今日はどんな患者さんかな
風の吹くまま気の向くまま
「さあって、今日はどんな患者さんかな」
オレは今年45歳のしがない歯医者だ。
某地方都市で開業して10年。
そろそろ仕事も倦怠期を迎えていた......そんな時、あいつがやって来た。
「すみません、ちょっと院長先生にお話しがあるって方が、来られてます」
そう言って、受付の福元さんがオレを呼びに来たのは、平日の昼下がり。
予約患者も無く、飛び込みの急患も来ず、暇を持て余していたオレが、院長室でこっそりラノベを呼んでいた時の事だった。
「なんかの営業か?」
歯医者、特に開業医を金持ちと誤解しているやつは、世間にゴマンといる。
『先生! 金の値段、下がってますよ!』だの、『都心の一等地のマンション経営、今なら格安ですよ!』等と、
大抵は忙しい(大ウソ)の一言で帰ってもらう事が多いのだが、この時の来訪者は少々違った話を持ち込んできた。
「先生、自費の患者さんを何人かご紹介したいのですが」
“自費”――自由診療――との言葉に、オレの眉根がぴくっと反応した。
“自費”、それは貧乏開業歯科医にとっては、ロマン!
一握りの勝ち組のみがすする甘い蜜!!
しかしそこは世知辛い今の世の中。
自費患者の紹介業者も時々営業に来るが、大抵は法外な仲介料がセットになっている。
「実は慈善事業みたいなものでして。当社は、ご協力頂ける歯科医院様からは、一切仲介料は頂きません」
真夏にも関らず、全身黒づくめの(今考えると相当アヤシイ)ローブを纏った、山田と名乗る営業マンは話を続けた。
「先生の方で御設定頂きました料金を、当社の方にお知らせ頂きましたら、当社が代行してお支払させて頂きます」
なるほど、どうやら患者からオレの所への紹介料を徴収する形で儲けているようだった。
つまり、治療終了後、オレが、『今回のは20万』とか言えば、会社は、その患者に『30万』とか吹っ掛けるんだろう。
慈善事業が聞いて呆れる。
しかし、聞いてる分には、オレにはデメリットがまるで無さそうだった。
問題は、なんでウチなんだって所だ。
自慢じゃないが、貧乏開業医。
「それはもう全然構いません。実は、当社がご紹介させて頂く患者さまは、皆少し“ワケアリ”な方々でして」
山田が少し声を
「あ、そのスジとか、犯罪者とか、そういうのでは無いので、ご安心下さい。皆気の良いお金持ちなんですが、日本人では無いんですよ」
日本の医療技術が高いって事で、外国の金持ちがわざわざ日本に治療に来るって話は、結構有名だ。
しかし、ウチみたいな貧乏開業医でオッケーって事は、オーバーステイの外人かな?
「治療費は、もう、何百万でも、先生の御納得いくお値段設定して頂いて結構です。当社は、基本的に支払いを拒否致しません。その代わり、紹介患者の治療日は、その患者様で医院を貸し切らせて頂きたいのですが。」
えらく気前の良い話である。
本当に一回の治療で何百万もくれるなら、喜んで医院を閉めよう。
結局、オレは山田の持ち込んだ話に乗る事にした。
で、冒頭に戻る。
まあ、ここまで呼んでくれた読者は皆気付いてると思うけど、患者は外国人じゃ無かった。
と言うか、人間ですら無い。
エルフとかドワーフとかホビットとかノームとかゴブリンとかコボルトとかオークとか......
最初は戸惑ったさ。
でも、患者は皆、気の良い連中ばっかりだし、口の中の構造も、オレ達こっちの世界の人間と大して変わりなかった。
向こうじゃ歯科医療なんて全く発展していないらしく、オレ程度の治療でもとても喜んでくれる。
山田は約束通り、こっちの言い値を払ってくれるし。
という訳で、オレは、すっかりあっちの世界の住民専門の歯科医になった。
え? どうやって患者はこっちに来てるかだって?
そりゃ、オレにも分からない。
「さあって、今日はどんな患者さんかな」
今日はどんな患者さんかな 風の吹くまま気の向くまま @takashi21
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