エピローグ

 週明けの放課後、葵は兎萌と並んで廊下を闊歩していた。

 葵の腕の中には、ドでかいトロフィーが抱えられている。



「ねえ見た? 先生たちの顔、最高だったわね!」



 これだからやめられないわと呵々大笑しながら、兎萌が片手でハンディカメラを弄ぶ。

 大きなカバンを持って登校した時には、上野から訝しい視線を向けられたが、それがまさか、優勝の証であるとは思わなかったのだろう。放課後に職員室へ乗り込み、お披露目をした時の凍り付いた空気には、思わず笑ってしまいそうになる痛快さがあった。

 きっと自分はドッキリの仕掛人にはなれないだろうと、このとき分かった。


 その後、どこから聞きかじったのか、簡単に勝てる階級を選んだに違いない! と指摘する声が上がったかと思うと、便乗したざわめきが吹き荒れる。が、しかし。



『当初のプランだったら、今の正解だったんですけどぉー』



 わざとらしくキャピった兎萌が取り出したハンディカメラと本によって、形勢逆転。明日葉たちから撮ってもらった試合の映像と、釈迦堂舞流戦という王者について特集したキックボクシング誌の記事によって、職員室は再び氷河期を迎えた。



「それじゃあ、今日も張り切ってジムに行きますか!」



 そう言ってくるりとスカート翻した兎萌は、口元に指を当ててウィンクを決めた。



「トレーニングにする? 特訓にする? そ・れ・と・も、修行?」

「テンション高っけえなあおい……そこは普通、飯と風呂とか、『私?』じゃねえの?」



 葵のため息に、びたりと兎萌の動きが止まった。

 うっかり追い抜いてしまい、葵も足を止めて振り返る。



「……兎萌?」

「は、ははははあ!? なな何言ってんのよあんた! そんなこと、そんなこと……言ったとしてもトレーニングの後よ、バーカ! ブァーカ!!」

「トレーニングの後ならいいのかよ」

「うるっしゃい!」



 やいのやいのと騒ぎながら、すっかり通いなれたジムへの道を歩く。



「あ、そうだ。ジム着いたらさっきのアレ、読ませてくれね?」

「釈迦堂くんの?」



 カバンから覗かせた雑誌を、そうそれ、と指さす。



「職員室でもチラッと見えたんだけど、無駄に写り良くて腹立つなあいつ。つうか、そもそもナニソレ。実在する雑誌なのか?」

「キック専門のスポーツ誌。こういうの、割とどこの業界にもあるわよ?」



 私も載ったことあるんだあと、兎萌が迫ってきた。「見たい? ねえ見たい?」とすり寄る首根っこを引っぺがす。餌を前にしたフグかお前は。

 ジムの玄関をくぐり、靴を脱いで中へ――入ったところで、葵は突然、眩いフラッシュに襲われた。



「えっ、な、何ごと!?」



 突然のことに、顔を覆って一歩下がる。ちょっと止まらないでよ、なんて追い越していった兎萌が「あ、矢来さんじゃないですか。こんちには」と、声を明るくした。



「ええと、知り合い?」



 訊ねると、大きなカメラを構えていた女性が、それを首にぶら提げて、名刺を取り出す。



「はじめまして、川樋くん。私、Fight&Fireの記者をやってます、矢来です」



 そう名乗った彼女は、葵が訊ねる前から用件を切り出してきた。



「今、君はホットよお? 『あの』羽付さんをセコンドに据え、『あの』釈迦堂くんを食った、新進気鋭のルーキー! というわけで。取材させてくーださい。あ、羽付さんも一緒にね」

「はあい」

「物分かりいいなお前……」



 慣れている人は違うのだろうか。俺は『あの』の圧が強すぎて未だに混乱しているんだが。

 戸惑っているうちに、強引に受付の客用椅子に座らされてしまった。拒否権はないらしい。



「それでは、はじめに。お二人が出会ったきっかけは?」




――SECOND!!~楽園の片隅で眠る金色の鳥は~(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SECOND!! 雨愁軒経 @h_hihumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ