第3話 最期の曲 3
大会は美緒の大きな活躍があって、これ以上ないと言えるほど好成績だった。数年ぶりの快挙に学校が大騒ぎになり、美緒の活躍は大いに称えられ、朝の朝礼で表彰もされた。
美緒は一躍学校の有名人になり、異性からの注目度も高まった。そしてついに夏が色濃くなったある日のこと、美緒は告白された。相手は同じクラスの男子で、ルックスも悪くなく、美緒が周りに行った聞き取り調査の結果、性格も悪くないということで、美緒は付き合うことにした。これまで色恋沙汰があまりなかった美緒にとっては初めての告白であり、また初めての彼氏だったため、美緒は自分が浮かれすぎないように、周りに無意識にマウントを取るようなことをしないように必死だった。
「へぇー付き合ったんだ。応援するよ」
いつもの部活の帰り道、美緒が楓に彼と付き合った経緯や告白されたときのことを報告していると、楓は珍しくあまり興味のないような返事をした。
あれ、絶対おめでとうとか言ってくれると思ったのに。
そしていつもなら食いつきがよい恋愛の話なのに、楓はあまり反応を示さない。
「うん。それでね、ほんとうにごめんなんだけど、明日から一緒に帰れない。彼氏が一緒に帰りたいって言ってくれて」
「あーまぁそうだよね。わかった。でも遊びにはいこうね。これからもさ」
「うん。もちろん」
「うん。じゃあ、ここで。また明日ね」
そう言って楓はくるりと背を向けると、すたすたと歩いて帰っていった。
美緒も自分の家の方へ向きを変えて、歩き始める。あのプレイリストを聞き始めてから、美緒の人生は明らかに変わった。すべてがうまくいき、そしてうまくいくだろうという確信が美緒のなかに芽生えていた。美緒は家に帰ると必ずプレイリストを開き、一つずつ進めながら曲を聴いていった。今では一番初めに聞いた音楽1とはかなり違って、トランペットやハープなんかも使われた、壮大な演奏になっている。美緒は最近、ここ一番というときには必ずこのプレイリストの曲を聴いていて、それは大会で活躍した日や、告白された日にも聴いていた。20曲以上もあった曲はいまでは終盤に差し掛かり、最後の曲と合わせて残り二つといったところだった。
今日聴いたら残り一つだから、最後の曲は彼氏との初デートの日にとっておこう。
美緒は週末を楽しみに思いはせながら、ゆっくりと家に帰った。
初デートの日、美緒はいつもより早く起きて身だしなみを入念に整えた。楓に服を買いに行かないかと誘ったけれど、塾があるからと断られてしまい、結局美緒はクラスの友達に頼んで、新しい服を買いに行った。美緒の気持ち的には好みの合う楓のチョイスが欲しかったけれど、来られないのなら仕方ない。
選んでもらったこの服も、悪くないしね。美緒はそう独り言ちて、メイクを始めた。
出発の時間になり、美緒は家を出た。待ち合わせはべたな場所だけど、新宿駅の南口だったので、美緒は自分の最寄り駅に向かう。無心に歩いているとだんだん緊張し始めて、美緒は今日のためにとっておいた、不思議なプレイリストの最後の曲を聴くことにした。この前聴いた最後からひとつ前の曲は、今まで聴いたこのプレイリストのどの曲よりもすばらしく、美緒は自分が天使になったかのように体軽くなり、そしてあたたかな心地よさが美緒の心と体を支配した。
リラックス効果があるのかもしれない。
緊張している自分にはちょうど良いだろう。それに最後の曲を聴くと、楓曰く、天を突き抜けるほどの幸せの絶頂が訪れるらしい。美緒は赤信号で立ち止まると、小さなカバンから無線のイヤホンを取り出し、曲を再生した。
曲が始まる。
ドンっっっ!!!という凄まじい衝撃が突然全身を駆け巡り、美緒は流れてくる幸福の曲とともに宙を舞った。
何が起こったの?
一瞬の暗転があった後、美緒は自分の体からはじき出されていて、背中には翼が生えていた。そしてここ最近の幸せだった出来事が、アルバムを眺めるみたいに、次々と現れては消えていき、それが終わると今度は骸骨姿の小さな天使が現れて、美緒の周りをくるくる周りだした。
私は車に轢かれたの?
途端に大きすぎる不安と焦燥が、美緒の心に渦巻いた。
嫌だ!死にたくない!なんで!こんなところで!
美緒は恐怖から足をばたばたと暴れさせて、どうにか地上に留まろうとしたけれど、どうにも足に力が入らず、まるで足という存在そのものが無くなってしまったようだった。美緒の思いとは裏腹にどんどん遠くなる地上では、血まみれになった自分の体が道路に放り出されていて、近くを通ったであろう人たちが、なにやら一生懸命大声をあげている。上からうっすらと見える自分の顔は、とても幸福そうに笑っていた。
どうして。どうして、今なの。
不思議なプレイリストは、すでに再生が止まっていた。
【♦】
お葬式で誰かが言ったらしいよ。「あの娘、きっと死んじゃいたいほど幸せだったんだよ」って
【♦】
「で、これがその話にあったプレイリスト?」
私はお弁当の最後の一口を頬張ると、サキが差し出したスマホの画面を見た。サムネイルは至ってシンプルで、音符のマークが中央にあるのみだった。
「そうそう。だから今この場でどんなものか聞いてみようと思って」
「ちょっと!なんで今なのよ!何かあったら怖いじゃん」
「大丈夫だよ。別に死ぬわけじゃないしさ。それにどっちにしたって気になるじゃんか。メグミは気にならん?このプレイリストの最後の曲が一体どんなものか」
「そりゃ少しくらいは気になるけど...。ていうかそれ、本物なの?確か話ではネットとかほかの媒体では見つけられないんでしょ」
私が疑問を口にすると、サキは誇らしさをさらに上塗りして鼻を伸ばした。
「ふふーん。なんとこれは話してくれた友達が、噂になっているプレイリストを学校の友達と独自に入手して、それをそっくりそのままコピーさせてもらったものなのです!」
「ええー。なんて胡散臭い...」
「まぁそう言わずに!物は試しでしょ」
サキはスマホの音量を上げると、じゃあ流すよーと言って再生ボタンを押した。
私はまだ聞くとは一言も言ってないのに!!
音楽が始まってしまい、私もサキも黙って耳を澄ませた。けれどいくら待っても曲は流れず、私はだんだんなんだか無性に腹が立ってきた。
「曲、流れないじゃん」
「あ、あれ...。おかしいな。確かにコピーしたんだけど」
「はぁ、もうやめやめこんなの聴くの。だいたい本当だったとしても、その『物凄い心地よさを感じる曲』なんて結局その人の主観じゃん」
私は食べ終わって空になったお弁当箱をお弁当袋にしまい、代わりに今日の朝コンビニで買ってきたプリンを袋から取り出す。...今日はチートデイだから、体重は気にしない。
「あ、また悪いとこ出てるよメグミ。こういうのは、想像力が刺激されるのを楽しむものなんだから」
サキはぶぅー、と口を尖らせながら反論してくる。
そんなことよりプリンだ。プリンが私を呼んでいる。
「で、なんでさっきから《ド》の音を流し続けてるの?」
私はプラスチックの袋から透明なスプーンを取り出し、サキに聞いた。
「はぇ?なんのこと?」
「さっきから曲は流れてないけど、ツーーってモスキート音みたいな感じで、低いほうの《ド》の音だけ、スマホから聞こえる」
うーん、カラメルのいい匂い。
「え、まじで。メグミ、まじで言ってる?」
「まじだよまじ。サキ、早く止めないとケータイの充電減るよ」
「あのさ、メグミ。ものすっごく言いづらいんだけど、美緒ちゃんが一番最初に聞いた〈一つの音〉って、実はあれ、低いほうの《ド》の音らしいんだよね」
私はプリンとスプーンどちらとも、両手から失ったのだった。
昼休みの怪談 あらい @raito7524
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。昼休みの怪談の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます