浮かべたフェルトとマリアであり、隣の小さな部屋の中でクリストフも胸をなでおろしていた。


 部屋の中から親が問い詰められている状況が声でしか理解できないため、心配で仕方なかったのだ。赤ちゃん時代の1年半であるが、家族として一緒に過ごしたのだから無理もない。同室にいる執事はコーヒーを飲んでいたが、話し合いがひと段落ついた時点でふぅーと深い息を吐いた。 


 ——執事もすました顔をしてたけど、案外ちゃんと心配してたんだな。

 

 と、ひとりニヤッとするクリストフであった。


 「しっかりしてらっしゃる領主で安心しました。ところで今報告をしてくれたのはレイという私の部下です。鍛冶に精通しているのでこの村に手伝いに来させることも多々あると思いますが、よろしいですかね」


 フェルトはその言葉を聞くなりぶんぶんと頭をふった。が、隣のマリアがフェルトを見る目は殺気を帯びていた。マリアは、部下の女がフェルトの好みに近いことを知っていたためである。


 「彼女は、特に高く売れる魔鉄鋼を織り交ぜた聖剣の作成にも役に立ちますよ」


 「聖剣ですって?あれをつくるのには相当な技術がいるのでは?


 「ええ。魔鉄鋼を織り交ぜる過程で求められる技術は非常に高いです。しかし彼女の“ナミス”は、鉱物を原子レベルにまで分解、またそれを合体させることもできるという鍛冶にうってつけなものです。これにより腕の立つ鍛冶職人がいれば聖剣の作成も容易にできるということです」


 部屋の中で耳をそばだてていたクリストフは、ケルヴィスの言葉を一字一句聞き逃さなかった。

 

 ——今“ナミス“って言わなかったか?ということはあの掌返しが酷い騎士様の話は本当だったのか!


 ナミスという不思議な力が実在することに心躍らせたクリストフは、後日執事に書斎に入る許可をとろうと考えた。ナミスに関する資料や、この世界についてのわからないことを知るためだ。


 「それはそれは、素晴らしいナミスをお持ちなんですね。ぜひともお願いいたします」


 話し合いが終わり、ケルヴィスが席を立った。すぐにレイがケルヴィスのそばにつき、出口にむかって歩いていくと、フェルトとマリアも席を立ち見送りに向かった。


「ケルヴィス殿、村の発展を考えてくださりありがとうございます。この恩は拠点作成時の援助にて返させていただきます」


 フェルトとマリアが深々と礼をした。ケルヴィスは扉を開けながら二人のほうへ振り向いて笑顔を見せた。


「いえいえ、私たちもそのためにやっていることですから。ああ、あと一つ。私のフルネームを語っていませんでしたね。私は王国騎士団第7分隊隊長、ケルヴィス・ローレンです。以後お見知りおきを」


 レイとケルヴィスは軽く会釈をして扉の外に出ていった。

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