酩酊によって溶け出してゆく現実

 酒に酔うと不思議な〝影〟が見えるようになる、とある酒飲みの物語。

 酔っ払いの主観から描かれた掌編ホラーです。
 酒飲みの言うことはこれだから、では収まりきらない、明らかに冷静な理性のもとに語られる〝影〟の存在が肝のお話。
 少なくとも現実の何かではないとわかるものの、さりとて特に明確な危険や恐ろしさのようなものは感じない、その「なんかそういうもの」っぽさが魅力的でした。

 短いお話というのもあり、この先にはネタバレ要素を含みますのでご注意ください。



〈  以下ネタバレ注意!  〉

 大オチというか、そこに至るまでの流れが怖くて好きです。
 一人称体による主観的な記述、すなわち主人公の認識を介して見る世界の、そのあやふやさの描かれ方。特に終盤、ところどころに「おや?」と思わされるような揺らぎがあって、それを読書という形でなぞる体験が面白い。

 ただのフィクションと思えばこそ「そういう書き方」で済むのですけれど、でも実のところ決して他人事ではないというか、一体何をして「自分は〝こう〟ではない」と言えるのか?
 酔って判断力を失うということは、とりもなおさず〝これ〟と同じ体験をしているわけで、つまり現実と非現実の境界は思いのほか曖昧なものかもしれないと、そんなことを思わされたお話でした。