結末

 タケルと事務所に戻ったシノザキはすぐに鞄をひっくりかえして中の物を詰め直し、パソコンに向かって何やら作業をはじめる。シノザキは潔癖でせせこましい男だった。

「さてタケル君。今日の職業体験はいかがだったかな?」

シノザキはキーボードを叩きながら背後のソファに座るタケルに問う。

「……気持ち悪かった」

「まあ慣れてきたらなんともなくなるさ。何か質問はある?」

「……シノザキさんは金持ちの神様が見える。あの神様を連れてきたら誰でも金持ちになれるの?」

「おっ、いい質問だね」

シノザキは手を止めて座っていた椅子をぐるっと回し、ソファに座るタケルと向き合った。

「金持ち神も貧乏神も人間が選ぶことはできない。あちらが自分にふさわしい人間を選ぶんだ。あのおばあちゃまは金持ち神に選ばれた。だからずーっと金持ちだ。ただ金持ち神は自分にふさわしくないふるまいをする人間からは離れる。金持ち神が一晩で貧乏神に入れ替わっていたケースをみたこともある。ふるまいや心構えが大事だ、と言いたいところだがな」

「……」

「金持ち神というのは多少の努力では近寄ってこないんだ。どうも金持ち神が好む家系があるらしくて、親から子へと神を受け継いでいることが多い。逆に貧乏神は人を選ばない」

「……貧乏なヤツはずっと貧乏なまま?」

「それは違う。貧乏神は人の心構えで縁を切ることができる。俺がそうだぜ。貧乏神が近寄ってくるのがわかるからそれを避けてたら食える仕事にありつけた。実は俺の本業はプログラマーで霊視は副業なんだが、今日の金持ちおばあちゃまみたいな大口の客が何人かいて年に一度会いにいくだけでそこそこの収入になってる。大金持ちにはなれなくても、好き勝手生きていく金には困らないというのは重要だ」


 シノザキは事務所の天井を見上げた。

「なあタケル、俺は本音言うと他人のことなんかどーーでもいいんだよ。ただお前は神を見る目を持ってて、今は困りごとがあるんだろ?他人には頼りたくないだろ?だったら自分の能力で解決できるようになったほうがいい。家から俺のところに通って修行しないか?」

「……家…」

「俺の経験上、家族と縁を切るのはそれなりの稼ぐ能力や知恵を身につけないと貧乏神に食い物にされる。ましてお前はまだ中学生だ。まず頼れるものを全部頼って…」


 シノザキは目の前が一瞬真っ白になった。タケルがシノザキを椅子ごと勢いよく蹴りとばしたのだ。床に倒れたシノザキは痛みで動けない。タケルは抵抗できないシノザキを執拗に蹴り続けた。シノザキが動けなくなったのを確認して、シノザキの鞄をひっくり返し、財布を抜き取る。タケルは事務所から夕暮れの街へと飛び出していった。


 シノザキがようやっと体を起こしたのは明け方だった。

「いてえ…」

全身がずきずき痛み、鼻の下には鼻血が固まっていたがなんとか殺されずにすんだ。

「捨て猫を拾って飼い慣らして家族のように暮らす、なんて俺の勝手な妄想を押し付けてたんだな。あいつはもう貧乏神に取り込まれてた。多分まともに金を稼ぐ方法を知ることなく、他人から奪うことで一生を終えるんだろう」

シノザキは仰向けになって天井を見つめる。窓から入ってくる朝日が空中に舞うほこりをきらきら照らし出す。シノザキは昨日のことを思い出す。いきなり蹴り倒されたあとタケルと目が合った。タケルの前身は真っ黒な貧乏神に覆われていた。それは一瞬折りたたまれた漆黒の翼のように見えたのだ。シノザキは翼をはばたかせ空を飛ぶタケルを夢想した。天に拒まれ、地獄に堕天する凛々しい少年の姿を。

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貧乏神が見える男 @aoibunko

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