トリック・オア・トリートの前にアーメンを唱えな
とある秋の日の深夜。その校舎の片隅でうごめく、怪しい人影があった。
「よし、これでばっちりだぜ」
「クリスマス部の連中、明日これを見たら泡を吹いてぶっ倒れるに違えねえぜ」
「
おそろいのとんがり帽子をかぶった怪しい三人組は、顔を見合わせてククク、と笑った。中には、死神の仮面をかぶった不気味な男までいる。
彼らが忍び込んだ部屋の入口、扉の上には「クリスマス部」の文字があった。ここはその部室なのである。
なのに、その室内にはとんがり帽子をかぶったお化けカボチャがいくつも転がり、天井から吊り下げられたコウモリが乱舞している。
壁には、「HAPPY HALLОWEEN」の文字。クリスマスのムードなど、どこにもなかった。
「さあ、点灯試験を済ませて、とっととずらかろうぜ」
三人組の一人が、小声でそう言って手元のボタンを押した。お化けカボチャの目が、一斉に明るく光る。その灯りにぼんやりと照らし出された部屋の中は、オレンジと紫でいっぱいだ。
「点灯ヨシ!」
「クリスマス部破れたり!」
残りの二人が喜びのささやき声を上げて、万歳する。
その時だった。部室の扉が、がらがらと音を立てて開いた。
「トリック、オア、トリートってか」
低い声で言ったのは、部屋の入口で仁王立ちになっている、制服姿の女子生徒だった。
「き、
怪しい三人組の一人が後ずさる。お化けカボチャの目が光を喪い、部室は再び薄闇に還る。
「あんたら、ハロウィン同好会の考えなんて、お見通しなのさ」
ポニーテール姿のその女子生徒は、長いスカートを引きずるように、ゆっくりと彼らのほうへと歩いてきた。三人組の動揺が波紋になって、ざわ、ざわ、と室内に広がる。
彼女こそ、茹海老学園の三大珍部活の一つ、「クリスマス部」の部長、
「クリスマス部」とは、クリスマスは十二月だけではなく、一年365日続く行事であるべきだと主張している過激な団体だ。たとえお盆であっても、キュウリやナスでトナカイを作って讃美歌を歌う。
「わたしに喧嘩を売った以上、覚悟してもらうよ」
「ま、待て
必死の形相になっているのは、「ハロウィン同好会」の会長、
「そう、明日だけ。10月31日の明日だけちょっとだけハロウィン気分を味わっていただいて、それから僕らがこの部屋を全部片づけますから」
「お黙りなさい!」
聖夜が一喝した。窓から射し込む月の光に照らされた彼女の顔は、無慈悲に白く美しい。その表情は怒りに満ちているようにも、何かにいらだっているようにも見えた。
「三太よ、そんな名前でその行い、決して許せるものではない。自らを恥じるがいい」
「いや、三太とサンタは何の関係も……」
「問答無用っ!」
近鉄百貨店の紙袋から聖夜が取り出したのは、発射口の直径が三十センチもありそうな、まるで大砲のようなクラッカーだった。
「あ、あれは音に聞く、聖夜のハイパー・メガ・クラッカー!」
「だ、出しよったでえ!
三太の後ろに隠れたハロウィン同好会員二人が、解説要員モブっぽい叫びを上げる。
「解説助かる。では、その威力を存分に味わってもらおうか。アーメン!」
聖夜は迷わず、
折り重なって床に倒れた、三太たち三人。そばには、とんがり帽子が三つ転がる。その無残な姿を、冷たい月の光が照らしていた。
「ちゃんと、お菓子あげたんだから、後でおいしくいただくがいい。あんたたちにはぜいたくな、クリスマス・ケーキなんだからね」
ハイパー・メガ・クラッカーから発射されたのは、クリームたっぷりのケーキだった。顔面を直撃された三太と、その衝撃波を食らった後ろの二人は、ひとたまりもなく吹っとばされてしまったのだ。
ちなみにこのケーキ、去年のクリスマスの売れ残りを、聖夜が冷凍保管していたものだった。まだまだ残弾は残っているという噂だ。
顔を覆っていたケーキの残骸を、どうにかはぎ取っておいしくいただいた三太たちは、すごすごと自分たちの部屋へと引き上げた。
活動時期が限定されているハロウィン同好会は、正式な部活としての認定を受けることがまだできておらず、その部屋は学校地下のボイラー室を間借りしていた。
薄暗い蛍光灯の下、室内を縦横色んな方向へと横切るパイプには、お化けカボチャやコウモリがいくつもぶら下がっている。そのシュールな様子には世紀末のハロウィン的な雰囲気があった。
「やっぱり無茶ですよ、あの
先ほどの実況モブの一人、死神の仮面をかぶった
「やっぱりも何も、お前が言い出したんじゃないか、まずはクリスマス部を打倒して、我が同好会の名を広めるんだとかなんとか」
「このハロウィン同好会って、クリスマスに比べて不当に人気がなかったハロウィンを盛り上げるために始まったんですよね? もともとは」
もう一人のモブ会員が首をかしげる。
「でも、今はもうハロウィンは普通に陽キャイベントに出世してますよね? 我が同好会の役目は終わったんじゃないですか?」
「いや、まだだ、まだ終わらんよ。あのクリスマス部や『夏部』のように、『一年365日すべてハロウィン』と主張できるくらいの力を手にしなければ、人類の革新など不可能だ」
「一年中クリスマスっていうのは、戦争もお休みで人類の平和が実現できるっていう大義名分があるわけですよね? ハロウィンは?」
螽斯が痛いところを突いた。
「え? それは……」
三太の目が泳ぐ。
「魔女コスプレ、良くない?」
「よい」
「良いです」
意見が一致した。
その時だった。ボイラー室の扉が、ぎーょと音を立てて開いた。
驚いて振り向く三人。部屋の入り口で、一人の女性がまた仁王立ちになっていた。黒いとんがり帽子に露出の多い黒いドレス、手に持ったほうき。
目元はパープルのマスカレード・マスクに隠されている。しかし……。
その無慈悲に白い肌は見間違いようがなく、そこに立っているのは先ほど彼らをぶちのめしたばかりの
「き、聖夜。まだこれ以上、俺たちを痛めつけるつもりなのか」
三太が絶望のうめき声を上げる。
「聖夜? わたしはそのようなものではない。我が名は、『魔女コス好き仮面』。お菓子をよこせ、くれなきゃ暴れる」
「いたずらするんとちゃうんかい!」
「名前のゴロ悪っ!」
幸い、お菓子はたくさん用意してあった。そこはハロウィン部、抜かりはないのだ。
薄暗いボイラー室の中、四人は仲良くパイプ椅子に座って、蒲焼きさん太郎やキャベツ太郎、酢だこさん太郎を食べた。
「太郎ばかりだな」
とか言いながらも、聖夜、いや魔女コス好き仮面はご満悦の様子だ。
クリスマス部の部長という立場上、ハロウィンを楽しむことなど絶対にできない彼女。本当はハロウィンも大好きだったのである。
翌年、卒業して東京に出た彼女は、10月終わりとなると必ず渋谷に繰り出して大はしゃぎ、「謎の魔女コス好き仮面、恐るべし」とその名をハロウィン界に知らしめることになる。
「この先そういうことになるんなら、俺らの活動も意味がありましたねえ、全国的に有名なハロウィナーを生み出すことになったんだから」
蟋蟀は満足げだ。しかし、
「あんな思い切り顔面にハイバー・メガ・クラッカー喰らわされたのは、あれは何の意味があったんだよ」
三太はぼやきまくりで、最後まで割り切れない様子だったという。
(終わり)
一月二十六日の夏休み/トリック・オア・トリートの前にアーメンを唱えな 天野橋立 @hashidateamano
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