26.不器用なりの第一歩

「はぁ、はぁ、はぁ…………は…囃くん」


 星乃さんが息をきらせてやってきた。

 階段走って登ってきたの!?

 約束もせず勝手に待ってただけだから、そんな急がなくてもいいのに!

 なんか変に気を使わせちゃったみたいだ。ようやっと謝罪の動画を渡して誠意を見せれたと思ったのに、またやってしまった…。


「ほ…星乃…さ、ん?」

「い、いつから待ってたんですかッ!

 私がいつ、動画見るかも分からないのに!?」


 そう言われれば、そうだ。夜寝る前とか、今日は見ない可能性だってあったはずだ。

 まぁでも、今日も明日も、今週の放課後はずっと待つつもりでいたし、問題はない。ないのだが…。


「ご、ご…ごめ、ん」

「ちょっと…息、整えるので……待って」


 前屈みで両膝に手を当て、肩で息をしていた星乃さんだったが、二分ほどで落ち着いた。

 胸に手をあて、目を閉じて深呼吸すること数回。


「ふぅ~~。囃くんはまた、私の想像の上を行きましたね……ビックリです」

「だ…だい、じょぶ?」

「大丈夫じゃ、ないですよ。なんで呼び出す前から、待ってるんですか!?

 それに、あんな動画用意してッ!……ズルいです!卑怯です!」


 ……卑怯ッ!?

 そんな姑息な手段だった!?

 やっぱ直接謝らないとダメだったのか。

 おぃ、妹よ。話が違うじゃあないか!

 約束はチャラだ!踏み倒してやる、あん畜生ッ!!

 家に帰ったら、愛はないけど怒りと悲しみと八つ当たりを籠めた一撃を喰らわせてやるッ!!


「こんなの、聞かされたら……許すしか、ないじゃないですか。

 囃くんの本音が聞けて……凄く―――凄く嬉しかったんですよ、わたしッ!


 私、あなたに負担ばっかりかけていたんじゃないかって。

 私の期待が迷惑だったんじゃないかって、そう思って……。


 でも、そうじゃなかった!

 ちゃんと伝わってた……ちゃんと気付いてくれた。

 少しだけだけど、あなたの力になれてた。

 だから、ありがとう。一生懸命、気持ちを伝えてくれて。

 ―――それが、嬉しかったんですッ!」



 ―――――――――兄ちゃんは信じてたぜ、妹よ!

 しかし、良かった……本当に、良かった……。

 ちゃんと伝えられたんだな、俺。

 ぶっ倒れたり羞恥で死にかけたりと色々あったけど、今何もかもが報われた気分だ。

 そして、こちらこそありがとう!やっぱり君は女神様だ!


「よ…良かった…。ちゃ、ちゃんと、伝え、られて…」

「―――はい。でも……まだ、終わってませんよね?」


 その通りだ。

 最期に伝えるべきことが、一番重要な事がまだ残っている。


「…………聞かせて下さい。

 あなたの”目標”―――最期のチャンスについて」



 ゴクリと息を呑む。

 そう、これが最期のチャンスだ。

 自分の目標を人に伝えることで、後戻り出来ないように、誤魔化しがきかないように見届けてもらうのだ。

 やぶれかぶれだとか、ヤケクソだとか、そんなんじゃない。

 不退転の決意を、自分に、相手に、刻むのだ。

 すぐに折れて、諦めてしまう俺を追い込むための、これが最後の一手。

 これに失敗するようなら、もう俺に未来はない。

 今まで通り、誰とも関わらないし、関われない…多分、そんなつまらない人生しか送れないだろう。

 ―――俺は嫌だ。そんな未来は願い下げだ!


 友達が欲しいと、ずっと思っていた。

 けれど、星乃さんに出会うまでの俺は有るか無いかも分からない”いつか”をただ待ち続けるだけで、いつも受け身だった。

 そして、望外の幸運に恵まれたにも関わらず、それを簡単に捨ててしまった。

 自分で勝ち取らなかったから…それが、どれだけ大切なものかを理解出来なかったんだ。


 だから、今度は自分から掴みに行く。今度こそ掴んでみせる。

 今掴めなかったら”いつか”なんて日はもう来ないと思うから。

 そして……これだけは、直接言おうと決めていた。

 行くぞ!俺の、最期のスタートをきるための決意表明を!!



「ほ……星乃、さん!」


「―――はい」


「ぉ…お、俺は!……ど、どうしようもない、ほど、臆病で…大馬鹿、で。

 き、君の…き、気持ち、を……すごい…き、傷付けて…。

 もし、かしたら…こ、これからも……たくさんの…人に、迷惑、を…かけるかも……しれない。

 ……だ、だけど!これ、から先……誰も…何も、し、信じない、卑怯者にだけは…なりたく、ない!」


「―――はい」


「ぉ、おっ……俺はッ!

 あ、当たり前の、ことを…当たり前に、出来るように、なりたい…。


 人と、は…話す、ことを…恐がったり、しない、ように…。

 じ、自分の、思ったこと、を…ちゃんと……伝え、られる、ように…。

 と、友達、を……最後、まで…信じられる、ように…。

 あり、がとう、を…素直に、言える、ように…。

 ……そ、そんな…そんな、”普通の人”に…俺は、なりたいんだッ!!」


「―――はい」


 心臓の鼓動がバクバクと喧しい!

 頭が熱い。オーバーヒート寸前だ!

 いまだかつて経験したことのないほどの緊張で、口の中は喋り始めた時からカラカラだ!何かペットボトルのお茶とか水とか用意しておくんだった!

 正直すぐにでもぶっ倒れてしまいそうなほどだが……まだだ。最も重要な事をまだ伝えていない。


「その…その、ために!……き、きき、君に、見ていて、ほしい!

 一人、じゃ…先に、す、進めない…俺に……力を…貸して、ほしいッ!」


「―――はい」


「こ、これが……おお、俺に、と、とっての、最期の、チャンス、なんだ。

 いま…い、今、か、変われ、なかったら!……俺は、きき、きっと、このまま、だから!

 い、い、今しか、ないんだ…そばに、き、君が、い、居てくれる……今しか!」


「―――はい」


「だ…だからッ!こ、今度は…ぉ、お、俺から、お願い、しますッ!

 …………ほ…ほほ……ホシ、ノさんッ!

 もう、一度…………ぉ、おれ、の…お、オレの!…俺のッ!―――」



 ようやく、ここまで来た。

 今から言う最後の一言のために、俺という存在があったと言っても過言ではない。

 本当に、長く苦しい戦いだった…。

 いまだかつて、こんなに真剣に悩んだ日々があっただろうか。自分のことじゃなく、人のために。

 友達を作るというのがこんなにも高度な事だなんて、子供の頃は全く気付かなかった。

 幼い頃無意識に出来ていたことが、成長するにつれ段々難しくなっていく。

 一度意識してしまうと、色んな感情や思惑が入り混じって、素直な気持ちを伝えられなくなってしまう。

 人間は成長と共に退化もする、とても不思議な生き物だ。


 まだだ、気を抜くな!まだ一番大事な一言を言ってない。

 星乃さんが待っている。

 友達をやめてしまった俺のために、時間を割いてこんな所まで来てくれた。

 俺は君の期待に応えられるだろうか?そうなりたいと、変わりたいと、本気で思う。

 伏し目がちだった顔をゆっくりと上げる。星乃さんと目が合った。潤んだ瞳がとても美しい。


 ―――やばいッ!!今、星乃さんを顔を見たら、限界だと思ってた緊張の度合いが更に上がってしまった!!


 嘘だろ!?これ以上心拍数上がったらマジで死んじまう!!

 本日最高潮の緊張で、俺の頭は一瞬でパニックに陥ってしまった。

 俺は、俺は今から何かしなければいけないことがあったハズだ!

 えっと……そう、そうだった!星乃さんに言うことがあった!最も大切な最後の一言を!

 今こそ言うんだ!アレを!ほら、早く!

 あれ?―――――――――アレってなんだっけ!?

 おぃ、しっかりしろ!ここでミスるわけにはいかねぇんだぞ!

 えっと…………なんだっけ!?!?

 そう!”何とか”になって下さい!だ、確か。

 クソ!最期の一言が出てこない!捻り出せ、ここが正念場、天王山だぞ!

 思い出せ、思い出せ!働け、俺の脳細胞!

 この一言が、これからの俺を左右するんだぞ!


 追い詰められた俺の脳に、ニュータイプのような稲妻が走った。

 ―――――――――思い出した!これだッ!!



「お、俺の―――”初めての人”に、なって下さいッ!!!」


「は…………んんッ!!?

 ちょっ…エッ!?……お、思ってたのと、ちょっと違うッ!?えっと…ど、どど、どうすれば……。

 ―――こ、こういう時、ハイって言っていいの!?いけないの!?……ど、どっちが正しいのッ!?

 まず間違いを指摘した方がいいのかも……いえ、折角頑張って言ってくれたのにここで間違い指摘したら微妙な空気になっちゃわない!?

 あ、あれ…もし言い間違いじゃなかったら場合、どうすれば!?……えっと、えっと…あー!あぁー!!」



 あれッ?星乃さんが今まで見たことないくらい赤面してテンパってる!?

 なんで!?―――そんな感動的だった!?

 …いや待て、あの反応はどう考えても違うっぽいぞ!?

 一体どこで、ナニを間違えたんだ!?

 っていうか!どうすればいいの、この空気……。



 気まずい沈黙の中、木々の揺れる音だけが響く。

 これは、最初からやり直すべきだろうか……。

 いや、その前にもう一度土下座で謝った方がいいかもしれない。

 こんな時の為に、何と今日は福澤大先生をのし袋に入れて懐に忍ばせてある!

 備えあれば何とやらだ。本当にどうしようもなくなった時の最終手段にと思って準備しておいたのだが、まさか活躍の機会が訪れるとは……。


「んっン!―――は…………静くんッ!!」

「は、はいぃッ!!?」


 オロオロと視線を泳がせていた星乃さんが急にこちらを真っ直ぐ見つめて、決心したように俺の名前を呼んだ。

 懐に手を伸ばそうとした瞬間に急に名前を呼ばれ―――っていうか名字から名前呼びに変わったもんだから、えらいビビってしまった!!

 女子から下の名前で呼ばれるなんて、生まれて初めてじゃないか!?

 なんだかそれだけで物凄くドキリとしてしまう。

 既にかなりの緊張で心臓に負荷をかけている上に、この追い打ち。心臓麻痺でうっかり三途のリバーが見えてしまいそうだ。


「…ぁ……ぅ……ッ!」


 名前を呼ばれはしたものの、それから星乃さんがまた言葉に詰まってしまった。

 なんだが、いつもと立場が変わってしまったようでとても不思議な感じだ。

 普段の俺も、こんな感じのもどかしさなのだろうか?つくづく、俺みたいのに付き合ってくれていた星乃さんに感謝の念が湧く。

 瞳を潤ませ唇を震わせている姿をもうちょっと見ていたい気もするが、意を決して呼びかけてみる。


「ぁ…あ、あの……ほ、星乃…さ、ん?」

「そ、そ…その…ぉ……お、お友達から、始めましょうッ!!!」

「え?―――アッハイ!!」



 ……から?んん?星乃さん、どういう意味なの!?

 いや、そんな事今はどうでもいい!

 こんな俺に、ついに……ついに本当の”友達”が出来たのだから!!


 うっわ、スゲェ嬉しい!!何だこの気持ち!!

 心が沸き立つ!脚がフワフワして力が入らないし、全身がとても熱い!

 叫びたいような気もするし、我武者羅に走り回りたいような。

 とにかく、ジッとしていられない程に気持ちが昂ぶっている!


 ―――くッ!待て待て、何だこのテンションは!?まるで制御が出来ない……鎮まれ俺のパトスよ!!

 こんな浮ついた状態だと、帰りの降り階段で脚踏み外してバッドエンドになるぞ!落ち着け!!

 いや、やっぱダメだ!そんなんじゃ収まりがつかないくらい嬉しい!!


 なんだかよく分からんが無性に踊り出したい気分だ!

 踊りなんて小学校の運動会で覚えさせられたソーラン節しか知らんけど!

 感情をダンスで表現!とか、今まで馬鹿じゃねぇの?って思ってたけど、こういう事だったんだな。

 ダンスやってる人達は、いつもこんな居ても立ってもいられない気持ちを発散するために踊ってんだろうか?

 常にこんな精神状態とか、パないな!?予想以上にダンスってのは過酷なものらしい。

 実際には一歩も動いてもいないのに心臓の鼓動が喧しい。

 全力疾走したかのような早鐘が今も鳴り響いている。

 喋り始めてから今までずっとこんな調子で、もう既に結構息が上がっている。

 ここから踊り始めたら、マジでぶっ倒れてしまいそうだ。


 ―――あぁ!何とかしてこの気持ちを抑えなければ!

 歌か?歌だな!?歌しかねぇ!俺の歌を聞きやがれ!!

 頭の中では”歓喜の歌”が盛大に流れ始めている。

 ベートヴェンもきっとこんな気持ちを表現したくて作曲したんだろう。

 肖像画のあの気難しそうな顔からは想像もつかない程に情熱的な曲だ。

 何語かも分からんし、歌詞も知らんけど、俺もあの大合唱に混ざりたい!

 ハレルヤ!―――あ、コレは、別の曲か。でも、良し!


 兎に角!―――俺は、今度こそ本当に、星乃さんと友達になれたんだな!

 無様で、不器用で、それでもこの迷走の果てに、ついに望む未来を掴むことが出来た!

 散々遠回りをしたけれど、最後の最後になけなしの勇気を振り絞って本当に良かった!最上の結果だ!

 今日でボッチは卒業だが、と同時にこれから始まるのだ。”友達が居る”という生活が!

 明日からどんな事が起こるのだろう?まるで想像がつかない。

 ―――ただ、これだけは自信を持って言える。

 きっと、楽しいことになる、と。



「こ、これから!よ、よよ…よろしく、お願い、しますッ!」


「こちらこそ、改めてよろしくお願いしますッ!」




 こうして、俺史上最大の山場を乗り越え、記念すべき再々スタートの一歩目を踏み出したのだった。

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