少年、助手になる
「タケル、目が覚めたか?」
少年タケルはソファの上で毛布を被ってぐっすり眠っていたのだった。タケルがもぞもぞ起きると昨日の男が事務机の前でパソコンのキーボードを叩いていた。タケルはもやを払った男のあとをついて牛丼屋に入り、牛丼大盛りを完食したあと、彼の車に乗って「事務所」に行き、ここのソファで一夜を過ごしたのだった。
牛丼屋で男はシノザキと名乗った。シノザキは牛丼をがっつくタケルからなんとか事情聴取を行い、貧困にあえぎ暴力が絶えない家庭から逃げ出した14歳の家出少年であることを把握した。
「まあ出会ったのも何かの縁だろうさ」
シノザキは家出少年を匿うリスクを承知で、古いテナントビルの一室を借りた自分の事務所にタケルを泊めたのだった。
タケルは「事務所」をぐるりと見まわす。自分が寝ていた客用ソファ、シノザキが使う事務机、壁一面に並んだスチール製の本棚以外家具らしいものはなく、がらんとしている。小さなシンクのついた流し台はやけにぴかぴかで、隅にはゴミをまとめたゴミ袋が口をきっちり縛って三つ積み上げてあった。
「朝メシ買ってきてやったぞ。すぐ食べろ」
いつのまにかシノザキが目の前に座り、カラフルなエコバッグからコンビニのサンドイッチと総菜パンとペットボトルのお茶を出して、タケルにすすめた。シノザキはソーセージロールの袋を開けてむしゃむしゃ食いつき、ペットボトルのお茶をごくごく飲む。つられるようにタケルも三角サンドイッチの封を切って食べ始めた。
「タケルは昨日のこと覚えてるか」
シノザキは食べながら質問する。タケルもサンドイッチを口に含んだままもごもご返事する。
「牛丼食べた」
「その前だ」
「…金がないから誰かのかばんひったくって飯を食おうと思った」
「その時何が見えた?」
「黒い煙みたいなもやもや」
「それはいつから?」
「家出する前から。でも昨日のは周りが暗くなるぐらいいっぱいあった」
「それはなんだと思う?」
「…わかんない」
「じゃ教えてやろう。あれは貧乏神だ」
朝食を食べ終わったシノザキはパンの袋を集めてひとつにまとめる。
「俺は一応霊能者と言えるのかな。一流の霊能者様は悪霊に憑かれた人間を払ったり、怪現象が起こる家を浄化したり、自分の式神を戦わせる妖怪大戦争みたいなことやってるらしいが…俺ができるのは人間を貧乏にしたり逆に金を持たせてくれる妖怪みたいなヤツを『見る』、そして『教える』だけなんだ。仕事をするときは霊感コンサルタントと名乗ってる」
「でも昨日はふーって」
「そいつならお前の頭の上にいるぜ」
タケルが上を見ると確かに天井に小さなもやが固まっていた。
「性質上他人がお祓いしてどっかいくヤツじゃないんだよ。昨日だって俺が息を吹きかけてお前の考えをそらしたから目の前から消えたってだけの話さ」
シノザキはタケルが飲み終えたペットボトルを取り上げ、シンクですすぐと手で振って水を切りゴミ袋に入れる。パンの袋も別のゴミ袋に押し込んで口を縛った。
「さてタケルくん、今日のご予定は?」
シノザキがにやにやしながら聞く。
「…何も」
「家に帰る気はないし、学校にも行く気はないということだね、ほうほう」
シノザキはタケルの返事を勝手に通訳したあとこう言った。
「タケル、今日一日俺の助手にならないかい?」
突然の依頼にタケルはあからさまに嫌そうな顔をした。シノザキはあわてて取り繕う。
「昨日も言ったとおり、どうやら君は俺と同じ能力を持っているようだからね。一日職業体験のつもりでつきあわないかいってことだよ。家の事情で学ぶ機会のない若者ならなおさらね」
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