第14話

 府中街道をしばらく進み、歩道橋を超えたところで住宅街の方へと折れてさらに進んでいく。

 住宅街に入ったことで車通りは一気になくなり、水もかけられる心配がなくなった。水たまりの上を容赦ないスピードで進む車に気をかけなくて済むおかげか、右腕が気になりだす。弱まることのない雨脚の中で、雨水を吸えるだけ吸って、それなりの重たさになってしまったワイシャツは、容赦なく体温を奪っている気がする。


 いつもより時間をかけて帰ってきた我が家。玄関の明かりに照らされれば、右肩がどれだけ濡れていたのかがはっきりと分かる。それはつまるところ、右肩を濡らしていたことが、成田にもバレるということだ。


「ごめん」

「いや、その、なんだ? まあ、傘に入れてもらえなかったら、全身こんな状態だっただろうし、そんな気にしないでくれ」


 予想通りというか、なんというか、申し訳なさそうな表情をして頭を下げる成田にそう言葉をかけるが、その表情は曇ったままだ。


「でも、私がもうちょっと気にしてたら……」

「いや、傘に入れてもらっただけで十分だから。それでも気にするって言うなら、先にシャワー浴びさせてくれ」

「それは、もちろん譲るつもりだったけど」


 学校用と思しき派手目なメイクで家の中でしか見せない表情をされると、なんとも言えない気分になってくる。このまま、ここで話を続けてもあまり良いことはなさそうだ。

 脳内でそう結論付け、表情を曇らせ謝り続けそうな成田に、じゃあ、そういうことでとだけ言い残して、風呂場へと逃げる。

 

 もうすぐ七月だというが、それでも雨は冷たく、その雨によって体温を奪われた腕は、シャワーから出る程よい温度と思えるようなお湯でも、わずかに痛みが走ったように感じられる。想像以上に冷えている証拠なのだろうが、湯船にお湯を張ってのんびりとするのは、同じように雨の中を歩いて帰ってきた成田に申し訳ない。

 出来るだけ早く体と髪を洗って、再びシャワーに打たれる。


 烏の行水のように、あっという間にシャワーを済ませてリビングに戻れば、私服に着替えて姿を現した俺にいくらか驚いたような表情を見せる成田。


「もう、上がってきたの?」

「まあ、シャワー浴びるだけだし、そんなに時間かかることでもないだろ」

「お湯張ってゆっくりすればよかったのに」


 そう言いながら、二つのマグカップをもってテーブルにやってくる。ドライヤーの音で、俺がシャワーを浴びて出てきたのに気付いたのか、一人分を無理やり二人分に分けたような量ではなく、しっかりとそれぞれのカップが満たされている。


「悪いな」

「良いって、これくらい」

「そうか」


 間を誤魔化すように口にした紅茶はほんのりと甘く、淹れたてだからでは説明できない、身体が内から温められていくような感覚もある。


「蜂蜜と、ショウガ?」

「うん。結構冷えちゃったんじゃないかなって思ったから、はちみつジンジャーティーにしてみたの」

「なるほどな」


 学校内では割と素っ気ない、ともすれば嫌われてしまいそうな態度を取っているのだが、そんなことは気にしてないと言わんばかりに気を使ってくれる成田。

 学校での立場を気にして酷い態度で接していたことが、昼間に交わした館山さんの言葉もあってか、罪悪感となって俺を襲ってくる。


「……あー、学校では、その、悪かったな」


 窓の外で勢いを増し、打ち付けるように降っている雨と、成田の姿を交互に見ながら、カップに何度か口をつけ、ようやくそれが言葉となって口から零れた。


「え?」

「いや、だから、その、素っ気なくっていうか、距離取ろうとして」


 言葉の意味にピンときていないようで、突然謝ったことに少し驚いたような表情を見せる成田に、言葉を付け足して答えれば、別に気にしないでいいのにと一言。そうしてさらに言葉を続ける。


「私がちょっとはしゃいじゃってただけだから。表沙汰にするようなことじゃないんだし、元々の関係で正解なんだし」

「いや、けどなぁ……」

「昼休み、唯香に何か言われたの?」


 唯香というのは、たぶん館山さんのことだろう。ホントにこんなところにいたし、とか言ってた気がするし、成田が俺のいる場所を教えたから話していたことをしっているのだろう。

 確かに、館山さんからは少し言われはしたが、感情に任せて声を荒らげた彼女ですら押し殺した言葉があるのだから、下手なことは言わない方がいいだろう。


「いや、大したことは言われてないな。途中で千葉先生来たし」

「あー、だから唯香帰ってこなかったのね」

「え?」


 話はうまいこと逸れてくれたが、やたらと納得したように頷く成田に、今度は俺が疑問符を浮かべることになった。

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クラスのギャルが義妹になった件 夜依 @depend_on_night

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