金持ち神を見る
タケルはシノザキから貸してもらったぶかぶかのつなぎに着替え、テナントビルの駐車場に止めてある軽ワゴンに乗り込んだ。車のボディには「水のトラブルおまかせ安心 シノザキ」とペイントされている。シノザキもタケルと同じつなぎを着て運転席に座りエンジンをかけた。
「あのシノザキさん、この車…」
「ああ、カモフラージュよ、依頼によっちゃこういうのが必要になる」
「なんで水道屋?」
「水道工事屋と電気工事業者はどこの建物に入ってもあやしまれないからな」
渋滞の続く道路をようやく抜け出し、ワゴンは静かな住宅街へ滑り込む。
「ここらはな、高級住宅地ででかい豪邸ばっかり並んでるぞ。普通の庶民は近づけないからしっかり見とけ」
シノザキは鉄柵に囲まれた家の前で車を止め、インターホンを鳴らした。
「どちらさまでしょうか」
「大奥様に工事の業者が下見に来たとお伝えください」
「かしこまりました。では北の裏門に回ってください」
事務員のような女性の声に指示されてシノザキが車を回す。
「タケル、これから会いにいくのは生まれてから今日まで一度も貧乏したことのないおばあちゃまだ。紡績会社創業者の娘に生まれて製薬会社の社長一家に嫁ぎ、社長夫人、会長夫人となり、夫亡き後は会社の株式を相続して、息子たちも頭があがらないというビッグママだ」
門扉は自動的にロックが解除されて開く。美しい日本式庭園のわきをすりぬけて車をすすめるとエプロンをつけた中年女性が待っていた。
「車はあちらにお止め願います。大奥様は茶室でお待ちです」
「案内ご足労さまです」
エプロンの女性は一礼して奥に引っ込んだ。シノザキはタケルに囁く。
「漫画とかで『ねえや』とか『ばあや』って見たことないか。あの人がそうなんだぜ」
「あやしまれないため」ということでタケルも空の工具箱を持たされ、二人で落ち葉一つない庭園の隅を歩いて茶室に到着した。
「大奥様、お久しぶりでございます」
「中に入ってちょうだい」
しわがれた老女の声だがなんとなく威圧するものがある。
「今日は助手に仕事の見学をさせているのですが一緒に入ってもようございますか」
シノザキはやたら低姿勢だった。
「どうぞ、シノザキさんなら間違いございませんでしょうから」
おっとり丁寧だが、何かあったら許さないぞという迫力のある答えだった。
シノザキとタケルは小さな入り口から茶室にあがった。
茶釜の前には着物をきちんと着付け、髪も化粧も整えた老女が正座していた。背中は少し曲がっていたが、眼光は鋭い。
「シノザキさんとは表立って会うことができませんのでここを使わせてもらってるんです」
「承知いたしております大奥様。我々は茶室の改装工事の下見にきたもので、出入りの大工さんからの紹介としてお招きくださったのですね」
大奥様にやけにへりくだるシノザキをタケルは冷めた目で見ていた。
「ところで茶室って前はもっと向こうにありませんでしたか」
「ええ。でも最近歩くのが億劫になってきてしまってね。家を出てすぐ茶室に入れるようにこちらに移築しましたの」
「なるほどそうでしたか」
「余計なお話はこれでよろしいかしら」
大奥様はシノザキにお世辞も雑談も望んでいなかったらしい。
「今年の私の金運を見ていただけるかしら」
「ええ、ただいま」
シノザキは座り直して、大奥様と向かい合った。
「いや素晴らしい…金色の光が…ボールのように跳ねて…龍のようにくるくるとうずを巻いて…大奥様の金運はお金を離さずさらにお金を呼び込むでしょう…多少の浪費ではゆらぐことはありますまい…」
シノザキの「霊視」に大奥様は満足げにうなずいた。「金持ち神」に圧倒されたシノザキがうしろに座るタケルをちらりと見ると、彼は口をポカンと開けて空を見つめていた。他人の霊視を聞いているうちに同じものが見えるようになったのだろう、能力が発現しやすいタチか、とシノザキは思った。
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