最終話

「お姉ちゃん、さっき僕、力をすべて使わせれば海に還るって言ったよね?」

「……うん」

「僕にも、あと少ししか残ってないみたい」


 続きを聞きたくなかった。だがそれはできなかった。ただ目元が熱くなり、視界がぼやけるだけだった。


「だから、僕たちが再会した海岸へ連れて行って」


 私は何も言う事が出来ずに俯き、すすり泣いた。代わりに健人が答えてくれ、


「後ろ、乗れよ」


 とだけ言った。


 私と祥が後部座席に乗り込み、健人が運転、由美が助手席に乗って車は港へと向かう山道を進んだ。


 静かな室内で、最初に言葉を発したのは祥だった。内容は諒太の事。


 諒太は五歳の頃、海で溺れて死んでしまったらしい。それを助けられなかった父親はしばらく漁を休み、五年後に復帰。そしてその復帰初の漁で魚の諒太を釣り上げたらしい。例え、完璧な人間じゃなくとも、父親は十歳の姿になって現れた魚の息子を大事に大事に育て、大学にまで入れることが出来た。


「僕と諒太お兄さんは会うべきじゃなかったかもしれない」」


 祥はそう行った。


 やがて車は満月が綺麗な夜の海岸に着いた。


 四人は車を降り、私と祥が浜辺まで行った。祥の素足が海に浸かる。


「祥……」


 私がそう呼びかけると、祥は振り向かずに答えた。肩が揺れている。きっと泣いているから泣き顔を見せたくなくてこっちを見ないのだろう。最後まで可愛い弟だ。……そう、最後まで。


「お姉ちゃん、ありがとうね。僕、楽しかったよ。すごくすごく楽しかった。でも、恩返しできたかな? お姉ちゃんに迷惑かけてばかりだった……」


 私は無言で首を横に振り、祥を今まで一番強く抱きしめた。今度は涙を我慢して。


「祥が会いに来てくれたことが、一番の恩返しだよ」

「お姉ちゃん、痛い」

「今は我慢してよ」

「わかった」


 私の気が済むまで抱きしめると、腕を祥から離した。


「僕、行かなきゃ」

「……うん」


 祥はゆっくりと、一歩ずつ海へ入ってった。膝まで水が来るくらいの高さになると、その場で体育座りをした。祥の体が青く光り出し、海水はその光を乱反射させる。とても幻想的な光景だった。そして幻想的な再会だった。儚くも美しい姿だ。


 祥がクルッと首だけこちらに向ける。もう泣いていなかった。


「お姉ちゃん、さっきの言葉やっぱり訂正する!」

「え?」

「僕と諒太お兄ちゃんは出会わない方がよかったってやつ! 出会うべきだったんだよ」


 私はどういう事かわからず首を傾げた。


「また人間として生まれ変わって出会えるかもしれないのに、ずっと魚でいるなんて時間の無駄だだよ! だから、」


 祥は青い光の粒子に照らされながら、笑顔で行った。


「僕のこと忘れないで待っててね!」


 光が消える。もう祥の姿は見えなかった。私ももう見えない笑顔に釣られて笑う。


「忘れるわけないじゃんかバカ」




 車に戻ると、由美が手にハンカチを持っていた。


「あれ、必要ない感じ?」

「うん、ありがとう。大丈夫」


 そんな様子を見て健人も笑った。


「案外、平常でよかったぜ。とんでもないくらい泣いてたらどうしようって話してたんだ」


 私は夜であることを忘れて今まで以上に声を上げて笑った。


「それよりさ、この車どうしたの? 健人免許持ってなくない?」

「げ、兄貴に借りたんだよ。てか、よくそんなトコ気づくな。平常運転過ぎるのも困るな」


 三人の笑い声が夜空に響く。祥も聞いているだろうか。


 きっといつまでも笑っている。だから、この声を頼りに今度は魚の力なしで会

いにおいで。


 私は満月に願った。

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魚と少年と 雨瀬くらげ @SnowrainWorld

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