28.新たな黒歴史

【黒歴史】とは。

 掘り返してはいけない記憶のことである。

 無かったことには出来ないし、忘れようとしても絶対に出来ないものでもある。

 現在とはその黒歴史を内包したものであり、黒歴史の存在無くして現在は語れないのだ。

 人間は色んな経験をもとに今の人格が形成されていく。

 過去の失敗も、それは今の自分を作るための糧になっている、というワケだ。

 まぁ、黒歴史なんて無いほうが良いのはまず間違いないのだが……。

 それでも、いつの間にか、意識するしないに関わらず生み出されてしまうのが黒歴史の厄介な点だ。

 一度生み出されてしまった黒歴史を上手く隠ぺ…付き合っていけるのが、賢い人間ということだろう。


 ん?…賢かったらそもそも黒歴史なんて生み出してないか。

 いやでも、どんな偉人や賢人でも何かしらやらかしてるって、絶対!

 酒の呑み過ぎでとか、失恋のショックでとか、周囲の熱気に中てられて、とかな。

 ―――だって、人間だもの。馬鹿もやるし、冷静な判断出来なくなる時があるもんさ。


 一つ確実に言えることは、”自身の黒歴史は、絶対に人に知られてはいけない”ということだ。ロクなことにならんからな。



▼△▼△▼△▼



 スパルタ式の特訓を何とか回避して、まだしばらくは放課後の練習で様子をみる、ということで星乃さんと合意した。

 だが、教室で星乃さんから”静くん”呼びされたことで、またしても男子連中からの敵視を一斉に浴びることとなった。

 今しばらくは気が休まるということはなさそうだ……胃薬常備しとこうかな。



 放課後、会話の練習を早速再開する。

 しばらく空いてしまっていたので、その間のことを話した。

 今週入ってからほとんど授業内容のノートをとってなかったので写させてほしい事や、なんで教室でぶっ倒れたのか?とか、夏休みの間もどうにか方法考えて会話練習続けましょう、とかだ。

 夏休みかぁ……今年はいつもと違って、ただただ暇で退屈なだけの期間ではなくなりそうだ。

 ちょっとだけワクワクする。そういえば…夏休みを少し楽しみに思うなんて、何年ぶりだろうか。

 だがその前に、期末試験が控えている。あぁ、嫌だ嫌だ。なんの嫌がらせだ。

 教師もちょっとは空気を読めよ!自分が学生時代にやられて嫌だったことを強いるなんて、最低だぞ!


 しかし、屋上も考えものだな。またどこかから見られてるかもしれないと思うと、ちょっと落ち着かない。

 他に場所はないものか?

 鳩神社はどうだ?……いや、毎日あそこへ行くのは流石に面倒くさすぎる。

 といっても他に候補も無いし、どうしたものか。まぁ、今度代わりになりそうな場所ないか校内を探してみよう。



 場所やその他のことをアレコレ考えていたら、星乃さんが何だか歯切れ悪く切り出した。


「あのぉ…静くん」

「ん?」

「え~とですね…え~と。あの……お願い、というか…例の報酬の件、なんですけど」

「…は?……え?…ほ、ほ、報酬?」

「えぇ」


 ちょっと待って、報酬?……一体、何の話だ!?

 は!もしかして、今日からこの会話練習って有料になったの!?

 どうしよう、今日は持ち合わせがほとんど無い!

 次の予約もしておかなくちゃ!

 とりあえず、行きつけのラーメン屋の餃子無料券あげるから、今日はこれで勘弁してもらえないだろうか……。


「ごご、ゴメン!い、いま、今…も、持ち合わせが―――」

「って、なんでまた財布取り出そうとしてるんですか!

 何でもかんでも真っ先にお金で解決しようとしないで!?

 なんか私がいかがわしい事してるみたいでしょ!」

「…アッハイ…………す、すす、スンマセン、でした!

 ぉ、おお、お詫びに、こ、この、無料券を!」

「言ってるそばから!?ダメって言ったでしょ!」

「あ!じゃ、じゃあ!か、代わりに、ど、土下座を!」

「それも禁止!静くん、学習しようッ!?―――とにかく、落ち着いて!!」

「…アッハイ」


 二人とも深呼吸して一旦落ち着いた。


「―――んッン!それで、ですね…………報酬の件なんですけど。

 あー、その…出来ればーで、いいんですけど。

 ……たまにでいいので…妹さんに録音データを渡してあげて……くれませんか?」

「?!?」


 ―――ちょ、待ちぃや!なんでそうなるん!?

 ワイ、こないだメッチャ勇気振り絞って言うたやん!

 今は星乃さん一人に向けて喋るのだけで精一杯や!って。

 それが、何で妹に録音データ渡すなんて話が出てくんの!?

 おかしいやんけ!アンタいつから妹の手先になってしもたん!?

 ―――あまりのことに似非関西弁になってもうたやんか!!どうしてくれるん、コレ!?


「あ、あれ!?この反応は…………もしかして、妹さんから聞いてませんか?報酬の話」

「な…な、なんの、こと?」

「あの……先日の動画の最後に―――妹さんからのメッセージが、入って、まして……」

「ホワッツ!!?」


 なにそれ、初耳ーーー!!

 星乃さんの話が途中だというのに急いで自分のスマホを取り出し、先日の謝罪動画のアドレスへ飛び、パスワードを驚くような速さで入力する!

 あ!!なんか…微妙に、再生時間がちょっと長いような気がする!?

 嫌な予感をヒシヒシを感じつつ、シークバーを最後の方へ移動させる。



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=真夜中の俺ラジオ 特別回 【エンディング部分】=


♪♫♬


「はいどうも、はじめまして!囃 静の妹の、奏と申します。

 動画ではいつも編集を担当しています。

 貴方は兄のラジオをずっと応援してくれている熱心なファンだとお聞きしました。いつも御視聴ありがとうございます。

 通常ならこの曲流れ始めたらエンディングなんですけど、私からも一言ありましたのでこの場を借りてお伝えしようかと。



 この度はウチの糞馬鹿な兄が大変御迷惑をおかけしました。

 私からも重ねて謝らせていただきます。申し訳ありませんでした。

 あのバカもこの通り猛省しておりますので……出来ればで良いのですが、寛大な御心で許して下さると嬉しく思います。


 えぇ…えぇ!分かります!あんなつっかえつっかえのブサイクなお詫びじゃあ、気が収まるか!とまだ御立腹のことでしょう。

 そこでですね!お詫びとして、兄が”なんでも一つ、貴方様の言うことを聞く”と申してるわけですよ!

 念書もバッチリありますので―――ホントにお気軽に、お好きなことをリクエストしちゃって下さい!

 お高い飲み物買ってこさせるも良し、掃除当番代われでも、荷物運びやらせるのも自由です。

 出来る範囲でなら……靴でも何でもお舐めしますよ!兄が!


 基本的にちゃらんぽらんで日々テキトーに生きてる兄が、ここ数日真剣に悩んでいましたから。

 ―――よほど貴方の事が大切なんだと思います。

 そんなワケで、貴方のためなら一生懸命叶えてくれることでしょう!



 ……ここだけの話、兄も例の一人喋りがストレス発散になってたというか、気に入ってたみたいで。

 まぁお察しの通り、あんまり素直な性格じゃない上に外出ると口下手なので、自分からは言わないでしょうけど。

 なんで、貴方からの一押しがあれば案外喜んでやるんじゃないかと、私思うワケなんですよ!

 私に録音データ渡すように言って下されば、後は良いように致しますから。

 ”報酬の件”だと言えば、兄に通じるハズですので。



 私からは以上でございます。

 本当の本当に手のかかるバカ兄ですが、これからもどうぞよろしくしてやって下さい!

 ―――兄思いの妹からでした!


♪♫♬


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 あまりの内容に、しばらく口をあんぐりと開けて震えているしかリアクションがとれなかった……。

 ―――またやりやがった、あのアマッ!!

 俺の渾身の謝罪を、限りなく薄めやがって!もう味がしないよ!

 プラマイゼロじゃねぇか!!……いや、情状酌量の余地は勢いよくマイナスに振り切れている!

 何が”兄思い”だ!?ふざけやがって、クソがッ!

 しかも何でも良いとか言っといて、露骨に録音データ渡すように誘導してんじゃねぇか!!

 八百長だ!出来レースだ!こんなのは断じて認めないッ!!


「あ、あの……静くん?大丈夫?」

「うん……だ、大丈夫。……ど、どう処して、やろうか…考えてただけ、だから」

「全然大丈夫じゃないよ!?」

「ご、ゴメン、星乃さん……きょ、今日は…もう、帰る」

「う、うん……静くん!―――――――――ほどほどに、ね?」


 心配いらないよ、星乃さん…………八分の七殺しぐらいで止めとくから!



▼△▼△▼△▼



 全速力で家へ帰還し、そのまま妹の部屋へ突撃する。

 遠慮なぞ、このド外道に対しては全くもって必要無い!


「奏ェ―――――――――ッ!!!」

「なにさ?羞恥心が機能してない無敵の兄ちゃん」

「テメェ!またやりやがったなッ!!」

「……”また”とはナニを指すのかね?」

「すっとぼけてんじゃねぇぞ!このドグサレがッ!!」

「はいはい。まぁ、アレのことだよね。ようやく気付いたの?

 ……それとも、例の聖人様に教えてもらった?」

「星乃さんが報酬の件を言ってきたんだよ!何で先に俺に言わねぇんだッ!?

 いや、そんな事よりナニしてくれてんだお前!俺の一世一代の謝罪をよくも汚してくれたなッ!?」

「ほぉ~ん。例の聖人様は”ホシノさん”て言うのかぁ~。へぇ~~」

「それは今はいいだろッ!」

「……動画確認しなかった兄ちゃんが悪いんじゃん?」

「いや、違うねッ!!お前のことだから、俺があの時確認してもバレないように、確実に自分の声が入ってないバージョンも作ってただろ!?」

「証拠がなきゃ、私は認めないよ?」

「その発言、もう認めたようなもんじゃねぇか!?」

「……まぁ、いいや。その通り、私の声無しバージョンも用意してた。よく分かったな、兄ちゃん。褒めてやろう!」

「なにふんぞり返ってんだ、クソビッチがッ!!

 確認したところで結局アップしたのはお前の戯言が入ったバージョンだろ!?詰んでんじゃねぇか!!」

「まぁね。というワケで……私の出す条件は”ホシノさんの願い事を何でも一つだけ叶える”だったんだぜッ!!」

「なにジョジョ立ちして無駄にカッコつけてんだ、このバカがッ!!

 俺の恩人を利用しやがって!ナニ言わせてんだテメェ!?しかも、何でもとか言いつつ露骨に誘導してたじゃねぇか!」

「お、早速お願いされたのか。じゃあ、本題に入ろうか……何お願いされたの?」

「それは!…………ろ…ん……ータを……お前に、アレして―――」

「ほほぉ~~ん!…で、叶えてあげられそう?ねぇ?」

「くっ!」

「兄ちゃん、約束は守ってね!」

「ぐぬぬ!」

「恩人のお願いでしょ?また期待を裏切るの?」

「はぅあッ!?」

「念書もあるからね♪」


 奏が学校鞄の中から念書を取り出してコチラに突きつける。

 ―――何で持ち歩いてんだ、コイツ!盗難防止か!?

 …だが、詰めが甘い!


「ッシャオラーッ!!」

「―――ああッ!?」


 すかさず目の前の紙を奪い取り、直後に電光石火の速さでビリビリに破り捨てる!

 俺の名前の入った部分は念入りに破き、念書は無残にも床にばら撒かれた。


「ハッハッハ!こんなもん無効だ、クソッたれ!ザマーミロッ!!」

「勝ち誇ってるとこ悪いけど…………コピーだよ、それ」

「周到過ぎないッ!!?」


 駄目だ、この妹は俺より何十枚も上手だった!知略で勝てるイメージが微塵も湧かない!


「全くサイテーのクズだね。踏み倒す気とは…保険かけといて正解だったよ!」

「クズはお前もだるおぉ!?やり方が卑怯なんだよ!第三者を巻き込むな!!」

「こうでもしないとクズの兄ちゃんが約束守んないじゃん!」

「そういや思い出した!お前も、親に嘘ついてたことまだ言ってなかったじゃねぇかッ!!」

「…………それはそれ、これはこれ…ってことで」

「もはやお前の腐った性根は、愛の無い只の鉄拳で理解らせるしかねぇな!!」

「最低通り越して最悪の畜生だなッ!?」


 俺のキツく握った右拳が赤みを増し、勝利を掴めと轟き叫んでいたッ!

 今日こそは勝つ!リベンジだ!!


「―――死ねえッ!!」



▼△▼△▼△▼



 何分ぐらい経っただろうか。

 奏の鋭いパンチが顎先を掠め、脳を揺らされた俺は為す術もなく崩折れ、その後廊下に転がされる結果となった。

 床が涙で濡れている。完敗だ、チクショーめ!!

 糞、あのアマッ!前回より鋭いパンチ繰り出してきやがった!

 やっぱ鍛えてやがったな、クソッたれ!


 ―――っていうか、前回よりあっさり負けたぞ!?

 俺は……何かとんでもない化け物を呼び醒ましてしまったのではないか!?

 意識の戻った俺はのっそり起き上がると、フラつく脚でなんとか自室へ辿り着いた。

 あとで洗面所行ったら、額に”負け犬”と落書きまでされていた。屈辱!!



 ベッドで大の字になる。

 もうどうしようもない。

 またも退路は絶たれてしまった。

 なによりも、星乃さんの期待を裏切るなんて―――そんな事は二度と御免だ。

 今の俺に出来るだろうか?

 先程、奏に無様に敗北した時とは別の震えがやってきた。

 ……いや既に、出来る、出来ない、の問題ではない。やるか、やらないか、だ。



 ―――やるしかねぇ!



 そうして、家族が寝静まった真夜中。

 PCの電源を入れ、マイクの前に座る。

 星乃さん以外顔は知らないが、俺を応援してくれる人が居ることを、今は知っている。

 そいつらに向けて喋ればいいのか?

 それとも、これまで通り脳内の自分に向けて喋ればいいのだろうか?

 ……思えば、なんでこんな事になっちゃたんだろう?

 でも、喋り始めたら、案外なんとかなったりするんじゃねぇの?

 アイツらはちゃんと出てきてくれるかな?

 まぁ、今考えたところでやる事は変わらないけども。

 もっとシンプルに考えよう……そう、考えなければいいのだ!

 度胸もなければ覚悟もない。

 こんなんでも二年以上続けてきたのだから。


 そうだった。

 こうして迷った時、いつも同じ結論に辿り着くのだ。

 ―――とりあえず、やってみようぜ!


 少しだけ震える指で、録音を開始する。



「―――――――――はいどうも、俺です!」






※※※※※


ひとまずはこれで終わりとなります。

最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!

まとまった休みが出来たら続き書くかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。

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