貧乏神を背負う男

 豪邸を出てワゴンに乗ってもタケルはぼんやりしていた。

「次の仕事にもついてきてもらうぞ。次はもう99パーセント貧乏神案件だ」

シノザキは豪邸から車を出したあと、パチンコ屋の駐車場に移動し、つなぎからポロシャツとジーンズに着替えた。

「待ち合わせはファミレスだな」

ワゴンは開店時間を迎えたばかりのファミレスの駐車場に停まる。

「お前の服汚いからなあ。仕方ねえ、そのままでいいや」

タケルはつなぎのままシノザキのあとをついて店に入った。


 シノザキは店内を見回し、待ち合わせのテーブルを見つけてさっさと歩く。着席していた青年が立ち上がって軽く頭を下げた。

「シノザキさん、今日はよろしくお願いします」

「ハシモトさんですね。ご依頼ありがとうございます。突然ですが見習いを同席させてもよろしいでしょうか」

「はい、どうぞ」

ハシモトは見た目は20歳くらい、こざっぱりしたさわやかな雰囲気の青年だった。テーブルを挟んで、タケルとシノザキはハシモトと向かい合う。

「僕はおおっぴらに宣伝してるわけじゃないからハシモトさんのような若いお客さんは初めてでね。メールには知り合いからの紹介だと」

「はい、サロンで知り合ったある方の紹介です」

「ほー、オンラインサロンとやらに入ってると顔が広くなるもんだね」

ハシモトの目が輝いた。

「そうなんです。××さんのサロンに入った人はみんな人生が変わった、つまらないことで悩まなくなったと喜んでます。いろんな人と知り合えて視野が広がります。ご興味あるなら紹介しましょうか?」

「いやいや、僕は結構。今日はそういう相談じゃないでしょ」

テーブルから身を乗り出してまくしたてたハシモトは照れたように頭をかいた。

「メールによると大学をやめて新しいビジネスを始める予定で、その前に僕のコンサルを受けたいと」

「はい、成功間違いなしと思ってますが、シノザキさんのような方から助言があれば心強いと思ったんです」

「それは光栄ですね。どんなビジネスを?」

ハシモトは鼻の孔を広げて自信たっぷりに答えた。

「××先生のサロンをもっと知ってもらう宣伝活動です。具体的には動画を定期的にあげて、僕の活動報告をします」


 話の蚊帳の外にいたタケルも、シノザキの固まった愛想笑いを見て、ハシモトという男がとんでもなく馬鹿馬鹿しいことを言ったのをなんとなく察した。

「お金というのは結果論で、まず人のつながり、絆こそが何よりも大事なんです。僕は××先生とサロンの仲間にそれを教わりました」

ハシモトは滔々と持論を述べる。その背後から赤黒いもやがどんどん広がっていった。シノザキはタケルに何も言うなと目で合図する。

「……つまりこれは誰もが恩恵を受けられる、世界が変わるチャンスなんです」

赤黒もやのなかにいくつもの目や口のようなものが見えてきた。もやはハシモトを覆い食いつくそうと構えている。

「時間も限られてるので結論から申し上げましょうか」

シノザキがハシモトの話を打ち切るともやの動きが止まった。

「あなたのビジネスは途中でついえると見立てました。ただし軌道修正すれば結果は変わりますよ。例えば大学に復学されるとか」

ハシモトはがっくり肩を落としたが、すぐに顔を上げて答えた。

「僕の人生はまだはじまったばかり、いやはじまってもいないんです。自分の可能性を広げるためにもこのチャレンジはあきらめたくない。サロンの仲間にも絶対うまくいくと励まされたばかりです」

ハシモトの目の中の瞳がもやと同じ赤黒い色に見える。

「成功をお祈り申し上げます」

シノザキは作り笑いを浮かべながら自分の鞄から財布と書類を出して、コンサル料と出張料を受け取り、領収書を書き、ハシモトが注文してくれたアイスコーヒー代を支払うと、ぐったりしているタケルを引っ張って店を出た。


 タケルはあまりの気分の悪さに駐車場でしばらくしゃがんで休んでいた。シノザキが言う。

「あれが貧乏神だ。お前に憑いてるヤツの仲間だよ」

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