27.友達リスタート

 あのあと……人生最大の緊張から解放され、唯一無二の友達を得た幸福感で頭がポワポワとしていた俺は、何時に家に帰り着いたのかも覚えていなかった。

 ただ相当疲れていたらしく、リビングのソファに座ってすぐに爆睡したようだ……夕飯の時に叩き起こされたが。


 奏は結果が気になるのか、飯の間チラチラと俺の方を窺っていた。えぇい、見るな!飯が不味くなる!

 コイツに後でお礼言わなきゃならんと思うと、ちょっと憂鬱だ。あぁ!そうだ、報酬の件もあったっけか。何要求してくんだろう…。きっと、法外な利息をバーガー屋のセットのような気安さで付けてくるんだろう。今から戦々恐々とする。俺は一番借りを作っちゃいけない相手に頼ってしまったんじゃないのか?


 くそ!俺の幸せな気持ちを薄れさせやがって!やっぱり強烈なのを一発食らわせてやろうか……流石にそれは理不尽か。



▼△▼△▼△▼



 翌朝。

 昨日の興奮はスッカリと醒め、いつも通りの朝がやって―――こなかった。

 起きて早々、布団の中で身悶えていたからだ……。



 星乃さんと本当の友達になれたことは、いい。それはいい。

 俺にしてはベターを通り越してベストの大戦果だったからだ。

 その点についてだけは花丸をあげたい。


 ―――問題は俺自身だ!

 何なんだあの無様な告白はッ!?

 今でもあの時何言ったかは、半分くらい覚えてないけれど。

 それでも、切腹ものの醜態を晒したことだけは確信している。

 なにより、星乃さんのあのテンパりようだ。

 とんでもなくド失礼なことを知らず口に出したのだということは、容易に想像がつく。

 俺の人生に新たな汚点、黒歴史が加わったことだけは確実だ!!


 あぁーーー!!もう嫌だッ!!

 なんで俺はいつもいつも、こんななんだ!?

 たまに頑張れたと思ったら、コレだよ!!

 動くも恥、動かぬも恥―――八方塞がりだ!

 何だよこのクソゲー!?ちゃんと説明書用意してよ!?

 直前にチュートリアルなんか出されても、こっちはそれどこじゃねぇんだよ!!読むわけないだるおぉ!?

 ―――何言ってんの俺ッ!?


 どうやら、脳がイケないギアにシフトチェンジしてしまったようだ。

 しかもオートマティックだ。マニュアルで元に戻せないときている。

 こんなんだから、早く自動運転の時代が来てくれないと困るんだよ!!

 そしたら、速攻で俺の運転をAIに任せるのに!!

 きっと俺より上手く人間関係こなしてくれるでしょ。

 多分、パーソナルスペースのとり方とかスゲェ上手いんだろうな。

 そんなことより、ほとんどの車がAT車になっちゃったせいで、近頃の映画のカーチェイスシーンはガチャガチャとシフトチェンジするところが映らなくて、俺はガッカリだよ!あの無駄に格好良くクラッチ操作するのがスゲェ好きだったのに……。

 ―――また、何言ってんの俺ッ!?いい加減にしろ!



 こんな状態で学校行くの?…マジでッ!?

 申し訳なさすぎて、星乃さんの顔見れないよ。



▼△▼△▼△▼



 久しくしていなかった負け犬ウォークをしつつ、学校へ。

 何で昨日より挙動不審になってんだよ、オカシイだろ。

 まただ、また胃が痛くなってきた……帰ろうかな。

 こんなんで休んだら、また星乃さんに気を遣わせちゃうか。


 少しづつ学校の正門が近付いてくる。

 昨夜の俺は、これからはもっと堂々と生きていけると、そう思っていた。

 ―――が、実際はどうだ?

 登校するだけでこんなにおどおどして……なんてザマだ。

 とにかく、少しでいいから落ち着くんだ。

 帰ろかな、胃が痛いから、回れ右。

 なに一句詠んでんだ!?全然ダメじゃねぇか!このボケッ!!



 落ち着け、先ずは平常心を取り戻せ!

 そう、波紋の呼吸で心を落ち着けるのだ。

 ……そういや、前にもやったっけ?まぁいいか。


「シズカくん」


 えぇ~と、息を5分間吸い続けて、5分間吐き続ける、だったな。


「シズカくん!」


 先ずはスゥゥゥゥ―――!いや、やっぱ五分とか絶対無理でしょ、ツェペリさん!!


「静くんッ!!」

「―――ハッ!?」


 気付けば目の前に、女神さん―――もとい、星乃様がおわした。

 こちらを気遣わしげな瞳で窺っている。

 どうしよう!?まだ全然波紋の呼吸が習得出来てないってのに!!

 ―――違う、そんな事はどうでもいい!今必要なのはそれじゃない!


 えっと、朝会った時にするものだ!

 おぃ、こんなところで躓いてんじゃないぞ、俺!

 ”普通の人”になるんだろ!?

 だったら、相応しい行動をしてみせろ!



 そう―――挨拶だ。

 人として、友達として当然のアクションだ。

 何も難しいことはない。ただ一言、”おはよう”と。それだけで良いのだ。

 ほら、星乃さんが心配そうな顔してる。

 俺は、変わるんだろ?

 だったら、それを証明するんだよ!



「ぉ…おは……おは、よう。ほ、星乃、さん」

「おはようございます、静くん。

 わぁ、何だか初めてちゃんと挨拶した気がします!」


 ほら、ちゃんと出来たじゃねぇか。


「普通に挨拶出来ましたね!」

「ぉ…おかげ、様で」


 あぁ、朝からこの曇りのない満天の笑顔が見れただけで、頑張って良かったと思える。

 そうだ。もう一つ言っておかなくちゃ。


「ほ、星乃、さん」

「なんですか、静くん?

 んふふ―――”静くん”て、まだ呼び慣れなくて不思議な感じがする」


 俺も変にドキドキするわ。その微笑みで言われると…。

 心臓に悪いし―――うっかり惚れちゃいそうだから、ほどほどにしていただきたい。


「ま、また…か、会話の、れ、練習を……よろしくお願い、し、しますッ!」

「もちろん!また、頑張りましょうね!

 ―――じゃあ、早速日常会話をやってみましょうか?

 教室で私が何気無く会話をふるので、静くんがウィットでユーモアに溢れた一言を返して下さい!」

「え?―――ちょっ!…えっ!?」


 またスパルタ式の特訓が始まるのか!?

 どうやら、土下座の出番が近いようだ。



 この後、意見の摺り合わせという高度な会話術を強制的に覚えるはめになった。

 以前にも増してやる気を見せている星乃さんの姿に、これから何度も振り回されそうな予感がして冷汗が伝う。

 頭の中で誰かの「それも楽しそうだ」という呟きが聞こえた。

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