第4話
フードコートにて。
「悪いね。祥君」
「ううん。もうお腹は痛くない?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。……おっと、電話だ。出てもいいかい?」
「うん」
諒太がスマホを開く。画面には『親父』と書かれている。
「うん。わかった。成功したんだな。こっちのイレギュラーは大丈夫。後で連れて行くよ。何? 監視カメラに映ったかもしれない? 心配いらないさ。俺の力でなんとかなる」
※ ※ ※
目を覚ますと、どうやら森のようだった。そして私は口をガムテープで塞がれ、木の幹に括り付けられている。さらに目の前にはたき火をしているあのおじさん、否、漁師がいた。
「目が覚めたのか」
漁師はこちらを見ずにまきをくべながら言った。。表情も笑っていないし、怒っているようでもない。
「すぐに殺してもよかったんだがな。色々聞きたいことがあるからな殺すのは後にする」
殺す? この漁師は何を言っているんだ。それより、祥はどこだろう。無事なのだろうか。自分が殺されるかどうかよりも、そっちの方が気になる。しかし、この口ではそれを聞くことはできない。
私が口をモゴモゴさせていいると、漁師はまきを置いて億劫そうに立ち上がる。
「そうだよな。それじゃあ、何も話せねえよな」
ガムテープの角に指をかけ、一気に引きはがされる。思わず「痛い!」と叫んでしまう。
「バカ野郎。でかい声を出すな。バレたらどうするんだ」
「誰がクソ漁師の言う事なんて聞くもんか!」
「ほぉ。俺の事知ってたのか。なら話は早い」
漁師の大きな手が私の顎を掴む。
「なぜ、あの魚を逃がした?」
私は迷わずに答える。嘘を吐く必要はないし、理由もない。
「可哀そうだったから」
「何だと? じゃあ、お前はいつも魚を食わねえのか? あ?」
「そんな事言ってない。死んだ魚はしょうがないじゃない。けどあの子はまだ生きていた」
漁師の手にさらに力が入る。
「生意気言ってんじゃねえ! こっちは新種を見つけてんだぞ! ただの港町の漁師が! ただの港町の海で新種だぞ! 事の重大さが分かってんのか!」
唾が飛んでくるのも我慢して、私は反論を続ける。
「新種は他の魚と違うていうわけ?」
「違うに決まってるだろうが。もういい。お前と話そうとした俺が間違いだった」
私の顎から手を離した漁師は、燃えているまきを取り、私に向けてくる。
「悪く思うな。悪いのはお前だ」
私は目をつぶった。様々な記憶が脳の中で爆発したような感覚があった。これが俗に言う走馬燈か。けれど、私死ぬんだ。という感覚はない。なぜだろう……もしかしたら、さっき目を瞑る瞬間、漁師の後ろに影が見えたからかもしれない。
ゆっくりと目を開けてみる。
漁師は絶望的な顔をしてまきを見ていた。火は消えていた。さらに、まきは、漁師ごと濡れていた。びしょ濡れだ。
ドスン。
何かが漁師の頭上に落ちてきて、鈍い音がする。それと同時に漁師は倒れこんだ。頭からは血を流しており、側には巨大な魚が落ちていた。
「悪く思わないでね。悪いのはおじさんだから」
視線を前に戻すと、所々、血の滲んだ服を着ている祥の姿があった。
「祥!」
そんな祥は私を見て、ただほほ笑む。
「お姉ちゃん、迎えに来たよ」
祥は器用に魚を操り、私の縄をほどく。自由になった私は祥に駆け寄り、強く強く抱きしめた。涙も我慢できなかった。
「ありがとう、祥……。魚と一緒に助けに来てくれたのね……」
「お姉ちゃんが無事でよかったよ。それよりお姉ちゃん聞いて」
祥はそう言って私を引きはがす。さっきの笑顔とは裏腹に、今までに見たことないくらいのまじめな顔をしていた。
「うん、どうしたの?」
「諒太お兄ちゃん、僕と同じ魚だった」
「え?」
間の抜けたような声が出た。諒太が祥と同じ魚? それはつまり、そういう事なのだろうか。諒太も、この世の者ではない、という事だろうか。まさか、ありえない。
「信じられないだろうけどそうなんだ。お姉ちゃんがいなくなった後、僕も港に連れていかれた殺されそうになったんだ。諒太お兄ちゃん自身の魚の力を使ってね。とても強力だった。どうやら魚を操る以上の力も使えるみたいだった。かなり強かった。僕も頑張ったんだ。でも倒せなかった。だから、諒太お兄ちゃんが動けなくなっているうちに、先にお姉ちゃんを助けようと思ってきたんだよ」
すぐには飲み込めなかった。。解凍できていない生肉のように固い。なかなか
噛み砕けない事実だ。それに、
「祥、諒太を動けなくなるまでにさせられたの?」
「魚のおかげだよ」
とにかく安全なところに行こう。祥はそう言って私の手を取り、山を下った。下り終えると、ちゃんとしたコンクリートの道路へ出た。
「こっち!」
祥に引っ張られ、左へ進む。その時、魚が飛んできて祥の背中に突撃する。
「わあっ!」
祥と共に私まで転んでしまう。そしてその魚をぶつけてきた主は上空にいた。魚に乗るボロボロの青年。間違いなく諒太だ。
「おのれ、祥! この俺をここまでにしやがって! 挙句の果てには親父まで殺しただろ!」
「やめて、諒太! 祥はあなたのお父さんを殺してなんかない! お父さんは瀕死状態よ!」
私が祥の前に両手を広げ立つ。もう祥を傷つけさせない。だが、祥は私の腕をつかみ、ゆっくりと立ち上がった。
「お姉ちゃんは下がってて僕が戦うから」
「だ、駄目よ、祥! 殺しちゃダメ!」
祥は再び、優しい笑みを浮かべ答える。
「僕もお兄ちゃんも既に死んでるんだから大丈夫だよ。力を全て使わせれば、海に還るだけだよ」
「祥……」
祥は自分の周りに数匹の魚を出現させ、諒太に向かって飛んで行った。魚同士がぶつかりあい、時々諒太や祥に当たる。そして衝突した魚たちはボタボタと地面に落ちては消滅してきた。
もうすぐ日が暮れそうだった。西日に照らされる魚の戦いは互角だった。
車のライトだろうか。明るい光に背中を照らされ振り返る。私は自分が道路の真ん中に立っているのを忘れていた。車のライトはあまりに眩く、目を開けられないでいると、乗っていた人が二人降りてきたようだった。
「ほら、やっぱり綾乃じゃん」
「え、マジ? ホントだ。綾乃だ。綾乃―、何でこんな所にいるのー?」
知った声が聞こえ、ゆっくりと目を開けてみる。
「健人? 由美? どうしてここに?」
いつもより若干おしゃれをしている二人を見て私は察する。
「ああ、デート」
「今はそんな事どうでもいい。それより何で道路の真ん中に突っ立ってんだ?」
健人がそう言い終えると、目の前に魚が落ちてきて消滅する。
「うわぁっ! 何なんだ!」
健人と由美は魚が落ちてきた空を見上げ二人を見つける。
「ねえ、あれ諒太よね」
「俺にもそう見える。そうなのか? 綾乃」
私はこれまでの経緯を二人に丁寧に話した。包み隠さずにすべてを。二人とも今回はおふざけ無しで真面目に聞いてくれた。
「じゃあ、あの諒太じゃない方の子供は、お前の弟……祥君なんだな」
空を見上げてみると、祥の方が優勢になっていた。大量の魚を出現させ、諒太を包み込む。出来上がた魚の球の上に祥が飛び乗ると、球は地面に自由落下した。地面が揺れ、無数の魚が消えていく。その中に目を瞑っている諒太を抱きかかえる祥がいた。祥はさらに魚を出し、現れた魚は諒太の胸いに飛び込んでいった。今度は消えるというより、吸い込まれているといった感じだ。
次第に諒太の体がぼんやり青く光り始める。
そしてその時が来た。消滅した魚と同じように青い光る粉となって空中に飛散した。
「お姉ちゃん、終わったよ」
祥が私たち三人のもとにやってくる。
「ありがとう、祥」
心なしか、祥の歩き方がおかしいように見えた。それは気のせいと思いたかった。けれど、次に祥の発した言葉でそれが気のせいではなかったとわ買ってしまった。
「お姉ちゃん、さっき僕、力をすべて使わせれば海に還るって言ったよね?」
「……うん」
「僕にも、あと少ししか残ってないみたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます