第5話 近藤と俺

 横須賀行きのバスは思いのほか混んでいた。来たときのように離れた席に座ることはできず、ふたりがけの席に並んで腰かける。


 息が詰まる。思いは近藤も同じだったのだろう。バラエティ番組の内容やら芸能情報やら、あたりさわりのない話題ばかりをとめどなく話し続けている。


 俺は耐えかねて、その話を遮った。


「近藤」

「ひゃ、ひゃいっ」


 近藤は、瞬時に顔を真っ赤にして噛んだ。俺は笑いをこらえ、話を切りだした。


「久里浜に行こう。いいフレンチの店がある」


 誘うなり、近藤はぶんぶんと首を振った。


「いっ、いいえ、まっすぐ帰ります」

「今日の礼くらいさせてくれ。さすがに夕飯用サンドイッチは持ち歩いてないだろ?」


 近藤はぐっとことばにつまり、観念した顔になった。まるで、死地に赴く武士みたいだ。


 バスが停車した。馬堀海岸駅だ。本来はそこで下りるつもりだったが、久里浜に行くとなれば、下車すべきは堀内だった。


 俺は近藤だけに聞こえるようにささやく。


「男と女がふたりきりで出かけたり飯食ったりするだけでデートになると思うなよ? 身構えるんじゃねえよ、少女漫画脳が!」

「はいぃ」


 近藤は畏縮したようすだったが、何かひっかかるものがあったらしい。首をかしげる。


「あれ? でも、先輩。じゃあ、どうなったらデートに進化するんですか?」

「言うに事欠いて『進化』かよ」


 進展だ、進展。指先で頬をひっかきながら、俺は回答に頭をひねる。あえて口に出すのは、ちょっと照れた。


「……何度か食事したり出かけたりしてみて、お互い楽しかったら、じゃねえの?」


 ほんの少し、下心をふくんだ回答だったが、近藤はちらとも疑わなかったようだった。


「そっか! 先輩、次は三浦の七福神めぐりにしましょう! お正月しか回れなくてレアなんです。でも、森戸神社も捨てがたいっ」

「落ち着け、近藤。正月は遙か先だ。っていうか、神社ばっかだな、おい」


 バスを下りながら、近藤はあいかわらずの調子で言いつのる。


「だって、先輩のためいきがとまらないから。もっとパワースポットをめぐらないと!」


 ──俺も鈍いが、おまえもたいがいだ。


 俺は深くためいきをつく。ほら、また! と、指さす手をつかみ、おろさせる。近藤が赤くなるのをよそに、俺はスマホを取りだす。


「待ってろよ。いま、店に電話かける」


 呼出音が鳴るあいだ、近藤に背をむけながら、俺はたったいま触れた手を見下ろした。


 おさえきれず、胸が高鳴っていた。


 ──まったく、どっちが少女漫画脳だ。


 背にしていた駅から、「かもめが翔んだ日」の電子メロディが流れてくる。ホームに滑りこむ電車が見えた。


 つい、その行き先を確認する。安堵した。だいじょうぶ、今日は、あれには乗らない。


 店につながった電話を片手に、そして、所在なげな近藤を横目に、俺はこっそりと、浦賀へとむかう電車を見送った。

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神さまの思し召し 渡波 みずき @micxey

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